異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

392話 領民のために -2-

公開日時: 2022年10月1日(土) 20:01
文字数:4,113

「う~ん……」

 

 オルキオたちが慌ただしく運動場を出て行った後、カンパニュラが腕組みをして難しい顔をしていた。

 

「どうした?」

 

 未来の領主という肩書きが現実のものとなり、緊張が押し寄せてきたのかと思ったのだが……

 

「三十区の騎士様方は、明日の来訪を楽しみにされていたのではないでしょうか?」

 

 そんな言葉を口にした。

 

「まぁ、統括裁判所が動いたんだからしょうがねぇよ。お前が気にするようなことじゃない」

「ですが、私は三十区の領主になる身です。三十区の皆様が、どんな些細なことであれ心を痛める姿は見たくありません。『たったその程度』と、誰かの憂いを見過ごすような鈍感な領主にはなりたくないのです」

 

 わぁ……なんて立派なんだろう、この少女。

 見てみろよ。エステラが眩しそうに視線を逸らしてるぞ。

 

「なぁ、カンパニュラ。最近のエステラの口癖知ってるか? 『大工なら大丈夫でしょ?』だぞ」

「そ、そんなこと……二~三回しか言ってないよ……たぶん」

 

 自覚あるよなぁ。

 ほら、今も運動場の隅で大工が明日追加される出店の設置を急ピッチで進めてるもんなぁ。

 

「とにかく、一度街門へ赴き、現状と、オルキオ様がお約束を反故にされるつもりがないということを伝えに行けないでしょうか? このままでは、誰にとってもよくない未来になってしまいそうで……少し、不安なのです」

 

 胸を押さえて、苦しそうに俯くカンパニュラ。

 その手を、小さな手がぎゅっと握る。

 

「かにぱんしゃ! あーしがついてく! いっちょ、いこ!」

 

 テレサがたくましい笑顔で西側を指さす。

 主の願いを叶えるのが給仕長のお仕事、ってか。

 

「よし分かった。俺もついてってやるから、もうちょっと待ってろ」

「ついてきてくださるのですか!?」

「えーゆーしゃが、いっちょ、つぉい!」

 

 心強い、だろうが。

 強さで言えば、テレサにすら勝てるかどうか分からねぇよ、俺は。

 

「ジネット、マグダ、ロレッタ」

「はい」

「……頼れるマグダ、見参」

「なんだって言っちゃってです!」

 

 頼もしい味方がずらりと並ぶ。

 

「オルキオとエステラを手伝ってやるぞ。たぶん、かなりバタつくからな」

「はい。もちろんです」

「陽だまり亭だが、午前中は休みにして、夕方からオープンってことにしよう。で、屋台はその逆に朝から夕方までここで販売を行い、夕方には店じまいをする」

 

 ここで担々麺を売ることに関して、陽だまり亭はそこまでこだわる必要はない。

 ラーメン類は陽だまり亭では提供しない。

 やるとしても、「この日はラーメンDAY!」と決めてイベント化でもしないとやっていけない。

 ジネットが納得する量を作って、それを完売させるならな。

 

 なので、こいつらにはイベントの雰囲気を味わわせられればそれでいい。

 賑やかな場所で、いろんなヤツと一緒にバカ騒ぎする。

 それで、顔つなぎでも出来れば万々歳だ。

 

 夕方には、ちゃんとしたメシを食いに来る客も出てくるだろう。

 連日麺類というわけにもいくまい。

 ぼちぼち、がっつりとしたメシが食いたくなってくる頃合いだ。完全休業は難しい。

 

 が、難しいだけで不可能ではない。

 

「そして、最終日はみんなで遊びに行く日としよう」

 

 それまで、頑張って働いて、最後の最後にぱーっと遊んでしまおうというわけだ。

 

「……なら、最終日の翌日がお勧め」

「ですね! 最終日はきっとイベントも大盛り上がりするですから、陽だまり亭が抜けるわけにはいかないです!」

 

