異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

68話 祭りの夜 -2-

公開日時: 2020年12月5日(土) 20:01
文字数:2,688

 太鼓の音は、これからどんどん間隔を狭めつつ鳴り続ける。

 その間に、川漁ギルドと狩猟ギルド、それから四十二区の自警団が祭りの見物客を誘導し道を開けさせる手筈になっている。

 観客に挟まれた道を灯りの行進が歩くのだ。


 そして、この太鼓の音はハムっ子の年少組がスタンバイする合図でもある。


 店に立たせるわけにもいかない幼い弟妹たちは、何か手伝いがしたいと不満たらたらだった。

 年長組は接客業に、またはウーマロやモーマットの手伝いに奔走しているが、年少組は基本的に見習い扱いだ。

 それが気に入らなかったのだろう。幼い弟妹たちは、この晴れの舞台に何も出来ないとむくれていた。


 そこで俺は、そんな弟妹たちにあるとても重大な役目を与えた。

 灯りの行進の鍵を握る、とても重要な役割だ。


 教会を目指す道すがら、道の端に視線を向けると、幼い弟妹たちはしっかりとスタンバイを終えていた。やる気十分。気合い満々。……それはいいけど、張り切り過ぎてフライングするなよ?

 ビシーッとタイミングを揃えてこそ、メインイベントが映えるんだからな。


 太鼓の間隔が狭くなっていく。


 ドコドコドコドコドコ…………


 教会に近付くにつれ、力強い太鼓の音が心臓に響いてくる。

 イメルダの手を握る手にも、思わず力がこもる。


「…………はぅ」


 手をぎゅっとすると、イメルダが不思議な声を漏らす。

 なんだ? と、振り向くと……


「い、今はこちらを見ないでくださいまし!」


 と、顔を背けられた。

 手を繋いでいるのが恥ずかしいらしい。

 ……乙女かっ!? 手ぐらいで……まったく。

 俺くらいの男になると、いちいち数えていられないほど女と手を繋いだものだ。……フォークダンスとかでな。…………中には何人か、手を繋いでくれずにちょっと手を浮かせてたヤツもいたけど…………くっ、なんて悲しい記憶を思い出させるんだこいつは!? 鬼か、イメルダ!? 謝れ! 俺に謝れ!


「どうして涙ぐんでますの?」

「泣いてないやい……」


 ロウソクの明かりが目に沁みるぜ。


 そうこうしているうちに、太鼓の間隔はどんどん短くなり、今や乱打と呼ぶに相応しい速度になっている。


 ドンドコドコドコ、ドンドコドコドコ……


 これで、お囃子でも聞こえてくれば気分もさらに盛り上がるだろうに。

 いつか、再現できればいいなとは思う。

 まぁ、今回は初回だからな。和太鼓に似た音色の太鼓だけでも十分だろう。

 狩猟ギルドが魔獣警戒用に使っている太鼓が、構造的に和太鼓に酷似していたのでそれを使わせてもらった。あるところにはあるものである。


「な、なんだか、胸がドキドキしますわね。なんなのかしら、この高揚感は……」


 イメルダが固唾をのんで夜道を眺めている。

 おそらく、今道沿いに並んでいる祭り客も同じような気分を味わっていることだろう。


 心臓に響く太鼓の音。

 普段は出歩くことのない夜に外にいるというちょっとした背徳感。

 そして、闇夜に浮かぶ、ゆらゆらと揺れる炎が彩る、非日常的な風景。


 弥が上にも期待は膨らむ。

 緊張感にも似た高揚感に酔いしれるがいい!


 そして、太鼓の音が限界まで速まり、観客の鼓動が最高潮に達した時――




 突然、光が消えた。




 一瞬のうちに世界が闇に包まれる。

 暴れ狂っていた太鼓の音もピタリと止まる。


 闇が……

 静寂が……

 世界のすべてをのみ込んでいく……


 期待と不安を内包した一種異様な雰囲気が辺りを支配していく。


 そんな中――



 シャン……



 小さな…………、とても小さな鈴の音が闇夜に響いた。


 観客の目が一斉にそちらへと向く。

 そして……


「おぉ……」


 ……と、あちらこちらから感嘆の声が漏れる。


 闇の向こう。

 遠くに明かりが見える。


 長い列を成し、眩くも温かい純白の輝きがゆっくりとこちらに向かって行進してくる。


「綺麗……ですわ……」


 ぽそりと、イメルダが呟いた。

 そう言ってしまうのも頷ける。


 その場にいる者すべてが、闇夜を照らす純白の光に目を奪われている。

 一列に並び、歩調に合わせて上下に揺れる幻想的な光に心を奪われている。


 突然現れた神秘的なその光景に見惚れ、言葉を発する者は誰一人として存在しなかった。



 シャン……シャン……シャン…………



 鈴の音が近付いてくるにつれ、光を持つ者たちの影が浮かび上がってくる。

 それは、輝く光を持った複数人の女性たち。

 手に持っているのは、光り輝く美しいレンガの鉢植えだ。

 そこに一輪の花が植えられている。


 光に照らされ、白い花弁が誇らしげに揺れている。


 東側の行列の先頭はウェンディが務めている。

 一週間の室内待機の結果、今日のウェンディは光っていない。

 手にした光のレンガに照らされているだけだ。


 整った顔に光が当たり、くっきりとした影を生み出している。

 それはどんなメイクを施すよりも美しく、彼女たちを引き立たせていた。


 そして、西側の先頭には…………


「…………ぁ」



 穢れのない光に包まれたジネットがいた。

 いつもの明るく朗らかな微笑みは影を潜め、落ち着いた、静かな表情を湛えている。

 それは、どこまでも神秘的で……

 もし、この世界に女神なんてものがいるのであれば、きっとこういう顔をしているに違いない、……と、そう思わせるような美しい表情をしていた。


 とても、声などをかけられる雰囲気ではなかった。


 光が教会の前へと集結する。

 集まった光が、闇を照らす。

 その光景は、まさに奇跡と呼ぶに相応しい美しさだった。


 ウェンディが研究し生み出した光の粉は、セロンが作るレンガと組み合わさって光るレンガへと昇華した。

 日中太陽の下に出しておけば、夜間に眩い輝きを放つ。


 街灯もない四十二区に誕生した、貴重な照明だ。

 こいつがあれば夜道も怖くない。

 どんなに深い闇であろうと、煌々と照らし出してくれるだろう。


「おぉ……」


 灯りの行進が教会へ終結したところで、祭り客から声が上がる。

 見ると、今灯りの行進が歩いてきた道に点々と純白の明かりが灯っていた。


 ナイスタイミングだ、弟妹たち。


 これらはすべて、幼い弟妹たちの手によって実行された演出だ。

 太鼓の合図で灯篭の灯を消したのもこいつらだ。

 そして、今明かりを点したのも、その弟妹たちだ。

 日中、灯篭の隣でたっぷりと日光を浴びていた光るレンガは、夕方には黒い布をかけられてスタンバイ状態にされていた。

 それを、灯りの行進が教会へ集結したタイミングで一斉に取り払ったのだ。


 あのちびっ子たちめ。見事に成功させやがった。

 やるじゃねぇか。完璧過ぎるタイミングだったぞ。


 先ほどまで、ロウソクが照らしていた夜の闇を、今度は光るレンガが眩いくらいに照らし出す。

 淡く温かい光から、幻想的で神秘的な輝きへ……


 その場にいたすべての者の心を捉えて離さない、淡く清らかな純白の光が祭りの会場を包み込む。


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