「んじゃ、ゲラーシー。春のパン祭り、よろしくな」
「ちっ。分かっている! ……パンに合いそうな美味い酒を用意しておくがいい」
「いや、俺酒飲まないしな」
「私が飲むんだよ!」
「えっ!? 来るの!?」
「当たり前だ! 金を出すんだぞ!? 参加するに決まってるだろうが!」
「そんな、ご多忙な領主様のお時間をそのようなことに割かせるわけには参りません。どうか余計なことは考えずに黙って金だけ差し出しやがれください」
「こんな時だけまともな口調を使うな! ……後半まともですらなかったけどな!」
なんかぁ、ゲラーシー、来るらしい。
え~……呼んでないのになぁ。
「ヤシロ……外交問題って知ってる?」
「え? じゃあお前なら気を遣うのか?」
「まさか。可能な限りの妨害はさせてもらうよ、こっそりと」
「逞しくなったものだなぁ、ミズ・クレアモナ……」
ぎりぎりと歯ぎしりをしてこめかみをぴくぴく引くつかせるゲラーシー。
お前も早く学習しないと、リカルドみたいになっちゃうぞ。
「しかし、このパンは美味いな。サクッとした食感もさることながら、バターの濃厚な香りが……」
「あ~ごめん、ゲラーシー。めっちゃ時間押してんだわ。そういうのマジでいらないからさっさと帰ってくれる?」
「貴様っ! 私が折角新しいパンの感想を……!」
「いいから早く帰れよ! もうとっくに昼過ぎてんだよ! 選手が空腹過ぎて暴動起こしたらどうする!?」
暴れるデリアを止める自信は、俺にはないぞ。
「くっ……、相変わらず無礼な男だ。では、春のパン祭りの際にたっぷりと聞いてもらうからな! ふん!」
えぇ……なんで聞かなきゃいけないんだよ。めんどくせー。
部屋で一人でぶつぶつ語ってろよ。レジーナの親友(ほこりちゃん)貸してやるから。
「君は、すごく貴族向きな人間なのかもしれないね」
「やめろ。サブイボが立つ」
エステラの生温かい笑みに悪寒が走る。
俺が貴族どもと社交の場で談笑とかするのか? しょーもねぇ。金品巻き上げ放題ってイベントなら喜んで参加するけどな。
「数多くの領主に懐かれる秘訣を教えてほしいものだね」
「そんなもん、俺に懐いた領主第一号である自分の胸に聞いてみりゃあいいんじゃねぇの?」
「だっ!? 誰が懐いて……!? そ、そんな事実はないよ! ボクは、まだ君への警戒を解いたわけじゃないからね!」
「きっとこんな声が聞こえてくるだろう……『ぺったーん、ぺったーん』」
「ボクの話聞いてないでしょ!? あと、ボクの胸はそんな鳴き声を発してはいない!」
こいつは、自分を棚に上げて俺のことばかり弄ろうとしてくるからな。
お前だって面倒な領主に懐かれてんだろうが。トレーシーにリカルド。それにルシアもか?
「エステラ。友達は選んだ方がいいぞ」
「そうだね……とりあえず、目つきの悪い男には注意するよ」
「あぁ、リカルドな」
「自覚がないようだから、今度素晴らしい鏡をプレゼントするよ」
「ヤダッ、見惚れて仕事が疎かになっちゃう」
「ヤシロ、どうしよう……想像したら気分が悪くなってきた」
「口の減らないヤツだな!? 乳はもう減る余地もないくせに!」
「君もね!」
「誰の乳がないか!?」
「ボクだよ! …………ボクでもないよ! あるよ!」
勢いに乗せられて自爆してやんの。
ぷぷぷー!
と、ひとしきり笑ったところで。
……さて。
「ところでエステラ」
「なにさ?」
引っ掛けられて不貞腐れるエステラの前に、二本の人差し指を差し出す。それを、俺たちの前方へと向かわせて……
「お前はこれから選手待機列に戻るわけだが、右前方ナタリア、左前方レジーナ……どっちの前を通りたい?」
「……どっちも展開が見えていて、通りたくないなぁ」
――ナタリアの場合
「またイチャイチャして……節操がないのですか? 初めて恋人が出来た思春期ですか? 『そっちから先に帰って』『いや、そっちが先に。見送るから』『ん~ん~! 私が見送るのぉ~』『だ~め、僕が見送る』『私がぁ~』ですか?」
「長いよ!?」
「『君は、すごく貴族向きな人間なのかもしれないね』とか、遠回しなプロポーズですか? え、そうなんですか(にやにや)」
「んなっ!? ち、ちち、ちがっ、ちが、ちちが……!」
「……ない?」
「あるよっ!」
――レジーナの場合
「空耳かもしれへんねんけど……自分ら『オケツ』の話しとった?」
「してないよ!?」
「せやかて『仲のえぇ貴族のオケツがど~たら』って」
「『数多くの領主に懐かれる秘訣』だよ!」
「そんなもん、聞かんでも分かったぁるやん」
「え、レジーナに分かるの?」
「あったり前やん! ウチ、そーゆーののスペシャリストやで? えぇか……まず、彼のオケツを……」
「よぉし、今すぐ巣へ帰れ、腐れ薬剤師!」
「え、ヤシロ? え、なに? レジーナは今何を言おうとしたの?」
「お前は知らなくていいことだよ!」
……どっちもポイズンだぜ。
目に見える地雷原と、そこを突き進んだ先に待ち構えている未来を幻視してエステラがげんなりした表情を見せる。
それでも、避けられないのが人生というもので……
「……ねぇ、ヤシロ。ボク、帰りたくない」
「え!? エステラ様、今『私……今日は帰りたくないの……』とおっしゃいましたか?」
「いやいや、ウチの耳には『(とても人前では言えないセリフ)』って聞こえたで!」
「二人一遍に食いついてくるなぁ!」
「あと、『とても人前では言えないセリフ』を人前で言ってんじゃねぇよ、腐れ薬剤師!」
エステラの不用意な発言で、両方が反応してしまった。
こっちこそ教えてほしいもんだなぁ、あーゆー変態にここぞとばかりに懐かれる方法を。……俺は今後その真逆のことしかしないようにするからさ。
天辺を過ぎた太陽からまだまだ強い日差しが照りつける中、「特別枠、失敗だったかもなぁ……」なんて反省をして、俺は現実逃避に勤しむのであった。
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