異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

10話 ジネットへのテスト -4-

公開日時: 2020年10月9日(金) 20:01
文字数:2,855

「じゃあ、今からテストをしてやる」

「テスト、ですか?」

 

 俺は、日替わり定食の盆から、雑穀米のおにぎりを一つ手に取る。

 

「ちょっと! それは、ボクのだぞ!?」

「ケチケチすんな! ちょっと平らげるだけだ!」

「それを止めるのはケチじゃないだろう!?」

「減るわけでもあるまいに……」

「減る! 確実に消えてなくなるだろう!?」

「しょうがない……」

 

 俺は雑穀米を諦めて、今川焼きの紙袋へと手を伸ばす。

 

「ここに、お前の大好きな今川焼きがある」

「はい」

 

 紙袋から出してみると……本当に今川焼きだ。俺のよく知っている、円形の、あの今川焼きだ。

 

「今からこれを、俺と半分こしよう」

「半分こですか?」

「そうだ。ただし、お前は今川焼きが大好きだよな?」

「はい」

「出来ればいっぱい食べたいよな?」

「そうですね……卑しいですけれど、たくさん食べたいです」

「だが俺はそれを阻止する!」

「えぇっ!? どうしてですか!?」

「ここでテストだ」

 

 俺は、ジネットを見つめゆっくりとルールを説明する。

 

「お前の目的は『俺よりも多く食べること』だ。いいな?」

「ヤシロさんよりも多く…………はい。分かりました」

 

 ジネットは頷くと、身構える。

 いやいや。奪い合いじゃねぇから。

 

「俺が半分に分けて、俺がどちらを食べるか選んでやろう。それでいいか?」

「はい」

「…………いいのか?」

「え? ……あ、それでは、同じ量しか食べられませんね!?」

 

 こいつ、同じ量も食べられると思ってるのか?

 

「助言はありかな?」

 

 あまりに酷いジネットを見かねて、エステラが口を挟む。

 まぁ、助言くらいはいいだろう。

 

 俺が促すと、エステラは盆の上から雑穀米のおにぎりを一つ取り、それを半分に割ってみせた。おにぎりは大きな塊と小さな塊に分かれる。

 

「これでも半分こと言えるよね?」

「あっ!?」

 

 ジネットは目から鱗が落ちたように、雑穀米のおにぎりを見つめる。

 

「そういうことでしたかぁ……危うく、わたしは『損』をするところだったんですね」

「このままだったらね」

 

 最初の条件提示でそこまで看破したエステラと、言われるまでまったく気付かなかったジネット。

 この二人の差は果てしなく大きい。

 

「と、いうわけでヤシロさん。その案はのめません」

 

 テストだと思い、ジネットはきっぱりとした口調で俺に言う。

 相手が傷付かないと確信していれば、こいつははっきりと意見が言えるのだ。ずっとそうしていればいいのに。

 

「じゃあ、俺が半分に分けて、お前が選んだ方を手渡す。これならどうだ?」

 

 次の案を聞き、ジネットはすぐさまエステラを見る。……自分で考えろよ。

 エステラは、一度視線を雑穀米へと落とし、眉間に深いシワを刻み込む。

 

 二つに分け、大小の差が出てしまった場合……どちらを取るかをジネットが選べば…………ジネットの方が多く食べられる。

 

 そんな答えにたどり着いたのだろう。

 むしろ、そこにしかたどり着かないといった感じだ。

 だが、どうもそれがしっくりこないようで……エステラの眉間のシワは、ますます深くなっていく。

 

「さぁ、どうする?」

「え、えっと……!?」

 

 俺とエステラを交互に見つめ、ジネットが慌て始める。

 

「残り、十秒……」

「えっ! えっ!?」

「九……八……七……」

「あ、あぅう、あのっ……」

「六……五……四……三……」

「あのっ! い、いいです! それでいいです!」

「二…………そうか。では、結果を見てみようか」

 

 カウントダウンで心臓を痛めたのか、ジネットが胸を押さえる。……う~わ、メッチャ沈むじゃん……

 

