異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

無添加2話 加速する違和感 -2-

公開日時: 2021年3月28日(日) 20:01
文字数:2,065

「……大丈夫でしょうか、ロレッタさん」

「貧血自体は、そう深刻なもんじゃなかったからな。飯食って寝てりゃよくなるだろうが……」

 

 問題なのは精神面だな。

 あいつは、初めてここに来た時から働くことに貪欲だった。

 今回みたいに追い返されるなんてのは、あいつにとっては相当つらいことだろう。

 それに、あいつの抱えている悩み――そっちの方は、俺たちが手出しできない領域だ。

 

「あいつが赤の他人なら、俺流のやり方を押しつけて、強引にポジティブな方向へ連れ去ってやれるんだがな」

 

 お人好しで苦労と不幸を自ら背負い込むようなことばかりしていた貧乏食堂の店長だったり、お得先が一気になくなって行き詰まって人生を諦めようとしていたトウモロコシ農家だったり、貴族だ亜人だとくだらない軋轢のために長い間離ればなれになっていた夫婦であったり、意地っ張りな麹職人の姉妹であったり……そんな、出会って間もない連中であったなら、多少強引でも「俺の言うとおりにすりゃいいに決まってんだろうが」と改革を進めて現状をぶっ壊してやるのも有りかとは思うのだが……

 そのやり方は、よくも悪くも人の生き方を大きく変える。まさに型破りな改革なのだ。

 

 この場所を気に入り、またこの場所にも気に入られているロレッタに対して、そういう強引なやり方は……きっと出来ないしするべきではない。

 ロレッタの立ち位置が変わることを望んでいる者なんて、ここにはいないのだから。

 

 当然、ロレッタ自身が進んでそうしたいというのであれば止めはしないが……

 俺が動くことでロレッタの日常を壊すことになるのであれば、俺は静観を選択する。待つさ、ロレッタが話してくれるまで、いくらでも。

 

「少し、調べておきましょうか?」

 

 アッスントがナポリタンを大口で掻き込みながら言う。

 

「金貸したちの中に知り合いが数人おりますので、ロレッタ・ヒューイットという名に覚えがないかを探るくらいは可能かと思いますよ」

 

 大慌てでナポリタンを平らげ、赤く染まった口周りを拭きながらそんなことを言う。

 

「向こうも商売ですので、詳細までは分からないとは思いますが、ある程度のことでしたら融通してくれるでしょう」

「そうだな……念のために頼むよ。無駄足になるかもしれんが」

「無駄足になった方が喜ばしいことではないですか」

 

 時は金なりを体現するようにさっさと立ち上がり、アッスントは出口へ向かって歩いていく。

 

「私としては、四十二区――特に陽だまり亭には常に平穏無事でいただいた方が利益が見込めますので、これも商売のためです」

 

 なので貸しにするつもりはない……とでもいうような口調で言って、店を出ていく。

 ドアを閉める前に一度振り返り、こんな言葉を追加する。

 

「賊のこと、気を付けておいてくださいね」

 

 ぺこりと頭を下げて、アッスントは帰っていった。

 なんともまぁ……

 

「頼りになるヤツになっちまったなぁ、あいつ」

「……今回の働き如何によっては、見直してやらなくもない」

 

 ロレッタのために動くというアッスントを、マグダも少しは見直したようだ。

 タダ働きなんかするようなヤツではなかったはずなのだが……本気で、陽だまり亭の安寧が利益に繋がると考えているのだろうか。

 

「ロレッタさんのことは心配ですが……、きっとすぐ元気になって戻ってきます。わたしは、そう信じます」

 

 だから、みなさんも心配し過ぎないように。と、そう言いたいらしいジネット。

 確かに、今考えてもどうにもならんからな。

 

「ま、今考えるべきは、夕方のピークをどう乗り切るかだな」

「……マグダがもう一人いれば乗り切れる」

「マグダがもう一人いないからどうしようかって考えてるんだよ」

「……ノーマかデリアでも呼ぶ?」

「そうだなぁ……」

 

 あんまり頼り過ぎるのもよくないんだが……

 

「ハイハァ~イ! ここに心強い助っ人ちゃんがいるのネェ~」

 

 満面の笑みで手を振ってくるオシナ。

 ……うん。お前を関わらせたくないからどうしようか考えてたんだよ。

 なんかお前、手伝うとなし崩し的にここの従業員になりそうだから。

 

「とりあえず妹でも呼んで、その間にデリアに連絡を……」

 

 なんて計画を立てていると、妹たちが陽だまり亭へとなだれ込んできた。

 わらわらと、五人。最後尾にハム摩呂がいる。

 

「おにーちゃーん!」

「大至急の、招集令状やー!」

 

 召集令状ってことは……

 家に帰る途中のロレッタに出会って、人員不足だから手伝いに行ってこい――とでも言われたのかもしれないな。

 

「ロレッタに会ったのか?」

「おねーちゃん?」

「会ってないー!」

「見かけた者はいないー!」

「今朝からプチ生き別れ中ー!」

「プチ一家離散ー!」

「ヒューイット家の、家庭崩壊やー!」

「朝、仕事に出ただけだろうが……」

 

 そんなもんで一家離散と言えるか。

 しかし、こいつらはロレッタに会っていないという。

 

 というか、陽だまり亭のウェイトレスを任せるのは妹の中でも年長組と決まっている。

 この妹たちは年中組。ホールの手伝いを任せられる年齢ではない。

 

 つまり、こいつらはロレッタが寄越した補充要員ではないということだ。

 では、「大至急の召集令状」とは……?

 

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