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「イメルダ! 起きるんだ!」
早朝。
エステラさんがワタクシの寝所へと押し入り大声で騒ぎ立てるものですから、最低の目覚めになってしまいましたわ。
「大きな声を出さないでくださいまし……ワタクシ、あなたと違って胸が大きいですので朝は弱いのですわ」
「胸関係ないよね、それ!?」
強引にワタクシの布団を剥ぎ取り、ベッドに乗ってくるエステラさん。……無礼が過ぎますわ。そもそも、ウチの使用人たちはなぜこんな人を通したんですの? 再教育が必要ですわ。
「イメルダ、緊急事態なんだ! ヤシロが君を揉みに来る!」
「はぁっ!?」
思わず飛び起きましたわ。
寝耳に水とはこのことでしょうか?
ヤシロさんが、ワタクシを……揉みに?
「どうして、あなたがそのようなことを?」
「偶然耳にしたんだよ、ヤシロの部屋の前で聞き耳を立てていたら!」
「……それは、偶然ではありませんわよね?」
「と、とにかく! ヤシロが来ても、揉ませないようにね!」
「も、揉ませるわけありませんわ!」
だ、だいたい、そういうことは正式な交際の申し込みがあって、お父様のお許しを得て、結婚を前提にお付き合いをし、ギルドのみなさんに婚約を発表して……何度もデートを重ね、ロマンチックな……例えば夕日に照らされる海が見える高台なんかでプロポーズをされて……大勢の人に祝福をされ、結婚式を挙げて……新婚旅行に行って…………
「それからですわ!」
「……貞操観念がしっかりしていることは、いいことだと思うよ、うん」
一定の理解を示しつつも、エステラさんは少し顔を引き攣らせていましたわ。
なんですの? 何か言いたげなその表情は。
「イメルダお嬢様。お客様がお見えでございます」
「「――っ!?」」
ワタクシとエステラさんは同時に息をのみ、そして顔を見合わせました。
ヤシロさんがお見えになったようですわ……ワタクシを揉みにっ!
「い、いいかい! 何があっても、絶対に譲歩しちゃダメだからね!」
「わ、分かっていますわ! 淑女ですのよ、ワタクシは!」
そもそも、ヤシロさんがいきなりやって来て『揉ませろ』なんて言うはずありませんわ。
きっと、エステラさんが何かを勘違いしているだけですわ。そうですわ。きっとそうですわ。
「お話を伺いますわ。お通ししてくださいまし」
使用人に指示を出し、ワタクシは人前に出られるよう上着を羽織り……ヤシロさんには何度も寝間着を見られていますし……こう……親近感を匂わせる意味合いでも…………この程度の格好がちょうどいいですわね。
朝早く訪ねてくる方が悪いのですわ。こんな格好、他の方には見せませんのよ?
まったくヤシロさんは……ご自分がいかに恵まれた環境にいるのか、理解されているのでしょうか。
身だしなみを整え、いざ応接室へ。
来客を待たせるのも女の慎み。がっつくような浅ましいことは出来ませんわ。
あくまでゆったりと、マイペースに、……気持ち小走りに。
「お待たせしましたかしら?」
応接室に入ると、ヤシロさんがソファから立ち上がり、ワタクシの前まで歩いてきました。
なんだか、少し焦ったような、こらえ切れなかったとでもいうような、そんながっつくような勢いで距離を詰められました。
そ、そんなにワタクシに会いたかったというのでしょうか?
「イメルダ」
「は、……はい」
真剣な瞳に見つめられ……少しだけ、胸が高まります……
ヤシロさん……あなた、まさか…………
「頼みたいことがある」
「な、なんですの?」
「モミ……」
「不埒ですわっ!」
ワタクシは思わずヤシロさんにビンタを一発。
いきなり揉み揉みの話だなんて、さすがにそれは許容できませんわ!
……今、この屋敷には、使用人やエステラさんもいるというのに…………
「……な、なに、しやがる……」
頬を押さえ、ヤシロさんは恨めしそうにこちらを見てきます。
当然ですわ。
こんな早朝に、会ってすぐ、揉み揉みだなんて……
「ワタクシにも、許容できることと、そうでないことがありますわ!」
「んだよ……もう。まぁ、木こりギルドはまだ動いてないからな……無茶言って悪かったな」
木こりギルドが何か関係でも…………はっ!?
木こりギルドの支部が本格始動したら、ワタクシの婿におさまり陣頭指揮を執ろうとか、跡取りとして本腰を入れようとか、そういうことですの!?
ヤシロさん、そこまで先のことを見越して……
「んじゃ、ミリィに頼むか」
「そんなあっさりと引き下がってどうするんですの!?」
「いや、無理なんだろ?」
「『今は』無理なだけですわ!」
「『今』必要なんだよ!」
「どれだけおっぱいが好きなんですの!?」
「なんの話だ!?」
信じられませんわ……結婚後の将来まで見据えた人間が、目先の揉み揉みに流されるだなんて……
「んじゃ、朝っぱらから邪魔したな」
「帰るんですの!?」
「時間が無いんだよ」
「禁断症状ですの!?」
「……いや、意味分かんねぇよ」
揉み揉みしたくてしょうがないんですの!?
「じゃあな」
あっさりとした挨拶を残し、ヤシロさんは帰ってしまいました。
…………ミリィ。あの生花ギルドの小娘のところに行くんですのね…………
「使用人! すぐに着替えの準備を! ワタクシ、出かけますわ!」
今日は……朝から忙しくなりそうですわ。
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