異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

106話 陽だまり亭裁判 -4-

公開日時: 2021年1月12日(火) 20:01
文字数:3,149

「見つかりましたよ。件のイグアナ男」

「本当か?」

「えぇ。ヤシロさんの似顔絵、すごいですね。まるで生き写しだと評判でしたよ」

 

 俺が渡したバカ爬虫類の似顔絵をピラピラと見せながら、アッスントが感心したように言う。

 アッスントには、仕事の合間にバカ爬虫類のことをそれとなく聞いてもらっていたのだ。

 虫の件の筋肉どもを避けたのは、ヤツらが用心深く身元を隠蔽するような素振りを見せていたからだ。

 下手に詮索して、アッスントに不利益が出ては申し訳ない。

 

 だが、バカ爬虫類の方は大丈夫だろう。

 あれだけ迂闊な男だ。きっと他所でも似たような迂闊な行動ばかりしているに違いない。

 

 案の定、すぐに尻尾を出しやがった。

 

「名前はオットマー。四十区を根城にしているゴロツキギルドの一人です」

「ゴロツキギルド? そんなもんがあるのかよ?」

「あ、いえいえ。ありませんよ。正式には」

 

 正式にはってことは……非公式団体ってことか。

 

「どこのギルドにも所属できない半端者が集まって形成された非公式ギルドです。ただ……悲しいことに、彼らは仕事には困っていないようなんですよね」

 

 仕事には困っていない。つまり、そんなゴロツキに金を出して依頼を持ち込むヤツが後を絶たないってことだ。

 ゴロツキに頼むような仕事といえば……

 

「今回のように嫌がらせをしたりってのが主な仕事なんだな」

「えぇ。彼らは根性がありませんからね。街の警護や用心棒のような責任ある仕事は出来ません。ご自慢の力も弱い者いじめにしか使えない、そんな連中なのです」

 

 でも、依頼を持ち込むヤツは後を絶たないんだろ?

 この街も、裏ではいろいろ腐ってやがるんだな。

 

「でもおかしいな」

 

 エステラがアゴを摘まんで空中を睨む。何かを思い出そうとしているようだ。

 

「たしか、あの能無し爬虫る……失礼、オットマーだったっけ? 彼は『道を歩いていたら、突然知らないヤツに声をかけられた』と言っていたはずだけど?」

「そういえばそうだったな」

 

 エステラの言葉を聞いて、俺もおかしな点に気が付いた。

 

「ギルドを形成してるなら、依頼は上から来るんじゃないのか?」

「そういうルールを守れないから、彼らははみ出し者なのですよ」

 

 つまり、やりたいようにやっているってわけか。

 

「ただなんとなく同じような場所に群がり、同じようなことをして金銭を得ている。たまに、力のある者から仕事を振られ集団行動を取ることもある。彼らの繋がりなど、その程度のものなんですよ」

「縦も横も、繋がりが薄そうだね」

 

 エステラが肩をすくめる。

 バカ爬虫類オットマーが不祥事を仕出かしたとして、そのゴロツキギルドの代表者に責任追及なんてことは、まぁ、不可能なんだろう。

 ある意味、悪事をやるにはもってこいの連中だな。

 

「トカゲの尻尾切り要員か」

「あ、あの……イグアナさんの尻尾は、切ると大変なことになりますよ」

 

 おずおずと挙手をして、ジネットが言う。

 うん、そういう話じゃないんだ、これ。だから、悪いんだけど……ちょっと黙っててくれるかな?

 

 要するに、オットマーの不祥事を吊し上げて、依頼人を吐かせるってことが難しくなったわけだ。依頼がギルドを通さずなされたのならば、オットマー以外に依頼主を知る者はいない。

 で、そのオットマーですら、依頼主のことを『知らないヤツ』と表現する有り様だ。

 

「面倒くさいことになったな」

「そうだね。依頼主に話をつけてやめさせる……っていうわけには、行かないかもね」

 

 エステラと顔を見合わせる。

 この一件。どうやって方を付けたものか……

 

 こちらの勝利条件としては、四十二区の飲食店、並びに住民が、今後一切ゴロツキギルドの不当な嫌がらせに遭わないようにすることだ。

 発生源を特定できないのなら、街全体を警備でもするしかないが……

 

「街門の工事に自警団の多くを派遣しているからね……街の中の警備は今手薄になっているんだ」

 

