「やっぱ、ここは既婚者の意見を聞こうかな。アッスント。次、お前な」
「いえ、私はこういうのは……」
自分に振られることを予測していたのだろう。アッスントは、俺の指名をさらりとかわす。
「お前が結婚した時のことを再現してくれりゃあいいんだよ」
「私の場合……口幅ったいのですが……妻の方から熱烈なアプローチを受けましたもので、参考になるようなことは何も……」
ニヤリと、勝ち誇った笑みを浮かべるアッスント。
……そんな程度で逃げられると思うか?
「会話記録」
「――っ!?」
俺の目の前に、半透明のパネルが出現して、アッスントが目を丸くする。
「えっとなになに……『アッスントも、ネフェリーに言い寄られたら思わずグラッときちゃうよな?』『へ? ……あ、ま、まぁ、そういうことも、無いとは言い切れないかもしれませんね』……か」
「……あの、ヤシロさん? 一体何を……」
「お前の奥さんに、うっかりこの辺の会話見せちゃったらごめんな?」
「…………………………これを狙ってあんなセリフを………………私も勘が鈍りましたかね……今頃気付くなんて……」
アッスントは、パーシーを釣り上げるつもりだったようだが、俺の獲物はお前ら全員なんだよ。……もう、誰も逃がさねぇぞ。
「……分かりました。微力ながら協力いたしましょう」
さすがというか、アッスントはこういうところでの立ち回りがうまい。
なるべく回避するように動きつつも、最悪の場合を想定して手札を用意しておいたのだろう。
さほど悩むこともなく、そつなく、無難に、こちらの要求に応えてくれる。
「んじゃ、紙に『ブタ嫁』って書くな」
「いえ……『エナ』でお願いします」
『エナ』と書かれた紙をウッセに渡し、アッスントがそれに向かい合う。
そして、落ち着いた声で考えていた言葉を発する。
「あなたを養えるだけの財力を蓄えました。一緒になってください」
……こいつ。自分の言葉が流用されないように細工しやがったな。
アッスントの守銭奴っぷりを知っていれば『あなたのために』とか『あなたは特別』とも取れる言葉だが……他の男が言うと『財力』ってのはイヤミに聞こえてマイナスイメージだ。
ホンット、イヤなヤツだな、アッスントは。
「ヤなヤツ」
「ほほほ……素敵な鏡をご用意しましょうか?」
役目は終わったとばかりに、アッスントはソファへ腰を下ろす。
これ以降は高みの見物というわけか。
「んじゃ、次はモーマット」
「俺もやんのかよ!?」
「私もやらされたのですから、みなさんにもやっていただかないと…………四十二区に卸す食材が高騰するかもしれませんよ?」
「そんな脅しアリかよ、アッスント!?」
まぁ、アッスントがこっち側に付いたことで、全員にやらせることが容易になりそうだけどな。
アッスントの脅しもあり、モーマットは渋々ウッセの前に立つ。
ウッセも諦めがついたようで、相手役に収まってくれている。
「で、名前はなんて書くんだ?」
ウッセがモーマットに尋ねると、モーマットが言葉を詰まらせる。
「あ……いや……それは…………」
「『ベルティーナ』で」
「いや、ちょっと待て! 俺はシスターにそんな感情を抱いちゃいねぇぞ、ヤシロ!」
「んじゃあ『エステラ』で」
「憧れてたのは『領主の娘』であってエステラじゃねぇよ!」
「……お前、酷いな」
領主の娘がエステラだと分かった今、憧れはなくなったのか?
エステラは論外か?
「抉れ放題な残念おっぱいは恋愛対象にすら入らないと、そう言いたいわけか!?」
「言ってねぇよ! じゃあ、『エステラ』で頼むよ!」
「え……モーマットって、エステラに惚れてるの?」
「お前がそう仕向けたんだろうがっ!?」
結局のところ、美人に弱くフラフラしているモーマットは、特定の相手がいないのだ。
こいつ、結婚できないんじゃないかなぁ……
そんな俺の心配をよそに、モーマットは『エステラ』の前に立つ。
「えっと、あの…………なんでこんなことになってんのかよく分かんねぇんだがよ…………俺と、……人参が茹で上がるような家庭を築いちゃくれねぇか?」
「熱いわ、バカワニ!」
「つか、オレのパクりじゃねぇか、このワニ!」
「だ、だってよぉ! エステラ相手じゃ、真剣になりきれねぇっつかよぉ……!」
俺とパーシーの抗議を受けて、モーマットは狼狽する。
まぁ、こいつに期待なんかしてなかったけどな。
それにしても、セロンの参考になりそうな言葉が一向に出てこないな。
この街の連中は、結婚のことを軽く見過ぎなんじゃないだろうか。
「よし。ウーマロとベッコ、お前らは同時にやれ」
「扱いが雑ッス!?」
「同時にとはどういう了見でござるか!?」
うっせぇなぁ。ちょっと飽きてきたんだよ。
俺はウッセの持つ紙にさらさらと、相手に相応しい人物の名を書き込む。
『巨乳のマグダ』
「「すっごい雑ッス!」でござるっ!」
うっせぇなぁ!
ウーマロはどうせマグダだし、ベッコは巨乳ならなんでもいいんだろ?
