異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

64話 レンガ職人の親子 -3-

公開日時: 2020年12月2日(水) 20:01
文字数:2,780

「ようこそ。適当な椅子を使ってください。なんのお構いも出来ませんけど」


 作業場に入るなり、息子が爽やかな笑顔を俺に向けてくる。


 作業場は竈場よりもずっと広く、ダンスホールくらいはあるだろうか。

 大きな作業机が部屋の中央に置かれ、成形したレンガを乾燥させておく棚が壁一面に設置されている。そして、赤土や粘土が山のように積まれていた。

 土の匂いがする。どこか落ち着く空間だ。


 そんな作業場で、イケメンは粘土をこねながら俺に椅子を勧める。

「作業をしながらですみません」なんてことを言いながらな。

 うん。この段階で、この息子がボジェクよりも教養があることが分かった。


「自己紹介をしておきますね。僕はセロン・オイラー。レンガ職人です。と言っても、父に免許皆伝をもらったのは去年の暮ですから、まだまだ駆け出しですけど」

「お前の作るレンガは評判が良いそうじゃないか」

「研究だけはずっとしていましたからね。それこそ、幼い時からずっと粘土に触れて、遊びながら試行錯誤していたくらいですよ。僕の生活の一部なんですよ、最早」

「研究することはいいことだ。伝統を守りつつ、新しいものを開拓していく。それが重要だな」


 適当な椅子に腰を掛け、若人に説教などを垂れてみる。

 ……まぁ、見た目的には俺の方が若く見えるんだろうけどな。セロンは二十代っぽいのに対し、俺はまだ、十六だ~から~。


 少し鼻に突くことを言ってしまったかと思ったのだが……セロンは俺の顔をジッと見つめ、そして瞳をキラキラと輝かせ始めた。


「そう! そうなんですよ! それがイノベーション! 大切なのは、イノベーションなんですよ!」

「イ……イノベーション……?」


 なんだか、背中にじったりと嫌な汗をかいてしまうワードだ。

 …………こいつ、あの時大通りにいたのか?


「僕の幼馴染に聞いた話なんですが、先日大通りに英雄が現れたんです。ご存知でしたか?」

「いやぁ……『英雄』なんてのは、知らねぇなぁ……」


 口のうまい詐欺師が大立ち回りした話なら知ってるがな。


「僕は英雄の言葉を聞いて、全身を雷に打たれたような衝撃が走ったんです!」


 にしてはピンピンしてるよなぁ。雷に打たれた人間はただでは済まないんだぜ? ってことは、そんな大袈裟な衝撃じゃなかったってことだ。精々、変な体勢で寝ていて『落ちるっ!』って錯覚して体が『ビクンッ!』ってなった程度の衝撃だったのだろう。よくあることだ、そんなものは。


「まぁ、又聞きなので説得力に欠けるかもしれませんが……」


 セロンは恥ずかしそうに頬を染め、前髪を摘まんで玩ぶ。

 なんだよ、俺に「あれ、こいつ可愛い?」とか思わせたいのか?

 そうそう簡単に思ってやらねぇからな?


「けれど、ずっと抱えていた、心の奥のモヤモヤした感情が晴れた気がしたんです。伝統あるレンガ作りももちろん大切ですが、それよりも、僕は今までにない、新しい……世間があっと驚くような、そんなレンガを作りたいんです!」


 世間ってのは、レンガにそんな驚きは求めてないと思うがなぁ……


「だから、僕は貴族の婿にはなれません。ずっと屋敷にこもって、花壇のためのレンガを焼き続ける一生なんて……僕には耐えられないんです」

「その貴族のお嬢さんが好みのタイプじゃないから、適当な理由で逃げてんじゃないのか?」

「違います! タイプとか、タイプじゃないとか……そんなものは、僕には最初から関係ないんです!」

「好きな女がいるからな」

「――っ!?」


 図星か。

 ま、そうだろうな。


「……父から、何か聞いたのですか?」

「いや、大したことじゃないさ。それよりも、お前がさっき自分で言った『幼馴染』……そいつが、お前の初恋の相手であり、現在の思い人だ。…………違うか?」


 俺の指摘に、セロンは目を丸く見開いて口をぽかんと開ける。

 こういう驚いた間抜けな表情も、イケメンだとちょっと可愛く見え…………て、堪るか!

 ……危ない、危ない。俺は今、何を考えていた?

 しっかりしろ、俺…………くそ、イケメンパワー、凄まじいぜ……っ!


「すごいですね。おっしゃる通りです。まじない師の方ですか?」

「いや。ただの食堂従業員だ」

「食堂……?」


 己の秘密を言い当てられて、心底驚いているようだ。

 つか、分かりやすく顔に書いてあったつうの。

「幼馴染に聞いた話なんですが」とか言いながら英雄の言葉を語っていたが、こいつが感銘を受けたのはその言葉を発したのが『英雄』なる人物だからではない。自分が認めている『幼馴染が、英雄と認めた』人物だからだ。

 結局、セロンは自分が認めた幼馴染が認めた人物を認めただけなのだ。


 じゃあなぜそんな素直に見ず知らずの者を認められるのか……単純なことだ。惚れた女が心酔している相手だからだ。

 もし、滅茶苦茶好きな彼女の好物が『ドネルケバブ』だったとする。そうした時、これまで一度も口にしたことがない『ドネルケバブ』に対し、好印象を持つ者がほとんどだ。そして、好印象を持ったまま初めて口にした『ドネルケバブ』は、悪印象を持って口にした時より確実に美味しく感じる。人間は先入観の生き物だからな。


 まぁ、そんなわけで。嬉々として語っていた英雄の言葉をこいつに教えた幼馴染が、こいつの好きな女であろうと推測したまでだ。


「彼女は、僕なんかよりもずっとすごくて……幼い頃からずっとずっとイノベーションを追求していて……僕が伝統とイノベーションの狭間で揺れ動いていた時も、彼女は迷うことはなくて…………憧れているんです。女性としてはもちろん、人間として」

「だったら親父にそう言えばいい。『好きな女がいるから結婚はしない』と」

「そんなことを言ったら、あの人のことだから……彼女に危害が及ぶかもしれない」


 信用されてねぇなぁ、あのオッサン。


「……ここだけの話なんですが…………ウチの父は、ちょっとストーカー気質なところがありまして……」

「うん、知ってるよ」


 俺の認識と齟齬があるとすれば、アレは「少し」なんてもんじゃないってことかな。


「あなたは……ヤシロさんは、なんでもお見通しなんですね…………すごい人だ」


 いや、お前ら親子が分かりやす過ぎるだけだからな?


「で、その彼女はどんなイノベーションを追求してるんだって?」

「花です。いまだこの世界に存在しない花を生み出すための研究を、もう十数年間続けている人なんです」


 そう語るセロンの瞳は、空にかかった虹を見上げる無垢な少女のようで……あぁ、これは何を言っても無駄なんだろうなと俺に思わせるのに十分な説得力を持っていた。

 こいつは、その幼馴染以外の女のことなんか見ちゃいない。

 何がイノベーションだ。

 何が納得できるレンガ作りだ。

 結局、惚れた女のために人生のすべてを使いたいってだけの、尽くし男じゃねぇか。


 んで、俺はそういうバカな男のことが、…………割と嫌いじゃない。

 そこそこに応援くらいはしてやりたくなるほどに、な。


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