 街門の設置は、イコール外壁の破壊とも言える。

 魔獣の多く住む森に外壁が面しているここ四十二区では、自警団の大量派遣は必須だ。万が一のことがあればあっという間に街は壊滅だからな。

 

「あたいが手伝ってやろうか? マグダやノーマなんかも、結構使えると思うぞ」

 

 デリアがそんなことを言ってくれる。

 確かにその三人が揃えば、大抵の魔獣には勝てそうな気もしないではないが……

 

 魔獣もゴロツキギルドも、どちらも向こうの出方をじっと待つしかない持久戦だ。

 この三人を投入して一挙解決とはいかない。なんともやりにくい相手だ。

 

「そういや、今日マグダはどうしたんだ? 姿が見えないけどよぉ」

「マグダさんは今日、狩りの日なんです」

「あいつ、狩りとかしてんのか?」

「そちらがマグダさんの本業ですから」

 

 デリアの問いに、ジネットが丁寧に答えている。

 街門が完成すれば、マグダの負担も随分減るだろう。

 だからこそ、自警団を他の仕事に回して作業を遅らせたりはしたくない。

 

「ねぇ。そのゴロツキギルドは悪いことばかりしてるんだから、こっちから乗り込んで壊滅できないの?」

 

 正義感の塊みたいなパウラには、そうすることが正解に見えるようだ。

 悪は滅ぼされてしかるべき……と。

 

「戦争になるよ、それじゃ」

 

 苦笑混じりにエステラが言う。

 

「ゴロツキがいるのは四十区だけじゃない。ほぼすべての区にいるんだ」

「でも、今回の相手は四十区のゴロツキでしょ?」

「いや、それだけじゃ終わらない」

 

 エステラは、パウラにも理解できるように危険性を分かりやすく説明する。

 

 ゴロツキどもの繋がりは確かに希薄で、誰かがヘマをしてどこかの自警団に捕まったとしても、知らぬ存ぜぬを貫き通すだろう。『俺は関係ない』と。

 だが、自警団が発起しゴロツキ壊滅に乗り出したら……きっとヤツらは団結し、自警団と、行動を起こした領主を攻撃し始めるだろう。

 そうなれば、希薄な繋がりしかなかったゴロツキをまとめて大きな勢力を誕生させてしまうことになる。

 なにせ、ゴロツキにしてみれば明日は我が身なのだ。死に物狂いで抵抗してくるだろう。

 

「そして、一度誕生した勢力は、その後有耶無耶にはなりにくい。下手に刺激しない方がいいんだ」

「……そう、なんだ」

 

 もどかしいが、そうする以外に方法が無い。

 俺たちには、この街の腐敗を一掃できるほどの力などないのだ。

 

 精々、自分たちの街を自衛するくらいが関の山だろう。

 

「とりあえず、四十区へ情報収集に行こう」

「そうだね。オットマーが四十区で依頼を受けたというのなら、依頼人も四十区にいる可能性が……無いわけではない」

 

 まぁ、無きにしも非ずだな。

 自分の身元を隠したければ他区のゴロツキに依頼するかもしれんし……なんとも言えん。

 

「ポンペーオ」

「もぐもぐ…………何かね?」

 

 食ってんじゃねぇよ、タルトをよ……

 

「お前馬車で来たんだろ? ちょっと乗せてってくれねぇか?」

「君ねぇ…………」

「タルト教えるから」

「何往復でもしてくれたまえ」

 

 いや、そんなには……あ、そうだな。じゃあ何往復でもさせてもらおう。

 この先、四十区へ行く際にはポンペーオの馬車を気軽に使うとしよう。うんうん。言質は取った。嫌とは言わせない。

 

「ただし、私の馬車は小型でね。乗れてもあと二人だよ」

「狭いのか?」

「私は貴族ではないからね」

 

 まぁ、自家用馬車を持ってるだけでも大したものだけどな。

 

「そうか……スペースが無いのか…………」

 

 俺はメンバーをぐるりと見渡し、同乗する者を選ぶ。

 

「なら、お前しかいないよな、やっぱ」

 

 と、エステラの肩をポンと叩き、視線を胸元に向ける。

 

「省スペースだし」

「……そこのスペースは関係ないと思うけど?」

 

 拳を強く握るエステラ。

 はっはっはっ冗談さ。……とは、口に出しては言えない。だって、カエルにされちゃうから。

 

 

 そんなわけで、俺とエステラは四十区へと行ってみることになった。

 まぁ、収穫は少ないだろうがな。

 

 

 

 

 

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