異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

120話 新人ウェイトレス -3-

公開日時: 2021年1月26日(火) 20:01
文字数:2,712

「ヤシロ、大変だよ! カンタルチカと檸檬に、以前嫌がらせをしに来ていたゴロツキがぎゃぁぁあああっ!?」

 

 陽だまり亭に飛び込んできたエステラが、ふりふりエプロン姿のメドラを見て、とても素直な感情表現を行った。うんうん。絶叫。正しい反応だよ。

 

「やぁ、久しぶりだにゃ!」

「『にゃ』!?」

 

 いや、そんな物凄い表情でこっちを見られても……俺に説明を求めないでいただきたい。

 

「実はな……」

 

 俺は、死にかけのウーマロを床の上に放置し、エステラに現在の異界化した陽だまり亭についての説明をした。

 

「……まったく。次から次へと変わった状況を引き込んで……」

「俺のせいじゃねぇだろうが!」

 

 メドラが勝手に押しかけてきて、ジネットが手伝いを了承し、マグダがなんだか分からない状況を作り出し、ロレッタが普通に働いていただけなのだ。

 俺はノータッチだ。

 

「あんたにも迷惑をかけちまったにゃ。きちんと謝りに行きたかったんにゃが、アポイントを取っていにゃかったから、どうしたもんかと思ってたんだにゃ」

「……その語尾、なんとかならないのかな?」

「無理にゃ。今は『獣っ娘フェア』中にゃ」

「…………獣……『っ娘』?」

「なんにゃ?」

 

 怖い怖い。顔が怖いよメドラ。

 今のそれ、確実にヤンキーの「んだよ? やんのかコラ?」と同じニュアンスじゃん。

 

「今回の一件、被害に遭ったお店にきちんと筋を通してくれたんなら、もうそれでいいよ。真面目に労働して損害分は返しているみたいだし。迷惑かけたのはお互い様さ」

「そう言ってもらえると助かるにゃ」

 

 真面目な話なのになんかアホっぽく見えるのはなぜだろう……ま、語尾だわな。

 

「それでいいのか?」

「うん。どの店もここと一緒で、戸惑いながらもなんだか楽しそうに営業してたしね。これ以上ボクから言うことはないよ」

「楽しそうだったのかよ?」

「最初見た時はビックリしたけどね。何か裏があるんじゃないかってここに来てみたんだけど……理由を聞いて納得だよ」

 

 エステラが苦笑混じりにふりふりエプロン姿の魔獣を見る。

 

「……アレには逆らえないよね」

「あぁ、無理だな」

「酷いにゃ。女の子に向かって」

 

 誰が女の『子』だ……

 

「きっと連中も接客が楽しくなってきたのにゃ。アタシも割とハマっちまってるにゃ」

 

 ハマるのはいいが、この次は別のところでやってくれよ。ウチはもうお腹いっぱいだ。

 

「次のお客様は、アタシが笑顔でお出迎えするにゃ」

 

 次の客、気の毒だなぁ……ベッコかアッスント来い……

 なんてドアに視線をやった時、ドアが勢いよく開け放たれ、ウッセが飛び込んできた。

 

「大変だ! マグダはいるか!?」

「いらっしゃいませにゃ、お・客・様☆にゃっ☆」

「一大事だぁぁぁぁあああっ!?」

 

 何があったのかは知らんが、確かにこっちの方が一大事だよな。

 お前んとこのギルド長……バケモノに転生したみたいだぞ。

 

「なんだい、ウッセかにゃ。どうしたにゃ、血相変えて」

「どうしたは、あんたの方だろう、ママ!?」

 

 ……うわ、お前も『ママ』って呼んでんのかよ…………

 

「どうにゃ? 可愛いにゃろ?」

「えっ!?」

 

 まさか可愛さを求めてやっているなんて想像だに出来なかったのだろう。

 ウッセは魂からの疑問符を吐き出し、フリーズしてしまった。

 

