「それで、俺らに何か用なのか?」
ウェンディは、レンガ工房から出て来た俺たちに声をかけてきた。
何か用があるのではないかと、そう思ったのだ。
「じ、実は、ですね……その…………決して、ストーカーとか、そういうことではないので勘違いはしないでいただきたいのですが……夕方ここを通られた英雄様をお見かけして、ずっと後をつけておりまして……」
「ストーカーだ」
「ストーカーです」
「ち、ちち、違うんです! ちょっと、お話を伺いたかっただけなんです!」
「それで、ずっとここで俺たちが出てくるのを待っていたのか?」
「……はい」
「ストーカーだ」
「ストーカーです」
「ですからっ!? …………うぅ、反論できない……」
背を丸め、しくしくと泣くウェンディ。
レンガ工房に行く前、この付近でロレッタが見たという影はこいつだったのだろう。
しかし、こいつはなんでこうも全身から光を発しているんだ?
スーパー何某人とかなのか?
「実は、私……自分の限界を感じていまして……」
落ち込みながらも、ウェンディはポツリポツリと語り始める。
「私が追い求めているのは、結局実現不可能な夢物語なのではないかと…………なら、いっそすべてを捨ててしまって、諦めてしまえば楽になれるのではないかと……」
「でも、そうしたくない理由があるわけだな」
俺が言うと、ウェンディは鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をこちらに向ける。
いや、ネフェリーにポップコーンをぶつけたような顔の方がしっくりくるかもしれない。
今度試してみよう。
「……どうして、分かるんですか?」
「グジグジしてるからだ」
「結論は出ました」「もう諦めるしかないんです」と、そんなことを『他人』に話しているヤツの目的はただ一つ。
「そんなことない」と言ってほしいのだ。「もうちょっと頑張ってみろ」と言ってほしいのだ。
頑張る理由が、自分では見つけられないから誰か別の人間に背中を押してほしいのだ。
「俺の国には『構ってちゃん』という、非常に面倒くさい人種がいてな。お前はそいつらによく似ている」
「……面倒くさい…………ですか」
はっきりと否定されることに慣れていないのだろう。
ウェンディは目に見えて落ち込んでいく。
まぁ、幼馴染があのセロンじゃな。
あいつはきっと、ウェンディの言うことならなんでも肯定的に捉えて、いつでもどんな時でもウェンディの背中を押してやっていたのだろう。
だが、それが当たり前になると、途端に不安になるのだ。
いつも自分を応援してくれるこの人だけが特別で、他の全人類が否定的なのではないかと……そして、その特別な人物に対しても「本当は無理しているんじゃないだろうか」と。
それを聞くのが怖くて聞けない。けれど気になる。
そして、そうなった時にこいつがすがるのは、『第三者からの賛同』だ。
俺が、「大丈夫だ、頑張れ」と言えば、きっとウェンディは救われるのだろう。ほんのひと時、わずかな時間だけは。だがそれは持続しない。
なら突き放してやるべきなのだ。
そして、自分の足で立てるように矯正してやる。
面倒くさいことに、俺はこいつを前向きにしてやらなければいけない理由があったりするからな。
「お前が悩んでいるのは、すでに自分の中にある答えを認めたくないからだ。認めたくない答えを認めないために、お前はあれこれと理由をつけて言い訳を繰り返しているだけだ」
「………………」
完全に俯いてしまったウェンディ。
甘やかされてきたせいで、きつい言葉にはどう返答していいのか分からないのだろう。
「お兄ちゃん」
珍しく空気を読んで、ロレッタが小声で話しかけてくる。
……つか、いい加減降りてくれないか? 幽霊じゃないって分かったんだし、いつまでおぶさってるつもりだ、この子泣きロレッタめ。
「もう出ている認めたくない答えって…………つまり、研究をやめて、幼馴染さんを諦めるっていうこと……ですよね?」
……ん?
