その後、砂糖工場へと案内されたのだが…………中には誰もいなかった。
砂糖の製造ラインが並んでいるのだが、そこに従業員はおらず、静かなものだった。
「悪いなぁ。本当は作業風景を見せてやりたかったんだが、サトウキビが入ってこなくてなぁ。工場は今日休みにしてんだ」
体育館くらいの広い作業場に細長い机と、大きなカマド、そして巨大な鍋と、なんだかよく分からない装置が所狭しと並んでいる。
今はそのどれもがスタンバイ状態になっている。
「サトウキビって、どれくらい入ってきてないんだ?」
「かれこれもう三ヶ月ってとこか……なんか、貴族の偉いさんを怒らしちまったのかねぇ?」
辟易したような顔でパーシーが言う。
三ヶ月か…………その割には、室内の温度が高い気がする。つい最近……それこそ、昨日までここで大量の火を起こしていたような、そんな微かな温かさを感じる。
それに、道具が綺麗過ぎる。
工場は休みだが、掃除はこまめに行ってるってのか? こんなデカい工場の中を、兄妹だけで? それとも、工場は止めても従業員は出勤して掃除をしてるのか?
あり得ない。
結論は一つ。
この工場は稼働していた。昨日……少なくとも停止して三日と経ってはいまい。
それを、パーシーは隠そうとしている。
「こんな大掛かりな工場を持っていても、やってることは単純なんだぜ」
パーシーが工場内を歩きながら説明をしてくれる。
「サトウキビをすり潰して汁を集め、それを熱して結晶を作り、不純物を取ってまた熱して、ろ過をして、結晶化させて……そんなことを何度か繰り返していくと、そいつが砂糖になるんだ」
製造工程は驚くほどに単純だ。
ただし、そこに技術が必要となり、素人には真似の出来ないものになっている。
これだけの設備があって、初めて可能になるのだ。
だから、他人に教えても問題ないのだ。
技術を盗みようがないからな。
「とまぁ、そんなところなんだけど、何か質問あるか?」
「作業が見れないんでは、これ以上聞きようもないな」
「そりゃそうだ。タイミングが悪かったなぁ」
「まったくだ。出直してくるとしよう。ジネット」
「はい」
「行こうか」
「はい」
このままここにいても意味がないと判断し、俺はジネットを連れて工場を離れることにした。
「大したもんが見せられなくて悪かったな」
「いや、いいものを見せてもらったさ」
どこかホッとしたような表情を見せるパーシー。
最後にもう一度握手を交わし、俺たちは砂糖工場を離れた。
工場を離れて……すぐに身を隠す。
「あの……ヤシロさん」
「おかしいことが多過ぎたな」
「そう、ですね」
路地の陰、砂糖工場が見渡せる場所に身を隠す。
あの工場には何か秘密がある。
そして、パーシーはそれを必死に隠そうとしていた。
あまりに嘘が多過ぎたのだ。
「まずは、あの大根だ」
「はい。大根を保存するなら、土は落とさない方が長持ちします。それに、葉は大根の水分を吸ってしまうため、切ってから保存するのが常識です」
「それに、寝かせて保存するっつってたしな」
大根やニンジンのような細長い根菜は、立てて保存しておく方がいい。
知識がなかっただけと、言えるだろうか?
貧乏で、食うに困る生活をしている兄妹が、食い物の保存方法を知らないなんて。
「そして、決定的なのが、泥だらけの手だ」
パーシーの両手は土に汚れていた。
「でも、それは大根を抜いてきたからなのでは?」
「ジネット。お前が大根を抜く時はどうする?」
「どう……と言われますと……」
ジネットも家庭菜園で大根を育てている。
その大根を抜いた時のことを思い起こし、身振りを交えて俺の問いに答える。
「葉の付け根を持って、大根の根を左に回転させながら土と一緒に一気に引き抜きます」
大根は、太陽を追うように『回転しながら』根を伸ばす。つまりドリルやネジのように時計回りにねじれながら土に刺さっているのだ。……当然、肉眼で見えるほどはねじれていないがな。
そのため、葉の付け根を持って土をグリグリ押しつけるように、反時計回りに大根を回転させると簡単に抜けてくれる。
「スッポンとな」
「そうですね。そうすることで比較的楽に抜けますね」
「で、葉の付け根を持っていた手が、どのタイミングで汚れるんだ?」
「あ……っ!?」
パーシーの手は、土で『汚れ過ぎて』いたのだ。
「大根についた土を払ったのでは?」
「ついてたろうが、大根に土。払ってないじゃねぇか」
「そうでした……じゃあ、手で土を掘って……」
「子供の頃から貧乏で家庭菜園をやっているヤツが、大根の抜き方ひとつ知らないのか?」
「……それは、変ですね」
「それに、あいつは自分の手に泥がつくことに慣れていなかった」
無造作に頭を触ったり、俺の服を汚したりしていたのは、普段から手に泥がつくようなことをしていないからだ。泥がついた時にはやらないこと、やってはいけないことってのが、ヤツの頭には入っていなかったのだ。
「それだけでも、ヤツがワザと自分の手に泥をつけてきたと考えるのに十分な証拠になる」
「なるほど……」
つまり、パーシーは普段から畑仕事なぞしたことがないのだ。
おそらく、妹に任せっきりなのだろう。
なのに、さも自分が引っこ抜いてきたかのような芝居を演じてみせた。
それはおそらく、この砂糖工場に金などないと、俺たちに思わせるための工作だったのだろう。
なぜそんなことをしたのか……答えなんか一つしかない。
他人に知られたくない、利益を上げる方法があるからだ。
工場の中は、稼働していたものを急遽停止させたという感じだった。
こいつらは砂糖を作っている。
しかし、なんらかの理由で、それを俺たちには知られたくないと思っている。
それを突き止めれば、俺たちは砂糖を手に入れられるかもしれない。
見つけられないかもと思っていた『きっかけ』を見つけることが出来るかもしれない。
そんなことを思いながら、俺は砂糖工場を眺めていた。
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