「準備が整いました」と、ナタリアが陽だまり亭へやって来たのは、ガゼル姉弟が帰っていって間もなくのことだった。
「随分と早いね。もう少し時間がかかるかと思ってたよ」
「はい。私ももう少し手間取るかと思ったのですが、狩猟ギルドと木こりギルドの協力を取り付けることに成功いたしまして、想像以上に事がスムーズに進みました」
「ん? 狩猟ギルドに木こりギルド?」
ナタリアの報告を聞いて、エステラは眉根を寄せる。
一方のナタリアはというと、心なしか肌がつやつやしている。
「港予定地までの護衛と、そこに到る通り道の整備を彼らが引き受けてくれたおかげで、ズワイガニがわんさか獲れたそうです!」
「なんの準備の話!?」
「本日の晩酌ですが?」
「オバケコンペ会場の報告聞かせてくれる!?」
「ウーマロさんがなんとかしてくれます」
「丸投げ!?」
昨日、カニを頬張っているウーマロに「別にお前じゃなくてもいいけど、何人か大工を会場設営に貸してくれ」と言ったら「オイラをおいて適任者なんていないッスよ!」と、腕まくりして名乗りを上げていたので相当気合いの入った会場が出来ていることだろう。
……が、お前は仕事をさぼるなよ、給仕長。総指揮、総監督の立場だろうに。
ちなみに、港予定地へは海漁ギルドを引き連れてマーシャとデリアが向かったらしい。
漁が終われば一緒にイベントに参加するんだそうだ。
「ご報告ー!」
ハムっ子が三人連なって陽だまり亭へと飛び込んでくる。
「会場の設営及び、調理スペースは完成ー!」
「行商ギルドが東奔西走ー!」
「ウクリネスさん、張り切り過ぎて一晩で2キロやせるー!」
「大丈夫かウクリネス!?」
なんか、物凄く不安になる情報がもたらされたんだけど!?
まぁ、ウクリネスくらいのぽっちゃりさんなら、夕飯を忘れて没頭していればそれくらいは減る……か? とにかく、イベントが終わったら打ち上げに呼んでカニを食わせよう。
「ついでにー」
「木こりギルドからの-!」
「SOSー!」
ハムっ子三人衆が両手を上げてそんなことを口にする。
SOS?
けど、『ついでに』?
緊急性があるのかないのか……
とか思っていると、げっそりとやつれたイメルダがふらふらとした足取りで陽だまり亭に入ってきた。
そして、エステラの前に座るや否や、ジネットをキッと睨んで声高に告げる。
「エステラさんの奢りで美味しい物をご馳走してくださいまし!」
「ちょっと待ってよ、イメルダ!? なんでボクが?」
「エステラさん……世にも恐ろしいモンスターのお話を聞かせて差し上げましょうか? 『恐怖、甘え上戸と泣き上戸』のお話を……」
「あぁ、うん、ごめん。好きな物を食べてくれていいよ」
イメルダは昨晩、最もメンドクサイ二人を一手に引き受けてくれたのだ。
酔っ払ったノーマとルシアという、特大の地雷を、二つも同時に!
飯くらい奢ってやれ。
「何がハロウィンですか……お菓子くらいで帰ってくれるならいくらでも差し上げましたのに……」
「相当面倒な目に遭ったようだな、イメルダ」
「今日、どんな怖いお話を聞いても鼻で笑えそうな気がいたしますわ」
オバケが怖くて苦手なイメルダが……
やっぱ、お酒って怖いんだな。
「コンペで、昨晩のお二人の痴態を赤裸々に語り聞かせて……一生お嫁に行けなくして差し上げたい気分ですわ……」
「イメルダ。今回はVIP待遇するから、そう荒むな。な? な、エステラ?」
「う、うん! イメルダあってのハロウィンだと思うよ、ボクも」
やっぱり、どっちか片一方にするべきだった。
俺でも、二人まとめては面倒くさいもんな。
「あ~……いや、でも……マーシャはマーシャで面倒くさかったよ?」
「では、今晩は交換を――」
「ごめん、イメルダ! 本気で勘弁して!」
今晩はナタリアも晩酌が確定している。
エステラ一人の手に負えるはずがない。
「一定の権力を持つ者の入区規制が必要かもしれないね。月に何回までって」
「もしくは、一日に何人までって四十二区に制限を設けるとかな」
ルシアが来たからリカルドはダメーとか。
領主やギルド長をまとめて相手にするのはしんどいのだ。
「お父様が……真人間に見えましたわ」
「相当酷かったんだな、昨日……」
あのハビエルが真人間に……
ハビエルは酒では人が変わらないようだし、【大好物】が関わらないと真っ当な責任者だもんな。
【大好物】さえ関わらなければ。
「で、その問題女子二名は今どこで何をしているんだ?」
「我が家の客間で爆睡中ですわ。イベントが始まる時間までには起こして準備させるよう家の者に言ってありますので、そのうち顔を見せるでしょう」
イメルダは、とにかくあの家から逃げ出したかったようだ。
さぁさ、ジネット。イメルダに美味しい物と甘い物をお出しして。
いや~、「イメルダなら平気だろう~」みたいな軽ぅ~いノリで押しつけたからかなぁ、良心がずっきんずっきん痛んでるわぁ~。へぇ~、これが罪悪感ってヤツかぁ~。
……ごめんな、イメルダ。
「お前の代わりに、責任を持って、ハビエルの息の根は止めておくから」
「イベントが始まればそうなりそうですけれど……トドメはワタクシが刺しますわ」
「あの……トドメを刺すのは確定事項なんですか?」
大学芋を持ってきたモリーが頬を引き攣らせる。
モリー。同じ区の有名人のことくらい理解しとけよ。
あのオジサンは、もう末期なんだよ。
「お兄ちゃん、カレードーナツ、数が揃ったです」
「……こちらの準備も完了」
ロレッタが厨房から、マグダが庭から同時に顔を出す。
今日は全員でグラウンドに行くので、陽だまり亭は出張営業だ。
エステラがここにいるので出店の許可はすぐ下りた。「じゃあ今日は休む」って言えば、許可はすぐ下りる。エステラは基本的に陽だまり亭の飯を食っていたいヤツなのだ。
マグダは屋台にお好み焼きのセッティングをしていた。
今回のメニューはカレードーナツにお好み焼き、そして大量のおにぎりだ。
お菓子のデモンストレーションをするので塩っ辛い物が食いたくなるかなと、そんな感じにしてある。
七号店でちゃんちゃん焼きも行う予定だ。デリアとマーシャがいるので魚介類を焼こうと思う。
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