書かれた文字をジッと見つめるウーマロとベッコ。
その脳裏に巨乳のマグダが思い描かれたのか……
「「……これはこれでありッス」でござる」
と、納得したようだ。
うんうん。バカは単純でいいなぁ。
「じゃあ、二人揃って、……せ~のっ!」
「マグダたん、巨乳でもマジ天使ッス!」
「その巨乳、マグダ氏お見事でござるっ!」
…………想像通りの結果だな。
「セロン」
「はい」
「今のは無かったことで」
「「酷いッス!」でござる!」
俺は、ため息交じりにウッセから紙と筆を受け取る。
あまりに不甲斐ない。
どいつもこいつもダメ男ばっかりだ。
「というわけで、真打登場だ。ウッセ、よろしく」
「やっぱ俺もやんのかよ!? 相手役で免除されるかと思ってたのによぉ!」
世の中、そんなに甘くはないのだよ。
さて、こいつの好きなヤツの名前を書いて………………
「ウッセさんのお相手は、どなたになるんでしょうかねぇ?」
「あれ、アッスントは知らないッスか?」
「ウッセ氏は、拙者と同じく巨乳派で、ご贔屓な方がいるでござるよ」
「ちょっと待てよ、お前ら! あの人は、そういうんじゃねぇっつってんだろうが!」
……俺の筆が止まる。
そう。ウッセのヤツは、身の程も知らずとある女性に憧れてやがるのだ。
いつも厳ついその顔を、そいつの前ではデレっとニヤケさせて………………イライラ。
「ヤシロさんはご存じなのですか? ウッセさんの思い人に」
「…………まぁな」
俺はサラサラと、圧倒的な爆乳の持ち主の名前を書き込んだ。
そして、ウッセに向けてその紙を見せる。
そこに書かれていた文字は……
『メドラ』
「さぁ、プロポーズするがいい」
「出来るかぁ!」
最後までごねにごねやがったウッセは、ついにプロポーズの言葉を口にしなかった。
結局、なんの成果もなくプロポーズ研究会(仮称)はお開きとなってしまった。
それぞれが家へと戻り、俺はセロンを送って大通りに来ていた。
どういうわけか、アッスントも付き合ってくれている。
「無駄な一日になっちまったな」
「いえ、英雄様。僕には有意義な時間でした」
ため息を漏らす俺に、セロンは爽やかな笑顔を向ける。
夕日に照らされ陰影を濃くした顔は、ほんの少しだけ凛々しく見えた。
「今日はみなさん、自分の言葉で想いを伝えようと頭を悩ましていました。僕は恥ずかしさのあまり自分の言葉で考えることから逃げていたんです。それを思い知らされました」
セロンはぴんと背筋を伸ばし、深々と頭を下げる。
「本日は、本当にありがとうございました。いつとは断言できませんが、ウェンディには、自分の言葉でこの思いを告げようと思います」
顔を上げて俺を見つめるその目には、嘘偽りの色は見受けられなかった。
こいつならやってくれるだろう。
生まれ変わった四十二区の、新しい結婚の在り方を指し示してくれる、そんな気がする。
「あ、それから。ウェンディの家族について、何かあったら言ってくれな。協力するから」
「はい。よろしくお願いします」
タイミングを見計らい、ウェンディの家族に挨拶に行こうという話をセロンにしてもらうつもりでいる。
ウェンディが嫌がる可能性がないではないので、あまり強引には行けないからな。タイミングはセロン任せだ。
それで、どうしてもウェンディが嫌がるようなら、その後の展開は別途考えようということになっている。
「ま、ゆっくりやっていこうぜ」
「はい! では、失礼します」
軽く手を振り、セロンとはそこで別れた。
俺も帰ろうと振り返ると、アッスントが険しい顔で俺を見つめていた。
……なんだよ? お前を乗せてプロポーズの言葉言わせたこと、怒ってんのか?
「ヤシロさん」
「……な、なんだよ?」
「…………また、厄介なことに首を突っ込んでしまったようですね」
「厄介?」
まぁ、確かに、他人の結婚に首を突っ込むのはいろいろと面倒なこともあるだろうけど……
「セロンとウェンディには少なからず縁があるからな。あの二人がくっつくきっかけを作ったのも俺たちだし……結婚まで見届けたいって気持ちもあったしな」
「結婚までなら結構でしょう。ですが、ウェンディさんのご家族に関して相談に乗るおつもりなのでしたら…………」
アッスントが一歩、俺へと体を寄せてくる。
そして、囁くような小声で耳打ちをしてくる。
「人間と獣人族……特に、虫人族との結婚はそうそう歓迎されるものではないということを、覚えておいてください」
「…………え?」
そっと離れていくアッスントに視線が釘付けになってしまった。
はっきりと聞こえた言葉を、にわかに信用できなかった。
聞き間違いだと、思いたかったのかもしれない。
「四十二区の中にいては見えてこないことも、多々あるのですよ……この街には」
そんな意味深な言葉を残して、アッスントは行ってしまった。
遠ざかる背中を見つめ、俺はしばらく呆然としていた。
セロンとウェンディの結婚が歓迎されないわけないだろうと、そう思い込んでいたから。
そうして、薄々感付いていたことがはっきりと表面化してしまったことに、少しだけ憂鬱になったりもした……そうなんだよな…………やっぱ、そうなんだろうな……
これまで、俺が見てきた領主や貴族の中にはたったの一人も、獣人族はいなかったのだ。
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