異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

後日譚46 再結成 -2-

公開日時: 2021年3月10日(水) 20:01
文字数:4,177

「き、着替えてきたさよっ!」

「おぉっ!」

 

 多目的会議館から姿を現したノーマの姿に思わず息をのむ。

 

「デカいっ!」

「それ以外の感想はないんかぃ!?」

 

 いや、だって、真っ先に目が行って、そこに釘付けになっちまったからよぉ。

 

 今回の衣装は、春めいた陽気に誘われて花園で恋の花を咲かせるテントウムシがイメージなのだ。カラフルな衣装が春の柔らかくて温かい雰囲気を表現し、同時に、ひらひらふわふわした短めのスカートが嬉し恥ずかしい恋の楽しさを強調している。

 春と恋。そのどちらもが持つうきうきするような楽しさを見事に表現している。

 

 何より、胸元ガッツリ! 太ももババーン! で、もう最高なのだっ!

 

「生きててよかったぁー!」

「大袈裟さねっ!?」

 

 いやいや。

 これはもう、純粋に発せられた魂の叫びといっても過言ではない。

 

「さ、さっさと歌の練習するさよっ!」

 

 声だけは不機嫌さを装って、ノーマがメンバーに発破をかける。

 

「ノーマ……チョロいわよねぇ」

「うんうん。ちょっと心配になるよね……」

 

 ネフェリーとパウラに心配されるくらい分かりやすく、ノーマの周りにお花が咲き乱れる。……いや、比喩だけどな。

 ノーマの機嫌が、目に見えてよくなっていた。

 

 こんなもんで機嫌を直してくれるんなら、いくらでも褒めてやるぞ。

 称賛は無料だからな。

 

 どれ。他のメンバーのやる気も注入しておくか。

 女子は新しい衣装を褒めてもらうのが好きだからな。

 

「ネフェリー。お前はスタイルがいいからなんでも似合うな。ウクリネスが特別気合い入れて作るのも頷けるよ」

「へっ!? な、なによ、急に!? も、もう! これから練習なんだから、変なこと言わないでよねっ! ……でも、ありがとう。嬉しい!」

「パウラ。お前はカラフルな色がよく似合うな。お前の元気を見てるヤツらに分けてやれよ」

「うん! 任せてっ! ……だからね、ヤシロもちゃんと見ててよね! あたしの元気、分けてあげるから!」

「ミリィ」

「は、はぃ……ぁ、なに?」

「大丈夫、ちゃんと可愛いからな。自信を持って、楽しもうくらいの気持ちでやればいい」

「ぅ、ぅんっ! ……ぁりがとう。実は緊張してたんだけど……てんとうむしさんにそう言ってもらえたから、ちゃんと楽しめる気がする。ぁの……みりぃ、がんばるねっ」

「ロレッタ、は、普通」

「だと思ったですっ!」

「冗談だ。よく似合うぞ。ちょっと来い。リボンを直してやるから」

「ふわぁぁ!? お兄ちゃんが普通に優しいですっ!? あたしが普通だから、普通に優しいですかね!?」

「普通じゃなくて、すげぇ可愛いって」

「にょわぁぁあ! あたし頑張るですっ! 出なくていいところまで出まくるです!」

「いや……それはやめろ。ちゃんとやれな?」

「ちゃんとやるですっ!」

「マグダ」

「……ここにいる」

「うん。お前は無敵だな」

「……むふー。当然」

「…………可愛いぞ」

「………………わ、わざわざ言わなくても……知っている」

「そっか」

「……でも、もう一回くらいなら、言ってもいい」

「最強に可愛いぞ」

「……むふー! マグダがみんなを引っ張って、必ず成功させる」

「デリア」

「あ、あたいにもなんか言ってくれんのか?」

「今日も可愛いな」

「今日『も』ってなんだよぉ、もう! もう! やめろよなぁ! 百歩譲っても、今日『は』だろう!?」

「デリアはいつも可愛いぞ」

「……ほんと?」

「おう」

「にははっ! あたい、なんか頑張れる気がしてきた!」

「んで、最後に……ベルティーナ。ここには食い物はないから陽だまり亭に帰れ」

「酷いですよ、ヤシロさん。みなさんの応援に駆けつけただけですよ」

 

