異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

114話 出しにくい手を出すために -4-

公開日時: 2021年1月20日(水) 20:01
文字数:2,023

「四十一区の貧富の差より、通行税が問題だよ……」

 

 エステラは髪の毛をグシャグシャと掻き毟りテーブルに突っ伏す。

 

「統括裁判所に訴えてやめさせるよう働きかけることは出来るかもしれないけれど……こっちが勝てるかどうかは五分五分だからなぁ……いや、不当な条例は近隣の領主が異議を申し立てることは出来るし…………でも、うまくいくかなぁ……」

 

 向こうが理不尽な要求を突きつけているということは分かる。

 こちらに正統性があるという自信もある。

 

 だが、裁判となると必ずしも思い通りの結果になるとは限らない。

 

 向こうは先手を打ってきているわけだし、こちらが不利になる情報なりなんなりを入手している可能性もある。

 

 だが、問題はそんなところではない。

 

「裁判はやめておけ」

「不利かな、やっぱり?」

「いや、勝ち負けにかかわらず、裁判をやれば四十二区は大打撃を受ける」

 

 裁判で負ければ、四十一区の通行税をやめさせることが不可能となり、四十二区への流通が大打撃を喰らう。最悪の場合、そんな前例を作ったことであちこちの区がそれを模倣し出したら流通は完全に死ぬ。最果ての四十二区に物が流れてこなくなる危険が高い。

 

「じゃあ、勝ったら?」

「永遠に終わらない嫌がらせを受けるだろうな」

 

 大小問わない嫌がらせ。ギルド間の仕事の拒否。四十区などとの交流の妨害。

 

「やりようはいくらでもあるぞ。四十一区を離れた『宿無し』として四十二区内で犯罪行為を繰り返すだとか、四十二区の領民になって四十二区の内外で悪行の限りを尽くすだとか」

「……そこまでするかな?」

「可能性が否定できないという話だ」

 

 俺がリカルドの立場で、裁判に負けたとしたら……

『四十二区のせいで四十一区は破綻しました』と宣伝し、領民を一斉に放出する。区内に残すのは狩猟ギルドと領主の身内だけだ。

 放出された領民はランクを下げて四十二区へとなだれ込む。そこで、略奪、破壊と暴れ回る。

 そんなゴロツキに、『四十一区の領主である俺』は「区が破綻して迷惑をかけたせめてものお詫び」という名目で金品を与える。暴れれば暴れるほど「それだけ心の傷が大きいのだろう」と、一層「お詫び」を与え続ける。

 

 これで、ゴロツキは四十二区を破壊すればするだけ四十一区から金品がもらえると知り、あっという間に四十二区を破壊し尽くしてくれる。

 

 そうなった時、四十二区はどんな行動が取れる?

 四十一区に戦争を仕掛けるか? どうやって? 領主しかいないような区に。

 それは侵略だ。他の区が許さない。

 

 では、領民を処分するか?

 大量に、何十人もの領民を、領主が?

 そんなことになれば外からどう思われるか……もっとも、それ以前にまともな領民はいなくなっているだろうな。逃げたか……もしくは…………

 

 さて、そんな状況が続いて四十二区が壊滅した後、俺が悠然とそいつらの前に立ち「やはり四十二区の領主は無能で使えないな。俺が再びこの地域を治めてやろう」と、救世主のように現れて四十一区と四十二区の両方を統治する。

 頑張ってくれたゴロツキ君には土地を分配してやれば、反乱も防げるだろう。

 

「……と、適当に考えただけでもこれくらいのことは出来てしまう」

「ヤシロ…………君、ボクのこと裏切ったりしないよね? 見捨てないで、ね?」

 

 エステラがマジで震えている。

 まぁ、ここまで極端な破壊工作が行われるとなれば、その兆候は必ず現れるわけで、そこを見落とさなければ未然に防ぐことは出来る。

 今のはあくまで、『四十二区の領民がすべて無知で無抵抗だったら』というあり得ない条件付きのシミュレーションだ。

 

「ヤ、ヤシロ。きょ、今日のプリン、ボクがご馳走するよ。だから、ね? ね!?」

「心配すんな。領主の地位に興味なんかねぇよ」

「そっか……………………え? 全然? 絶対イヤ? 何があってもあり得ない感じ?」

 

 なんでそんなに必死なんだよ?

 俺が領主とかするわけないだろう?

 

「…………ちょっと機嫌を損ねた。ここのプリン。ヤシロの奢りね」

「おいおい。さっきの今で手のひら返し過ぎだろう……」

 

 ったく。なんなんだよ。

 

「とにかく、裁判はやめておけ」

「じゃあ、どうすれば……」

「とりあえず、協力を仰ごうぜ」

「誰に?」

「通行税なんかを導入されると損害を被る、もう一つの区にだよ」

「……あぁ!」

 

 そう、四十区だ。

 もし、四十一区を通るだけで通行税が取られるようになれば、イメルダの父親、ハビエルは最愛の娘に会いにくくなる。

 そんなものを許すほど、あの父親は甘くない。全米がドン引く程のド変態なのだ。

 

「リカルドの言動は、どうも個人的な恨みから発生しているようにも思える。なら、個人レベルのうちにその恨みを解消してやる方がいい」

 

 騒ぎは、デカくなればなるほど鎮静に時間と労力を要するのだ。金もな。

 

「分かった。じゃあ、オジ様にアポを取っておくよ」

「あぁ。よろしく頼む」

 

 

 リカルド。

 お前は一方向しか見えていない。

 お前が敵に回そうとしているのは四十二区だけじゃない。

 そこんとこ、よぉく思い知らせてやるぜ。

 

 

 

 

 

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