「おにーちゃーん!」
不意に、俺を呼ぶ声がした。
幼い妹の声。
その声の出所を探って視線を向けると……鉄板の前に一人で立つ妹がいた。
あそこは、ちゃんちゃん焼きの屋台だ。
え?
デリアは?
辺りをぐるっと見渡すと――
「はっはっはっ! 下手だなぁ。こうやるんだよ、それっ!」
「「「ぅぉおおお! お姉ちゃん、すげぇー!」」」
なんか、デリアがガキどもの中心で竹とんぼを飛ばしていた。
何やってんだよ、デリア!?
お前、ちゃんちゃん焼きどうしたんだよ?
あ~あ~、妹が鉄板の前でおろおろしてんじゃねぇか。
しょうがねぇな!
「妹、俺と場所代われ!」
「おにーちゃん! 分かったー!」
急いで持ち場を代わる。
妹は、接客は出来ても料理はまだ無理だ。
特に、今回みたいなイレギュラーな場所での調理ともなれば、まだまだ勝手にやらせるわけにはいかない。食い物の扱いは細心の注意を払い、絶対安全に! これが飲食店の鉄則だ。
まかり間違って食中毒などが発生したらおしまいだ。
それ以前に「完璧ではない」食い物を客に出すわけにもいかないしな。
そうして、俺は熱々の鉄板と向かい合う。
そして、ふと――違和感を覚える。
なんだ?
『BU』関連の食材を使った新メニューを広めるためのお披露目も兼ねた屋台。
品数は多いが、ジネットがフルスロットルで動き回っているので料理の供給は間に合っている。
売り子にしても、もはやベテランの域に入りそうなハムっ娘年長組を筆頭に十分な数を揃えている。
領主の相手はエステラやナタリア、デミリーやルシアまでもが手伝ってくれているので問題はない。
あとは好き勝手に過ごしてくれるだろう。
何も問題はない、はずだ。
なのになんだ……何かが、引っかかる。
何かがおかしい。
まるで、何かに誘れているような…………そうだ、わざとらしさを感じるんだ。
あのデリアが、店を放棄してガキどもと遊ぶだろうか?
ジネットやマグダがいて、料理の出来ない妹一人に店を任せるだろうか?
そして――
「おぉ、ちゃんちゃん焼き美味そうだなー」
「あんちゃん、オレにも大盛りで一つ頼むぜ!」
「こっちには二人前だ!」
「おい、急いでくれ。腹が減ってしょうがないんだ!」
「ほらほら、休んでないでじゃんじゃん焼いてくれよ!」
――こんなに繁盛するか、ちゃんちゃん焼きが!?
新メニューが目白押しで、店の数も十分用意してあるってのに、なんでこの店に客が集中するんだ!?
なんで新しい物好きな四十二区の連中が、こんな食い慣れた料理に群がりやがるんだ?
わざとらしい。
こいつら……何か企んでやがるな!?
「おい、お前ら……!」
「ヤシロ! よそ見してると焦げるぞ! ほら、そこ! もやし! もやしが焦げてるぞ!」
「うっせぇ、モーマット! もやしなんかちょっと焦げてるくらいが美味いんだよ!」
「歯応えを楽しませろよ! 俺のもやしだぞ!」
「何をもやしごときで偉そうに、大体お前は……」
「あぁーっと、ヤシロさん。鮭の切り身が底を尽きそうですよ。早く捌かないと!」
「そう思うならお前もちょっとは手伝えよ、アッスント!」
「ほほほ。私は、料理は、ちょっと」
「かぁ、使えねぇ! 嫁に逃げられろ!」
「なんてことを言うんですか!? 縁起でもない!」
なんだか煽られている。
まともに前を向くことすら出来ない。
まさかこいつら、日頃の恨み辛みを今ここで発散させてんじゃねぇだろうな?
「つーか、デリア! ジネット! ちょっと手伝いに……」
「あぁーっと、兄ちゃん! 待った!」
突然、巨大なアライグマが現れて、俺の視界を防ぐように立ちふさがる。
何やってんだよ、オメロ!?
「実はオレ、あの、い、今、親方に秘密にしてることがあるから、ちょっと呼ばないでくれ!」
「なんだそれ!?」
「呼んだら泣くぞ!」
「なんなんだよ、もう!」
気が付けば、俺は男どもにがっちりと取り囲まれていた。
店の前はもちろん、両サイドも、後ろまでも。
「お前ら、屋台の中に入ってくるんじゃ……」
「そんなことよりも、早く鮭焼けし、あんちゃん!」
「…………ネフェリーにチクる」
「な、ななななな、何をだよ!? 思いつきで脅迫とか、マジないんですけど!?」
「キツネの獣特徴出ろ」
「出るわけねーし! オレ、タヌキだし!」
パーシーまでもが邪魔をしてくる。
くっそ、こいつら……何を考えてやがるのか知らねぇが…………上等じゃねぇか。
なら、テメェらの腹をいっぱいに満たして、もう食えないって状況にしてやるぜ!
嫌でもそこを退かなきゃいけなくなるようにな!
「おほほほ。ご無沙汰ですね、オオバさん」
千葉方面の夢の国を思い起こさせるような甲高い声が聞こえた。
……嘘だろ。なんで、こんなタイミングでこいつが。
「私にも食べさせてくださいますか、そのちゃんちゃん焼きというものを」
暴食キング――狩猟ギルド所属のピラニア人族、グスターブが現れやがった。
「お腹が空いていますので、じゃんじゃん焼いてくださいね。ははっ」
……こいつを満腹にするのは、不可能だ。
くそ……こうなったら。
この手だけは使いたくなかったが…………しょうがねぇ!
「必殺――店じまい!」
「「「「「ふざけんなぁー!」」」」」
「「「「「ちゃんと働けぇー!」」」」」
くっそ、なんなんだよ!?
なんなんだよ、マジで!?
「お前ら、俺に怨みでもあんのか!?」
「「「「……………………まぁ、あると言えば……」」」」
「あるのかよ!?」
そりゃそーか! けっ!
テメェらの顔、全部覚えたからな!?
俺の中の『ちょっといじり過ぎても心が痛まないリスト』に追加してやったからな! どいつもこいつも覚えてろよ、ちきしょー!
――と、俺が『無我の境地~ヤシロ、神の領域モード~』に移行しかけたまさにその瞬間。
「ヤシロさん!」
ジネットの声がして、それと同時に俺を取り囲んでいた暑苦しいオッサンの壁がモーゼの割った海のようにぱっかりと割れていった。
オッサンの壁の向こうにいたのは、見慣れた連中で――
「サプライズですよ、ヤシロさん」
――けれど、全員が全員、綺麗にドレスアップしていた。
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