 あらら。

 まぁ、マグダたちがやりたいってんなら止めはしないけど。

 ……ホント、好きだねぇ、働くのが。

 

「では、最終日は朝から最後まで、みんなで出店をしましょうか。担々麺以外の料理も出せないか、考えてみましょう」

 

 いや、ジネットがいりゃあ、なんだって出せるだろうよ。

 

「それで、イベントが終わったら、お休みをいただいて、みんなでおでかけしましょうね、ヤシロさん」

「え……?」

 

 いやいや。

 お前らみんなで出かけてこいって言ってるわけで、俺は寝溜めをだな……

 

「じゃあ、素敵やんアベニューに行きたいです!」

「……ヤシロとはまだ行っていない」

「あ、じゃあボクも一緒に行っていい?」

「お前はイベントが終わったら館に戻るんだろうが。働け」

「十日も空けた館だよ? 初日は大掃除に決まってるじゃないか。ボクがいたら、邪魔にされるよ」

 

 掃除もしないのか、お前は。

 ……ま、しないか。

 館の主だもんな。

 

「わーい、お休みが一日延びたー」

「ナタリア、棒読みが過ぎるよ。……分かったよ。君も一緒に行こう」

 

 真顔で棒読みで小さな万歳を繰り返すナタリア。

 斬新なおねだりだな。

 

「それでは、お客さんに広く告知しなければいけませんね」

「陽だまり亭の味を食べられる時間も限られるですし、これはのんびりしていられないですね、お客さんも、あたしたち従業員も!」

「……こういう時だからこそ、プレミアム感を持たせるべき。屋台限定メニューと本店での期間限定メニューが必須」

「では、屋台の限定メニューと本店の限定メニューを両方食べると何か特典があるというのはいかがでしょうか? お子様ランチのオモチャのような、何か素敵なものが」

「それは名案です、カニぱーにゃ! 二つ食べて記念品をゲットです!」

「……となると、客を引きつけられるのは、したちぃグッズ?」

「ですが、それはエステラさんの許可が必要なのでは? ですよね、エステラさん」

「まぁ、そうだけど、ヤシロがいるからいいんじゃないかな?」

 

 と、全員の視線が俺を見る。

 ……あのなぁ。

 

「オルキオたちの手助けをするために屋台と本店の同時営業をやめようって話なのに、仕事を増やしてどうすんだよ……」

「あっ! そうでしたね。では――」

「とはいえ! 儲けられそうないい話だ。やらない手はないな!」

「さすがお兄ちゃんです!」

「……よっ、守銭奴が裸足で逃げ出す金の亡者」

「褒めるな褒めるな」

「いや、褒めてないと思うよ、今のは……なんで満更でもなさそうな顔してるのか、理解が及ばないんだけど」

 

 とはいえ、そんなにすぐ記念品を用意できるかどうか……あぁ、そうか。

 ジネットの四次元エプロンポケットを見て思いついた。

 

 スーベニア木皿に使った焼き印。

 あれと同じ発想でいいんだよ。

 

 要するに、木を削って版画を作り、紙にでもスタンプすれば特別感は演出できる。

 

「じゃ、パウンドケーキの試供品でも作るか」

「そうですね。本格販売する前に、みなさんに味をみていただきましょう」

「で、それを包む紙によこちぃとしたちぃの判子を捺す」

「お兄ちゃん、それの判子、すぐ出来るです?」

「まぁ、余裕だな。俺はゼルマルと違って器用だし」

「なんじゃと、小童が生意気な!」

「俺の方がイイモノ作れるし」

「よぉし、よぅ言うた! その減らず口、叩けなくしてやる! 工房へ来い! 勝負じゃ!」

「あーっと、しまった。この後カンパニュラと一緒に三十区に行くんだった。……でもまぁ、ハンデだと思えばいいか。俺が思い描いているような細工、ジジイには難しいだろうし。だって、指先とか震えるお年頃だしぃ~、ぷぷぷ~!」

