あ………………あ、まぁ~~~~~~~いっ!
美味しい! 美味しいよ! 美味し過ぎるよこれ!?
これに比べたら、ラグジュアリーのケーキなんてパンだ!
なんてことだろう……私が世界で一番美味しいと思い込んでいたあのケーキは、甘いパンに過ぎなかったのだ。
「これが……ケーキ……」
震える手で二口目を口に運ぶ…………あぁ、私はこれを完食する前に心臓が摩耗して死んでしまうかもしれない。
美味しい。そして……幸せ…………これが、幸せの味……
と、その時、厨房の方から目つきの悪い、いかにも小悪党然とした、「あ~、こいつモテないのに自分では結構イケてるとか思い込んでそうだなぁ」みたいな風貌の男が慌ただしく飛び出してきた。
折角の雰囲気がぶち壊しだ。
イタイ男……イタメンはこの世から消滅すればいいのに。
イタメンを無視して、三口目を食べようとした時、こともあろうにそのイタメンが私の前へとやって来た。
……な、なに? なんなのよ?
「お客様、申し訳ございません!」
「……え?」
「期間限定のスペシャルケーキと間違えて、猛毒ケーキを出してしまいました」
「ぶふぅっ!?」
なんだか分からないものが体内から込み上げてきて気管に詰まった。ゴホゴホと咳が出て止まらない。
こいつ、今なんて言った?
も、猛毒!? このケーキが!?
そんなバカなことがあるわけない。こんなに甘いのに!?」
「ごほっ! ごほっ! ……じょ、冗談はやめて! おこ……ごほっ! 怒るわよ!」
「冗談ではありません!」
イタメンはとても真面目な顔で、とても焦った様子で、こんな説明をし始めた。
「このケーキは……猛毒を持つ物しか使われていない非常に危険なケーキで、シェフですら触るのを嫌がるほどの凶悪な食べ物で、一口食べれば一月後には絶命し、二口食べれば丸一日で確実にあの世行きな危険極まりない、全世界が、『オイそれ食っちゃダメだろ』と認めた最強最悪の毒物の塊という恐ろしいケーキ……略して猛毒ケーキなんです!」
「なんでそんなものが間違えて出てくるのよ!? そもそも、ここにあること自体がおかしいじゃない!」
さては、これは嫌がらせね?
たまにあるのよね。店の品格を守るためとかいう訳の分からない理由で格の落ちる客を追い出そうって店が……あ~あ~、そうですか。ここもそういう店なんですか。
「バカバカしい。私は出て行かないからね」
イタメンを無視して三口目を食べようとしたのだが……フォークを持った腕をイタメンにがっしりと掴まれてしまった。
「ちょっと! 食べられないじゃない! 触らないでよ、痴漢!」
「なんとでも罵っていただいて結構! ですが! 三口目を食べた瞬間……お客様は…………」
「…………ど、どうなるよの……?」
私の問いに……イタメンは、答えなかった。
ただ泣きそうな顔で視線を外し、俯いてしまった。……じょ、冗談でしょ?
「……もし、俺の言葉が信じられないというのなら……どうぞ、『精霊の審判』をお使いください」
イタメンが、私を見ずに言う。腕を掴んでいるイタメンの腕が小刻みに震えている。
それはそうだろう。この街の住民が最も恐れているもの――それが、『精霊の審判』なのだ。……それを、使えと言うの?
「いいわ。使ってあげる。嘘だと認めるなら、今のうちよ?」
「…………」
イタメンは何も答えない。
……しょうがないわね。
息をついて、私は腕を伸ばし、イタメンを指さす。
「『精霊の審判』!」
途端に、イタメンの全身を淡い光が包み込む。
ふん。カエルになって反省するがいいわ…………
「…………うそ、でしょ?」
しかし、イタメンはカエルになることはなかった。
数十秒で淡い光が消失した後も、イタメンは俯いたまま、変わらない姿で私の前に立っていた。
……ということは…………
「ほ、本当に…………猛毒ケーキ、なの?」
「……申し訳ありません」
「も…………申し訳ありませんじゃないわよ!」
私…………死ぬの?
冗談じゃない!
なんで、こんなことで!?
「あ、あの……っ!」
そこへ、先ほどの爆乳店員が駆けてくる。
「こちらの不手際で……お、お代は結構ですので……」
「そんな程度で済まされると思ってるの!? どうするのよ!? どうしてくれるのよ!?」
嫌だ……死ぬなんて、絶対嫌だ!
