「じゃあ、今からテストをしてやる」
「テスト、ですか?」
俺は、日替わり定食の盆から、雑穀米のおにぎりを一つ手に取る。
「ちょっと! それは、ボクのだぞ!?」
「ケチケチすんな! ちょっと平らげるだけだ!」
「それを止めるのはケチじゃないだろう!?」
「減るわけでもあるまいに……」
「減る! 確実に消えてなくなるだろう!?」
「しょうがない……」
俺は雑穀米を諦めて、今川焼きの紙袋へと手を伸ばす。
「ここに、お前の大好きな今川焼きがある」
「はい」
紙袋から出してみると……本当に今川焼きだ。俺のよく知っている、円形の、あの今川焼きだ。
「今からこれを、俺と半分こしよう」
「半分こですか?」
「そうだ。ただし、お前は今川焼きが大好きだよな?」
「はい」
「出来ればいっぱい食べたいよな?」
「そうですね……卑しいですけれど、たくさん食べたいです」
「だが俺はそれを阻止する!」
「えぇっ!? どうしてですか!?」
「ここでテストだ」
俺は、ジネットを見つめゆっくりとルールを説明する。
「お前の目的は『俺よりも多く食べること』だ。いいな?」
「ヤシロさんよりも多く…………はい。分かりました」
ジネットは頷くと、身構える。
いやいや。奪い合いじゃねぇから。
「俺が半分に分けて、俺がどちらを食べるか選んでやろう。それでいいか?」
「はい」
「…………いいのか?」
「え? ……あ、それでは、同じ量しか食べられませんね!?」
こいつ、同じ量も食べられると思ってるのか?
「助言はありかな?」
あまりに酷いジネットを見かねて、エステラが口を挟む。
まぁ、助言くらいはいいだろう。
俺が促すと、エステラは盆の上から雑穀米のおにぎりを一つ取り、それを半分に割ってみせた。おにぎりは大きな塊と小さな塊に分かれる。
「これでも半分こと言えるよね?」
「あっ!?」
ジネットは目から鱗が落ちたように、雑穀米のおにぎりを見つめる。
「そういうことでしたかぁ……危うく、わたしは『損』をするところだったんですね」
「このままだったらね」
最初の条件提示でそこまで看破したエステラと、言われるまでまったく気付かなかったジネット。
この二人の差は果てしなく大きい。
「と、いうわけでヤシロさん。その案はのめません」
テストだと思い、ジネットはきっぱりとした口調で俺に言う。
相手が傷付かないと確信していれば、こいつははっきりと意見が言えるのだ。ずっとそうしていればいいのに。
「じゃあ、俺が半分に分けて、お前が選んだ方を手渡す。これならどうだ?」
次の案を聞き、ジネットはすぐさまエステラを見る。……自分で考えろよ。
エステラは、一度視線を雑穀米へと落とし、眉間に深いシワを刻み込む。
二つに分け、大小の差が出てしまった場合……どちらを取るかをジネットが選べば…………ジネットの方が多く食べられる。
そんな答えにたどり着いたのだろう。
むしろ、そこにしかたどり着かないといった感じだ。
だが、どうもそれがしっくりこないようで……エステラの眉間のシワは、ますます深くなっていく。
「さぁ、どうする?」
「え、えっと……!?」
俺とエステラを交互に見つめ、ジネットが慌て始める。
「残り、十秒……」
「えっ! えっ!?」
「九……八……七……」
「あ、あぅう、あのっ……」
「六……五……四……三……」
「あのっ! い、いいです! それでいいです!」
「二…………そうか。では、結果を見てみようか」
カウントダウンで心臓を痛めたのか、ジネットが胸を押さえる。……う~わ、メッチャ沈むじゃん……
「もしかして、君……」
俺がおっぱいにめり込むジネットの右手に注目……いや、右手をのみ込むおっぱいに注目していると、エステラがジッと俺を見つめて話しかけてきた。
トリックを暴いてやろう。そんな目つきで。
「綺麗に二等分して、どちらが多く食べたか分からないようにしようとしてないかい?」
「白黒つかないのは気持ち悪いだろうが」
「じゃあ…………あっ! そうか!」
エステラが何かに思い至ったようで、悔しそうに顔を歪める。
「ジネットちゃんに与えられた勝利条件は『ヤシロより多く食べること』……まったく同じ量なら、多く食べたことにはならない!」
「あっ!? 本当ですね!」
エステラの言葉に、ジネットも表情を歪める。
なるほど、面白い発想だな。それもありか。
でも、違う。
俺は、もっと分かりやすく、ジネットの騙されやすさを見せつけてやるつもりだ。
「じゃあ、半分にするぞ」
俺は軽く言って、今川焼きを二つに割った。
……その結果。
「え?」
「あれ?」
エステラとジネットが揃って声を上げる。
俺が分けた今川焼きは、明らかに大小の差があった。半口分ほど右の方が大きい。
「はっはっはっ! しくじったね、ヤシロ」
「これなら、さすがにわたしでもヤシロさんに勝てますね」
大笑いをするエステラとジネット。
勝ちを確信して、ジネットは右側の大きい方を指さす。
「では、こちらをください」
その言葉を聞いた直後、俺は大きい方の今川焼きに思いっきり噛りつく。
「えっ!?」
そして一口食うと、小さくなった右側の、指定された方をジネットへと手渡す。
「……食べ…………ちゃい、ましたね」
そして、手元に残った方を一口で平らげる。
うん。甘い!
美味いじゃねぇか、今川焼き。
「あぁ~……わたし、今川焼き大好きでしたのにぃ……」
無残。
ジネットの手元に残ったのはかじりさしの、小さな今川焼きの「欠片」だけだった。
俺はジネットに、『どちらを渡すか』を選んでもらっただけなのだ。
それに手を加えないとは一言も言っていない。
「な? 騙されやすいだろう」
「…………うぅ…………はい」
ジネットは、手元に残った小さな欠片を涙目で見つめている。
本当に好きなのだろう。
とても悲しそうだ。
でも、これぐらいのダメージを受けないと、こいつは身に沁みて感じられないだろう。
いい薬だ。
「ジネットちゃん。今度またプレゼントするから。ね? 泣かないで」
「…………いえ。わたしが招いた結果ですので……」
ジネットは自分の愚かさを反省したようだ。
よしよし。それでいい。
「というか、ヤシロ! これじゃあ、どうやったってジネットちゃんに勝ちはなかったじゃないか!」
ジネットが半泣きになったことで、エステラはご立腹のようだ。
見当違いな怒りを俺に向けてくる。
「勝つ方法はあったさ。もっとも単純な、正攻法がな」
「どうすればよかったって言うのさ!?」
理解の及ばないエステラとジネットに、俺はとても単純な解決策を教えてやる。
「『このテストはお断りします』と言えば、一個丸まる食えただろうよ」
「「あ……」」
そう。
もともと、この今川焼きはジネットのものなのだ。
テストに使わせさえしなければ、当然俺よりもたくさん食べることが出来た。
「相手が定めたフィールドの中にしか世界がないなんて錯覚していると、その世界ごとひっくり返されちまうんだよ」
俺のありがたい講義を聞いて、エステラとジネットは黙りこくってしまった。
あとに残ったのは、俺の口の中に広がる堪らん後味だけ。
今度、出来たてを食べに行こう。
そう思わせるほどの、甘美な甘さだけだった。
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