「じゃー見せてみぃ、オヌシが考えているっちゅう細工の設計図を!」

「ナタリア、紙」

「はい、こちらに」

「だから、ここをこうして……ここを蝶番でな?」

「蝶番ってことは、金物ギルドの出番さね。ちょぃと見せるさよ」

「なんか、しれっと混ざってきたですよ、ノーマさん!?」

 

 ロレッタよ。

 周りの状況は正確に把握しとけよ。

 無駄に口を開くなんてもったいないぞ。

 何気なく口にしている風に見せかけて、確実に獲物をつり上げられるエサを仕込んでおくのだ。

 そうすれば、話し終わったころには、事態がおのれの望んだ方向へ動き出しているという寸法だ。

 

「この天板がスタンプの柄になってて、蝶番で開け閉めが出来るんだよ。で、土台に紙を固定して、版画にインクを塗って、蓋をして上から捺せば、簡単に紙に印刷が出来るわけだ」

「なんじゃ、簡単な仕組みじゃないか! こんなもん、日暮れまでに出来るわい!」

「へー、日暮れまで。ちなみに、これが版画のデザインな」

「細かっ!?」

「え、なに? 怖気づいた? やっぱ無理?」

「そんなことないわい! こんなもん朝飯前じゃ!」

「……ゼルマル。お前は気付いてないかもしれないが、もう、午後で、お前はさっき昼飯を食ったんだぞ?」

「分かっとるわ!」

 

 そうか。

 まさかこんな身近に「お爺ちゃん、さっき食べたでしょ?」を言わなきゃいけない人物がいるのかとドキドキしちゃったぜ。

 

「ムム婆さん」

「なぁに?」

 

 俺にまんまと乗せられているゼルマルを、嬉しそうににこにこ笑って見ていた、実はSっ気が強いんじゃないかと俺の中で疑惑が持ち上がっているムム婆さん。

 その婆さんに言っておく。

 

「ジネットの作ったパウンドケーキは、落ち着いた甘さで美味いんだ。この包装紙スタンプ台が完成したら、真っ先にプレゼントするから食ってみてくれ」

「まぁ、それは楽しみだわ。ゼルマル、頑張ってね」

「ふなっ!? な、な……っ、い、言われんでも、ワシはいつでも全力投球じゃい!」

 

 真っ赤な顔で設計図をひったくっていくゼルマル。

 

「よし。これで放っておいても完成するな」

「君は、本当に人使いが荒い……いや、巧いね」

「褒めるな褒めるな」

「だからね、褒めてないから」

 

「じゃ、三十区に行こうか。カンパニュラ、テレサ」

「ボクも行くよ」

「では、お願いします、ヤーくん、エステラ姉様」

「いっちょ、いく!」

 

 ナタリアに視線を向けると、無言で頷きをくれた。

 じゃ、この五人だな。

 

「ジネット。悪いがパウンドケーキを大量に頼む」

「はい。任せてください。ナッツのパウンドケーキも作ってみますね」

 

 ちょっと休ませるつもりが、結局仕事を振ってしまっているな。

 

「悪いな」

「いいえ。頼られるのは好きですよ」

 

 いつかまとめてお返しをしなければ。

 

「それに、お休みが楽しみですから」

 

 一緒にお出かけしましょうねと、にっこりと笑われては、今さら「俺は行かない」とは言えない。

 へーへー。それじゃあ、精々店長孝行させてもらいますとも。

 

「マグダ、ロレッタ。それから妹たち! 出店を頼むぞ! 今日一番の売り上げをもぎ取ってこい!」

「「「「はーい!」」」」

 

 体操服姿で元気に飛び跳ねる売り子たちに発破をかけて、俺たちは運動場を後にした。

 

 

 

 

 

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