「…………キノコ……」
「は?」
俯いたまま、イタメンが何かをほざきやがった。
何よ?
言いたいことがあるならはっきり言いなさいよ!
「か、乾燥したキノコがあれば、浄化できます!」
「乾燥キノコォ!?」
こいつは何を言っているの!?
「お客様が口にしたものは、キノコに含まれる食物繊維で体外へと排出されます! 今すぐに……遅くても、明日の昼までに乾燥キノコを粉末にして、400グラムほど飲むことが出来れば、浄化できるかもしれません!」
そ、そんなもの、一体どこに……………………あっ!?
「赤髪…………」
「……お客様?」
「赤髪の少女!」
そうだ!
私が今日赤髪の少女に売りつけたあの薬! あの粉末は、私の町で採れるキノコを粉末にした物!
量もちょうど400グラム!
これは運命? いえ、そんなことどうでもいいのよ!
もし、あの赤髪が今日の分だと言って一本でも飲んでいたら…………
「こうしちゃいられないわ!」
今すぐにあの赤髪の少女を見つけ出してすべてを回収しなければ!
「ねぇ、イタメン!」
「イ……イタメン?」
イタメンが顔を引き攣らせる。
何よ? ドジでグズなあんたなんかイタメンで十分でしょう!?
「この辺で赤髪の少女を知らない!?」
「赤髪……ですか…………心当たりは……」
「よく思い出しなさいよ! 胸が悲しいほどぺったんこな女よ!」
「あぁ、それでしたら心当たりがっ!」
「なんでそのワードで思い出すんだいっ!?」
「お嬢様! まだ早いです! 早く隠れてください!」
今一瞬、入り口付近が騒がしくなったような気がするが……今はそんなことどうでもいい!
「心当たりがあるなら、その女の居場所を教えなさい!」
「実はですね。その女性は本日、この後ご予約をいただいておりまして…………そろそろご来店されるんじゃないかなぁ~……っと」
イタメンが、なぜが遠くへ言葉を飛ばすような言い方をする。
こいつ……私のことをバカにしているの? 地獄のカカト落としを喰らいたいのかしら?
私がイタメンのつむじに狙いを定めていると、食堂の入り口が開いた。
「あ、噂をすれば」
イタメンの視線が入り口へと向き、私も追うように視線を向ける。
そこにいたのは、黒い服を着た格式高そうなメイドを従えた、とても美しい良家のお嬢様だった。煌びやかなドレスを身に着け、楚々とした足取りで店内へと入ってくる。
確かに赤髪だが、私が探しているのはこんな美人ではなく…………と、視線が良家のお嬢様の胸元に向き……私は唖然とした。
胸が、悲しいくらいに真っ平だったのだ。微かに抉れているのではないかと錯覚するほどに……
あの胸……あの垂直バストは……
「あ、あなた!」
私は思わず駆け出していた。
そして、赤髪の少女の手を取り、懸命に訴えかけた。
「ねぇ、私のこと覚えてる!? 今日会ったでしょ!?」
「あら。あなたは、あの時の……? ご無沙汰しております」
「そんな挨拶いいから! ねぇ、まだ一本も使ってないわよね?」
「えぇ。ここでケーキをいただいてから一本目を服用しようとしていましたので」
「よかったぁ! 悪いんだけどその薬、全部返してくれる!? どうしても必要になったのよ!」
「そう言われましても……」
「お願い! お金は全額返すから!」
「ですが……」
あぁ、もう! イライラする!
なんなのよ!? 私が売ったものを私に返せって言ってるだけじゃない!
何が問題なのよ!
「ボクは、未来への希望を購入したワケで、それを奪うというのであればそれ相応の対価を支払ってもらわないと……」
「はぁ!? なに、お金取る気なの!? 私の薬よ!?」
「現在は、『ボクの』薬です。それが無理なのでしたら、交渉は決裂で構いません。ボクは希望を見たいのです」
「あのね! 言っとくけど、アレ、全っ然効かないからね!」
「そんなことありませんよ」
「あるのよ! 私が言ってんだから間違いないの!」
「ですが、『精霊の審判』はそう判断しませんでした」
「あれは、『精霊の審判』に引っかからないように……」
と、そこまで言ったところで、私の目の前にナイフが突きつけられた。
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