 さら~っと隣にいると、飯の催促にしか思えないんだよ、お前は。

 

「しかし、本当に人を喜ばせるのがお上手ですね、ヤシロさんは」

「あいつら、単純だからな」

「いいえ。ヤシロさんがみなさんのことをよく見て、本当に大切に思っているから、だから、どんな言葉を伝えれば喜んでもらえるのかが分かるのでしょう?」

「……ふふ。人を結婚詐欺師みたいに言うんじゃねぇよ」

「ヤシロさんになら、騙される人が多いかもしれませんね。けど、ダメですよ」

 

 しねぇよ。

 そんなことしたら、半日で命が無くなるからな。

 

「ちなみに、私を喜ばせることも可能ですか?」

 

 おねだりするように、ベルティーナが首を傾げて俺を見上げてくる。

 ……しょうがねぇな。

 

「夕飯にゼリーをつけてやる」

「嬉しいですっ! ……けれど、そういうことではなかったんですよ?」

「じゃあゼリーは無しで……」

「いいえ。とても嬉しかったので、そのままで」

 

 まったく。

 どいつもこいつも単純なんだっての。

 

 

 お前ら、ホンット……詐欺師に騙されんじゃねぇぞ。

 

「よぉし! それじゃあ新曲の練習をするさねっ!」

 

 ノーマが仕切り、新曲の練習が始まる。

 今回、バックバンドにはロレッタの妹たちが参加している。

 竪琴と横笛を覚えてもらったのだが……あいつらはマジで何をやらせても吸収が早い。

 もはや、プロの楽団のようなレベルに達している。

 そして、四拍子の軽快な音楽が流れ始めると、華やかな衣装を揺らしてアイドル・マイスターたちが一斉に踊り出す。

 スロー、スロー、トット。スロー、スロー、トット。

 ジルバのリズムだ

 

「ヤシロさん、この歌は?」

「結婚する二人を森の虫たちが祝い踊る様を歌った、『テントウムシのジルバ』だ!」

 

 サンバではないっ!

 歌詞もメロディーもまるで似ていない!

 まったく新しい、結婚式の定番ソングだ!!

 

「愉快な音楽ですね。聞いているとうきうきします」

 

 隣でベルティーナが体を揺すって無邪気に笑う。

 あぁ、そうか。

 

「緊張してるのか?」

「ふふ。敵いませんね、ヤシロさんには」

 

 こいつも、初めての結婚式で重要な役割を任されて少し緊張しているのだ。

 普段の結婚ではなく、結婚式だからな。

 厳かに、厳粛に。失敗すれば、新郎新婦の門出に泥を塗るかもしれない。

 そんなプレッシャーでも感じているのだろう。

 

「大丈夫だよ。お前は普段通り、我が子を見守るような目で二人の門出を祝ってやれば、それでいいんだ」

「はい……分かっています。ですが、そうやって言葉にしていただけると、とても落ち着きますね」

 

 そう言って、静かに俺の肩へ頭を載せる。

 

「ほんの少しだけ、甘えても?」

「……事後報告じゃねぇか」

「うふふ。そうですね。では、もう少しだけ」

 

 俺にもたれかかるように、ベルティーナは身を寄せて陽気に歌い踊るアイドル・マイスターを見つめていた。

 微かに、震えているのが伝わってくる。

 

 みんな、緊張してるんだな。

 歌い踊るあいつらも、緊張するから必死に練習しているのだ。

 ジネットも、きっと緊張しているのだろう。必死に料理に打ち込んでいる。

 

 馬車を作るためにウーマロやイメルダも走り回っている。

 ウクリネスも、ここ最近まともに寝ていないとか。

 