「か・わ・い・い・にゃ・ろ?」

「め、めめめめ、めっちゃ、かわ、かわかわかわ、かわいい、で、で、ででででで……」

 

 命を狩られるか、カエルになるか……今ウッセの中では物凄いせめぎ合いが起こっていることだろう。まぁ、ここで『メドラは可愛い』と嘘を吐いたところで、その嘘でカエルにされることはないのだが……

 ……しょうがねぇな。

 

「ウッセ。『あのふりふりのエプロンをもしジネットが着ていたら』どう思う?」

「めっちゃ可愛い!」

「そうかそうか、可愛いかにゃ!」

 

 俺の耳打ちはメドラの耳には届いていなかった。……そうなるように気を付けたからな。

 ってわけで、ウッセの『嘘ではない』返事に気分をよくし、メドラはにこにこと笑みを浮かべた。

 

「で、マグダに何か用なのか?」

 

 メドラ危機が過ぎ去り、俺はウッセに事情を聞く。

 何か慌ててたみたいだが。

 

「そうだ! マグダ、すぐ来てくれ! 外壁を超えて、魔獣が街に侵入しやがった!」

「なんだい、情けないにゃ。虎っ娘に頼らなくても、あんたらでなんとかすればいいにゃ」

「その魔獣ってのが、キメラアントなんだよ、ママ! 俺たちの攻撃は全部弾かれちまう! マグダクラスの強力な攻撃でなきゃ仕留められねぇんだ!」

「ふむ…………キメラアントかにゃ……」

 

 腕を組んで考え込むメドラ。

 つか……

 

「もう、語尾の『にゃ』いらねぇから」

「ん? そうなのかい? んじゃあ、次は何をつけりゃいいんだい?」

 

 何もつけなくていいんだよ! 

 誰も得しない上に、話の緊張感が根こそぎ削ぎ取られて集中できねぇんだよ。

 

「……次は、語尾に『なんだからねっ』」

「おい、マグダ…………どうしてそういう危険なことを……」

「うむ! 分かったんだからねっ!」

「順応性高ぇな、メドラ!?」

 

 史上稀に見る、厳ついツンデレの誕生だ。……稀にも見たくなかったよ。

 

「なんでもいいから早くしてくれ! 俺たちだけじゃ、抑え込むのでせいぜいだ!」

「……分かった。マグダが出るんだからねっ」

「アタシも行ってあげるんだからねっ!」

「……マグダだけでも大丈夫なんだからねっ」

「別にあんたのために行くんじゃないんだからねっ! 迷惑をかけたこの街の人のために行くんだからねっ!」

「……なら、力を貸してもらうんだからねっ」

「なぁ、お前ら…………真面目にやる気あるか?」

 

 キメラアントは、街門建設予定地のすぐそばに現われたのだそうだ。

 外壁周りで騒がしくしていたせいで引き寄せてしまったのかもしれない。

 

「デリアとノーマはここに残って、万が一に備えてくれ」

「おぅ! 分かったんだからねっ!」

「アタシにはあんまり期待しないでおくれなんだからねっ」

「お前ら、意外と好きだろ、こういうの?」

 

 ツンデレ口調に前向きなデリアとノーマには残ってもらい、万が一取り逃がしたキメラアントがこっちに来た場合に備えてもらう。

 まぁ、そんな事態にはならないだろうけどな。メドラがいるし。

 

「ジネット。お前は通常通り仕事を続けてくれ。ただし、客の中で怖がる者がいたら、大丈夫だと安心させてやってくれ」

「はい。かしこまりましたなんだからねっ」

 

 だからなぜジネットまで乗っかっているのか……まぁ、可愛いからいいけど。

 

「じゃあ行くか」

「……了解、なんだからねっ」

「任せておきな! アタシがケリを付けてあげるんだからねっ!」

「チキショウ……なんだか緊張感が削がれて妙に疲れたんだからね……」

「いや、お前は使わなくていいよ、ウッセ」

 

 どっっっこにも需要ないから。

 

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