門の先には、美しい街並みが広がっている。
海に近いこの場所は、魚の売買で栄えている。ここから街全体へ魚が運ばれていくのだろう。
「と、そんなことよりも……」
私は、ヌメヌメになったローブを脱ぐ。
もともと、街に入ったらローブは脱ぐつもりだったのだ。
ローブの下は、動きやすい身軽な服を着ている。
胸を強調した露出の多い服と、太ももまであらわにした走りやすい短パンだ。ひざ上まであるブーツのおかげで、露出は抑えられ、娼婦のようには見えないだろう。いやらしさではなく、オシャレな露出だ。
とはいえ、そこいらの男ならホイホイ引っかけられるだろうが……
例えばあそこの、乗り合い馬車に並んでいる男たち……
「もう、なんでこんな遠いところから依頼が来るッスか!? 帰るのが一苦労ッス!」
「依頼受けたのは、……棟梁」
「そうですよ。陽だまり亭のお弁当もあるんですし、機嫌直して仕事してくださいよ」
並んでいるのではなく、馬車に乗ろうとするキツネ顔の男を、ウマ顔の大男と、ひょろ長い男が説得しているようだ。
「いやッス! オイラ、マグダたんの顔を見ながらでないと食事が喉を通らないッス!」
「それ……マグダちゃんが嫁に行くと同時に、棟梁の人生が終わるシステム」
「ヤンボルド! バカなこと言うなッス! マグダたんは嫁になんか行かないッス!」
「いや、いつかは行くでしょう……棟梁、もう少し現実に目を向けてくださいよ」
「黙るッス、グーズーヤ! お前の給料を全部マグダたんにつぎ込むッスよ!?」
「それ、横領ですよ、棟梁!? どうせなら、デリアさんにつぎ込みますよ、僕は!」
女の話で盛り上がる……こういう男どもはすぐに引っかけられる。
「ねぇ、お兄さんたち」
相手によって口調を変える。これは詐欺師の常套手段。
「ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いいかなぁ?」
大きな荷物が重くて持っていられない……という演技で荷物を地面へと下ろす。その際、これでもかと胸元を大きく強調する。
これでつられない男なんて……
「ギャー!」
「え、なに!?」
突然、キツネ顔の男が叫び声を上げて走り去ってしまった。
なんなのよ……?
「棟梁の女性許容量を大きく超えた…………棟梁には、刺激が強過ぎた」
「まぁ、普通にしゃべるだけでもオーバーヒート気味ですもんねぇ」
ウマ顔の大男とひょろ長い男が呆れ顔で話している。
女性許容量? オーバーヒート?
はっ!? いけない。
おかしな人間が多いのがこの街、オールブルームなのよ。
いちいち気にしない。
逃げたヤツのことなんて気にしない。ここは残された男どもをたぶらかし、昼飯くらい奢らせてやらなきゃ。
「実は、私ぃ~、おなか空いちゃってるんだけどぉ~……お兄さんたち、どこか美味しいお店知らないかなぁ?」
ここでさらに胸を強調して、グググッと身を寄せる。
「あとぉ……今夜泊まるところも決まってないんだけどぉ…………どこかいい場所、知らない?」
これで、下心をくすぐられた男はあり得もしない妄想に掻き立てられ、ご飯を奢り、贈り物をしてくれる下僕と化す。微かな希望を手中に収めるために…………ふふ、男なんてチョロいもんよね。
実際、この二人は私の大きな胸に視線が釘付けだ。
「…………キズ」
馬顔の大男が、胸の谷間にある傷を見つけたようだ。
このキズは、前に詐欺でヘマを踏んだ時に負った傷なのだが……場所的に心臓病の手術をしたようにも見える位置なので、今では詐欺に使わせてもらっている。
病弱なお嬢様を演じる際に、最高の小道具となってくれるのだ。
なら……手術を乗り越えて元気になった女の子が、その記念に旅行に来ている――って設定にしよう。そういう『頑張って乗り越えた女』に弱い男も数多くいる。
そういう事情があると知れば、財布の紐も緩むというものだ。
嘘なんていくら吐いても構わない。
こいつらに二度と会わなければ、嘘は発覚しない。
嘘さえバレなければ、『精霊の審判』にかけられることもないのだ。
「はい……実は、このキズは……その昔心臓の……」
「……豊胸手術」
「…………は?」
「偽おっぱい乙」
偽……
「ち、違うわよ! 本物! これ、自前だから!」
「……ナイスジョーク」
それだけ呟くと、ウマ顔の大男は歩き出してしまった。
「なっ!? ちょ、ちょっと! 嘘だと思うなら『精霊の審判』かけてみなさいよ! 自前だから! 本当に!」
聞く耳も持たず、ウマ顔の大男は行ってしまった。
……なんなの? なんなのよ、ここの連中は!?
チラリと見ると、ひょろ長い男が困ったような表情を浮かべていた。
見たところ、さっきの二人よりも立場の低い、三流の男……まぁ、しょうがないからこいつでいいか。
「お兄さん……私の胸……変かな?」
お前の知り合いのせいで傷付いたのだと暗に訴え、良心をくすぐる作戦だ。
「へ、変じゃない……です、よ?」
胸をチラチラ見ながらしどろもどろになっている。
よし、堕ちた。この男は余裕。
「じゃあ……お兄さんは、私の胸…………好き?」
「いや。特に」
…………は?
「デリアさんの方が大きいですし、形も、張りも、あと香りもいいです! あぁ、デリアさん! 会いたいです、デリアさ~んっ!」
くるくると踊るように、ひょろ長い男は行ってしまった。
………………ま、まぁ?
好きな女がいるんじゃ、そりゃ仕方ないわよね。
べ、別に、私の胸がそのデリアとかいうのに負けたわけじゃないし?
そういう一途な男も、いるっちゃいるわけで……別に悔しくなんかないし! 全然!
「あんだよ!? なに見てんだよ!?」
遠巻きにこちらを見ていた町民どもに、思わず怒鳴り散らしてしまった。
……いけない。こんな醜態をさらしたんじゃ、ここにはいられない。何より、この地区は肌に合わない。相性が悪い。きっと縁起の悪い場所なのだ。
そうだ。そもそも、半魚人に抱きつかれたあたりから運がなかったんだ。
場所を変えよう。
と、乗り合い馬車の看板を見ると……
「……四十二区」
この馬車は四十二区方面へ向かうらしい。
四十二区……確か、しみ抜きのうまい婆さんがいる区だ。
なら、そこに向かってみるか……ついでに、カモにしてあげるわ、四十二区のみなさん……うふふ。
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