異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

追想編13 マグダ -2-

公開日時: 2021年3月12日(金) 20:01
文字数:2,382

 あの日、マグダは必死に叫んだ。

 パパとママを、必死に呼んだ。

 幼かったマグダは、街門を出ることが許されず、探しに行くことすら敵わなかった。

 だから、叫んだ。

 

 分厚い門の向こうへ。

 遥か遠い、バオクリエアに向かって。

 

 

 マグダの両親は、バオクリエアで消息を断った。

 

 要人の護衛だったと記憶している。

 少々厄介なことに巻き込まれていた要人を、バオクリエアまで送り届ける。

 複数のギルドから数名ずつ、腕に覚えのある者が狩り出され、護衛チームが結成された。

 遥か南方に位置するバオクリエア。そこへたどり着くまでに魔獣が棲むエリアをいくつも通過しなければいけないからと、パパとママが指名された。

 

 豪雪期に入り、連日続く吹雪のような天候の中、パパとママは家を出て行った。

 暗い空と、恐ろしく白い冷たい結晶が、パパとママを奪い去っていく――そんな気がしていた。

 

 ――すぐに戻る。

 

 パパとママは出掛ける直前にそう言ってマグダの鼻をかぷっと噛んでくれた。

 いい子にしていれば、すぐに戻ってくると、約束してくれた。

 

 

 けれど、どれだけ待っても、パパとママは戻ってはこなかった。

 

 

 共にバオクリエアに向かったギルドの人間が、たった一人、満身創痍でオールブルームに戻ってきた。

 抗争に巻き込まれたと、そのギルド員は言った。

 そして、共にバオクリエアに向かったメンバーは全員、行方が知れなくなったと。

 

 すぐに新たなチームが結成され状況を確認しに向かったが……結局、パパとママの行方は分からなかった。

 共に行動していたチームのメンバーも、誰ひとり、見つけ出すことが出来なかった。

 

 そんなことをしているうちに、季節は一周して……この街はまた雪にのみ込まれていた。

 一年前はパパとママが追い払ってくれたどす黒い恐怖が、再び雪と共にもたらされた。

 

 マグダは街門の前で叫び続けた。

 どんどん降ってくる雪に負けないように、大きな声で。

 すべてを埋め尽くそうとする雪に抗うように何度も何度も……

 

 けれど、どんなに抵抗しても、雪はマグダを巻き込んで……すべてを埋め尽くしてしまった。

 

 すぐに戻るという約束は……嘘になった。

 

 

 ウッセ・ダマレの父も、そのメンバーに名を連ねていて……生存が絶望的だと分かったその日のうちに、ウッセ・ダマレは支部の代表になった。

 いまだに、支部長という肩書は使わない。

 ウッセも待っているのかもしれない。父の帰還を。

 その時になれば、いつでも役職に復帰できるように、空けているのだと、マグダは思っている。

 

 当然、マグダも絶望などしていない。諦めてなどいない。

 

 パパとママは、きっと今もどこかにいて、何か厄介なことに巻き込まれながらも、ちゃんと生きている。

 そして、毎晩寝る前にマグダのことを思い出してくれている。

 マグダがそうしているのと、同じように。

 

「…………ヤシロは、どうしても許せない嘘を吐かれたことはある?」

「嘘?」

「……そう」

 

 すぐに戻るなんて――大嘘だった。

 

「ある、な……」

 

 ヤシロの表情が少しかげる。

 ヤシロにも、あるんだ。

 

「……許せない時は、どうした? カエルに、した?」

 

 聞きたかった。

 とても大好きな人に嘘を吐かれた時、どうするのが正解なのか。

 どうすれば、この苦しいもやもやが晴れるのか。

 

 許せない。

 けれど、怒れない。

 

 そんな時は……

 

「俺の意見は参考にならないぞ。故郷での話だし、俺は全力で間違った方向へ突っ走っちまったしな」

「……間違った、方向?」

「あ。って言うと、ちょっと語弊があるな」

 

 それから、ヤシロは少しだけ考えて……

 

「俺は間違っちゃいないと思ってるし、自分の選択を悔やんだりはしない。……けど、両親はきっと望んでなかっただろうな」

 

 両親……

 

 ヤシロも、両親に許せないような嘘を吐かれていた……?

 

「でも、やるとこまでやりきって、最後にきちんと言いたいこと言えたから……今はすっきりしてる」

「……言いたいことを、言えたから?」

 

 珍しく、ヤシロが照れた表情を見せる。

 店長やエステラが不意な無自覚お色気テロを行使した時のような照れではなく、もっと深いところの……心を覗き見られた時のような、気恥ずかしそうな照れ方。

 

「文句言ってやろうってずっと思ってたんだけどな。顔を見たら分かっちまってさ」

「……分かった?」

「ちゃんと、俺のことを思っていてくれたんだなってことがよ」

 

 子供のような、無邪気な笑みが浮かぶ。

 

「ひでぇ嘘だったんだけど……まぁ、こんなに愛されてたんだから、それくらいいいか……って、思えた」

 

 愛されていたから…………許せた。

 

「お前も、いつか分かる時が来るさ」

 

 頭に、手を載せられる。

 

「どんな嘘かは知らないけどさ……きっと、事情があったんだろ」

 

 事情……

 

「いつか、きちんと話が出来るといいな」

「…………する。意地でも。是が非でも。何がなんでも……話す」

「おう。そうしろ」

 

 いつか、マグダはパパとママにもう一度会う。

 会って、問い質す。

 

 

『マグダのこと、どれくらい愛しているのか』

 

 

 マグダと同じか、それ以上でないと……許さない。

 

「それまでは、俺がそばにいてやるよ」

「…………」

 

 ……あ。

 なんだろう。

 ちょっと……泣きそう。

 

 今の言葉は…………すごく、嬉しかった。

 

「……言質を取った。嘘だったらお尻百叩き」

「お前が叩くのか? 尻がもげ落ちちまうな」

「……店長のお尻を」

「なんで!?」

「……生のお尻を」

「エロスが追加された!?」

「……ヤシロの目の前でっ」

「くっそ、ちょっと見てみたいと思ってしまう自分が恨めしい!」

 

 ……これくらいふざければ、涙は自然と引っ込んでいく。

 

「……ヤシロ」

「ん?」

「……もう、悲しいことは、しちゃ、ダメ」

 

 一人で悩んで、一人で決めて、一人で出て行こうなんて……もう二度と、しちゃダメ。

 ヤシロはもう二度とマグダを悲しませるようなことをしてはいけない。

 これはもう、約束の域を超えた――ヤシロの義務。

 破ることは許されない。

 

 

 ……だから、早くマグダの名前を思い出して。

 

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