こいつはそう受け取ったのか。
だが、違う。
「真逆だ」
「真逆、ですか?」
ウェンディは「諦めるしかない」と口にした。が、それが本心なら、わざわざ俺を待ち伏せしてまで話しかけてきたりはしない。
「ウェンディはな、何がなんでもセロンを諦めたくないんだ。貴族の婿になんかやりたくない。だが、自分の研究が思うような成果を上げられずに焦っている。時間もどんどんなくなり、『もうダメぽー!』と叫びたいわけだ」
「『ダメぽ』って叫ぶですか!? なんか可愛い叫びですね!?」
「いえ……あの、そんな言葉は使ったことないですが……」
おかしなところに食いつかれたせいで、話の腰が折れてしまった。
ウェンディも、そんなところをわざわざ否定しなくてもいいんだっつうの。
「まぁ、『ダメぽ』は適当に言ったんだが……とにかく、ウェンディは無様な姿をさらしてでもセロンを引き留めたい、そばにいてほしい、誰にも渡したくない、休日ともなれば朝から晩までベタベタイチャコラしまくりたい、平日だっていってらっしゃいのチューとかしたい、仕事中にだってやって来て『私のことちゅき~?』『ちゅきって言ってくれなきゃやぁ~だ~』とかそういうことがしたいんだろうどうせ! んむぅゎああああ、爆ぜろリア充! 弾けろリゼントメント(鬱憤)!」
「お兄ちゃん! 落ち着くです! 理性を取り戻すです! 誰もそこまで言ってないです!」
「英雄様っ!」
「ほら、ウェンディさんもさすがにご立腹モードですよ!」
「どうして全部お見通しなんですかっ!?」
「本当にそんなことしたいと思ってたですかっ!? 痛いです! なんだか痛いカップルです!」
俺の背で戸惑うロレッタだが、俺に言わせればなぜそんなことも分からないんだという感じだ。
世のカップルなんぞ、どいつもこいつも考えることは同じなのだ。
等しく爆ぜろ!
要するに、手放したくはないが、無様をさらしたくはない。
そういうことなのだ。
「だったら、研究を成功させるしかないだろう」
至極まっとうで、もっとも単純な解決法だ。
「お前の研究が完成すれば、セロンの作る花壇は飛ぶように売れるようになる。そうだな?」
「は、はい! それは、自信があります!」
力強く頷くウェンディの瞳には絶対的な自信が満ち溢れていた。
花壇としてしか需要のないレンガ。しかし、その花壇すらここ四十二区では需要がない。
だからこそウェンディは花の研究にすべてを懸けているのだろう。研究が成功し花の需要が増せば、自ずとセロンの作る花壇の需要も増すとそう固く信じて。
が、その自信は一瞬で消え失せてしまう。
「……研究が、成功すれば…………ですけど」
ま、そこが一番難しいところだわな。
それが簡単に出来るなら、今頃みんなが億万長者だ。
「それで、どんな花を研究しているんだ?」
セロンは『いまだこの世界に存在しない花』と言っていたが……
「光る花を……研究しているんです」
「光る花……?」
「はい。日中、太陽の光をその花びらに蓄積させ、夜になると自らの花びらを眩いまでに輝かせる、そんな花を作りたいと思っているんです」
光る花……そんなものは見たことがない。
「その研究を、私はずっと続けているんです」
「で……自分が光るようになったのか?」
「違うんです! そうなんですけど、違うんです!」
ぼんやり光りながらウェンディは両腕をぶんぶんと振る。
「これはその……英雄様をお待ちする間日光に当たってしまったせいで……あの、体や服に光の粉が付着して……それで……!」
「光の粉、ってのは、お前が発明した物なのか?」
「え? あ、はい。そうです」
こいつの体を光らせているものが存在するのであれば…………これは使えるぞ。
「少し、研究の成果を見せてくれないか?」
「え? …………そうですね。では、私のラボへご案内いたします」
俺たちはウェンディの後について、レンガ工房からほど近い、古びた家屋へと案内された。
前を歩くウェンディが明るくて、とても歩きやすかった。便利なヤツだ。
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