 エステラはエステラで、連日他区の領主たちと会談して各区の大通りの出店に関して話を詰めている。というか、ノウハウを根こそぎ聞き出されているというべきだろう。

「連日しつこいくらいに教えを請われてホント参ったよ」などと漏らしていた。

 

 そして。

 

 セロンとウェンディはその緊張のど真ん中でカッチコチになっている。

 周りが騒げば騒ぐほど、頑張れば頑張るほど、あの二人に大きなプレッシャーがのしかかる。

 もしかしたら、気軽にモデルケースを引き受けたことを後悔しているかもしれないな。

 ま、その分いい式にしてやるから我慢しろ。

 

「ヤシロさんは、緊張などしないのですか?」

 

 額を肩に載せたまま、ベルティーナが聞いてくる。

 控えめな声は、別に答えなくても構わないと言っているようにも思えた。

 だが、一言で済む返事だ。これくらいはしてやるさ。

 

「するに決まってんだろ」

 

 緊張してるっての。

 俺はいつだって、不安を抱え込んでんだよ。臆病なんだよ、俺は。

 

「やらなきゃよかった」なんて思われるんじゃないかって、いつだって不安なんだよ。

 

 だが、やってみなきゃ分かんないことは多いし、俺の場合、やってみりゃなんとかなることの方が多かった。

 何より、何も手を打たずにチャンスを逃すってのが、俺は大の苦手でな。

 目の前にエサがぶら下がってりゃ、それが罠だと分かっていても食いつかずにはいられないんだよ。

 

「もし、つらくなったら……教会は、いつでもあなたを受け入れる準備がありますからね」

 

 教会は……と言いながら、ベルティーナは自分がそうするつもりなのだろう。

 要するに「何かあったら頼ってくださいね」ということだ。

 気持ちだけもらっておくよ。

 俺には必要ないからな。

 

 だって、俺には――

 

「おにーちゃん! シスターとイチャついてないで、ちゃんと練習見てですっ!」

「……ヤシロ、ギルティ」

「見てるっつのっ!」

 

 そうやって賑やかに、何度も繰り返し繰り返し練習をして、少しずつ前に進んでいく。

 空は暗くなり、今日の終わりが近付いてくる。

 

 もう一度、もう一度だけ、と、夜の帳が下りてもなお練習をやめようとしないアイドル・マイスターの面々。

 あ~ぁ。こりゃ、夕飯ご馳走コースだな。ハラペコで家まで帰れないヤツが出てきそうだ。

 

「お~い! 気が済むまで練習したら、帰りに陽だまり亭に寄れよ! 飯作っといてやるから!」

「やったぁ! 鮭だぁ!」

「ぅん! ぁりがとう、ね」

「よぉし、もうひと頑張りするさねっ!」

「「「おぉー!」」」

 

 まだまだ頑張るつもりのアイドル・マイスターを残して、俺はその場を離れる。

 ベルティーナは日が落ちる前に帰っていった。

 

 光るレンガが照らし出す夜道を一人で歩く。

 広くなった道は平らで、足に優しい。

 

 教会を越えて、モーマットの畑を越えて、さらに歩くと……とてもいい香りが漂ってくる。

 陽だまり亭の香りだ。

 

 気持ち速まる足で庭に入り、ドアを開ける。

 

「おかえりなさい、ヤシロさん」

 

 そんな言葉で、ジネットが出迎えてくれる。

 

 ――そうだ、

 緊張したって、くたくたにくたびれたって大丈夫なんだ。

 なにせ俺には、ジネ…………陽だまり亭が、付いているからな。

 

「あれ? ヤシロさん、どうかしましたか?」

「なんでもないっ」

「でも、なんだかお顔が、赤……」

「腹が減ったからかな!? あ、そうそう! この後アイドル・マイスターのメンバーが来るから」

「はい! では、たくさんご飯を用意しますね!」

 

 うんうん。

 いいところだな、陽だまり亭は!

 陽だまり亭最高!

 陽だまり亭落ち着くわぁー!

 

 

 ……別に、そこの特定の誰かとか、そういうことじゃないから……な?

 

 

 

 

 

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