「もしかして、君……」

 

 俺がおっぱいにめり込むジネットの右手に注目……いや、右手をのみ込むおっぱいに注目していると、エステラがジッと俺を見つめて話しかけてきた。

 トリックを暴いてやろう。そんな目つきで。

 

「綺麗に二等分して、どちらが多く食べたか分からないようにしようとしてないかい?」

「白黒つかないのは気持ち悪いだろうが」

「じゃあ…………あっ! そうか!」

 

 エステラが何かに思い至ったようで、悔しそうに顔を歪める。

 

「ジネットちゃんに与えられた勝利条件は『ヤシロより多く食べること』……まったく同じ量なら、多く食べたことにはならない!」

「あっ!? 本当ですね!」

 

 エステラの言葉に、ジネットも表情を歪める。

 なるほど、面白い発想だな。それもありか。

 でも、違う。

 

 俺は、もっと分かりやすく、ジネットの騙されやすさを見せつけてやるつもりだ。

 

「じゃあ、半分にするぞ」

 

 俺は軽く言って、今川焼きを二つに割った。

 ……その結果。

 

「え?」

「あれ?」

 

 エステラとジネットが揃って声を上げる。

 

 俺が分けた今川焼きは、明らかに大小の差があった。半口分ほど右の方が大きい。

 

「はっはっはっ! しくじったね、ヤシロ」

「これなら、さすがにわたしでもヤシロさんに勝てますね」

 

 大笑いをするエステラとジネット。

 勝ちを確信して、ジネットは右側の大きい方を指さす。

 

「では、こちらをください」

 

 その言葉を聞いた直後、俺は大きい方の今川焼きに思いっきり噛りつく。

 

「えっ!?」

 

 そして一口食うと、小さくなった右側の、指定された方をジネットへと手渡す。

 

「……食べ…………ちゃい、ましたね」

 

 そして、手元に残った方を一口で平らげる。

 うん。甘い!

 美味いじゃねぇか、今川焼き。

 

「あぁ~……わたし、今川焼き大好きでしたのにぃ……」

 

 無残。

 ジネットの手元に残ったのはかじりさしの、小さな今川焼きの「欠片」だけだった。

 

 俺はジネットに、『どちらを渡すか』を選んでもらっただけなのだ。

 それに手を加えないとは一言も言っていない。

 

「な? 騙されやすいだろう」

「…………うぅ…………はい」

 

 ジネットは、手元に残った小さな欠片を涙目で見つめている。

 本当に好きなのだろう。

 とても悲しそうだ。

 でも、これぐらいのダメージを受けないと、こいつは身に沁みて感じられないだろう。

 いい薬だ。

 

「ジネットちゃん。今度またプレゼントするから。ね? 泣かないで」

「…………いえ。わたしが招いた結果ですので……」

 

 ジネットは自分の愚かさを反省したようだ。

 よしよし。それでいい。

 

「というか、ヤシロ! これじゃあ、どうやったってジネットちゃんに勝ちはなかったじゃないか!」

 

 ジネットが半泣きになったことで、エステラはご立腹のようだ。

 見当違いな怒りを俺に向けてくる。

 

「勝つ方法はあったさ。もっとも単純な、正攻法がな」

「どうすればよかったって言うのさ!?」

 

 理解の及ばないエステラとジネットに、俺はとても単純な解決策を教えてやる。

 

「『このテストはお断りします』と言えば、一個丸まる食えただろうよ」

「「あ……」」

 

 そう。

 もともと、この今川焼きはジネットのものなのだ。

 テストに使わせさえしなければ、当然俺よりもたくさん食べることが出来た。

 

「相手が定めたフィールドの中にしか世界がないなんて錯覚していると、その世界ごとひっくり返されちまうんだよ」

 

 俺のありがたい講義を聞いて、エステラとジネットは黙りこくってしまった。

 あとに残ったのは、俺の口の中に広がる堪らん後味だけ。

 

 今度、出来たてを食べに行こう。

 そう思わせるほどの、甘美な甘さだけだった。

 

 

 

 

 

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