さて。
テレサの活躍により一気にほんわかムードとなった『お客様の中にレース』だが……
そんなレース中に一つの事件が起こってしまった。
「えへへ……転んでしまいました」
純白のローブの前面を盛大に汚したベルティーナが恥ずかしそうに頬を押さえている。
いつものように澄まして「うふふ」とも笑えないようだ。
「シスター、大丈夫ですか?」
「はい。速度も出ていませんでしたし」
ジネットが心配そうにベルティーナに尋ねている。
見たところ大きな怪我はないようだが……
ベルティーナは『一緒にご飯を食べたことがある人』というお題を引き当て、教会の中でも特に小さいガキどもを選んでレースに参加させた。
おそらく、運動会に参加するにはまだ危なっかしいけれど自立して走ることが出来るレベルのガキを参加させてやりたかったのだろう。俺がテレサを連れ出したのを見て感化されたってわけじゃなく、元からそうするつもりであったと考えた方がベルティーナっぽくてしっくりくる。
だが、その対象となるガキが二人いたのがまずかった。
二歳になったばかりのガキと三歳のガキを二人ともレースに参加させたベルティーナは、当然のように左右の手をそれぞれのガキと繋ぎ横一列で走っていた。
しかし、二~三歳とはいえ四十二区のガキ、それも獣人族のガキだ。
ベルティーナの予想を超える速度で走り出し、身長差のせいで前屈みを余儀なくされていたベルティーナは引っ張られる格好になり、そして手も付けずに転倒した。前から、ずざーっと。
膝付近がきっと痛いのだろうが、痛がる素振りを見せるとガキどもが罪悪感から大泣きしてしまう……今でもずっとぐずっているのに……ので、ベルティーナは平気な顔をしている。
「ご、ごべ……ごめん……なさい…………わだ、わだじのぜいで……っ!」
「ちが、ぼぐが……ぼぐがむりやり、ひっぱっだがら…………っ!」
「違いますよ。私が少しどんくさかっただけです。二人は何も悪くないんですよ」
しゃがんでちんまいガキどもの頭を撫でるベルティーナ。
黒く汚れたローブが、なんとも痛々しい。
「しぅたー……ぉけが、いたぃ……の?」
さっきまで大はしゃぎしていたテレサまでもが、ベルティーナの転倒に泣きそうになっている。つか、もう泣いている。
「ぉよーふく、くろ…………しぅたー、いつも、しろい、ちれーなおよーふく、なの、に……おけが…………いたぃ……しぅたー……っ!」
「大丈夫ですよ、テレサさん。痛くないですからね。服は洗えば綺麗になりますから。ね? 泣かないでください。ね?」
『いつもと違う』。
それは、ガキの不安を煽るのには十分に過ぎる要因で……
「しぅたー…………いたぃの、やぁぁぁああ…………!」
テレサが泣き出してしまった。
自分よりも大きいお姉さん(テレサ)が泣き出したことで、二歳と三歳のガキも揃って大泣きを始める。
そして、応援席や観覧席にいた教会のガキどもがベルティーナ目掛けて全力疾走してくる。
転んだだけでこの大騒ぎ。
ベルティーナ、愛されてるな。
…………か、物凄くどんくさい人だと思われているのか。
「み、みなさん。大丈夫。大丈夫ですからね? ね? 私、痛くないですよ。ちょっと転んだだけで…………ヤ、ヤシロさんっ!」
泣き止まないガキどもに困り果てて、ベルティーナが俺の名を呼ぶ。
……そこでなんで俺なんだよ。ジネットにでも頼れよ。…………って、ジネットはすでに泣くガキを個別にあやして各個撃破を目論んでいたが泣き声が泣き声を誘発して降参状態になっていたのか。
おーおー、母娘揃ってこっちを見てるぞ、おい。
ガキはお前らの方が専門だろうに…………ったく。
「ベルティーナ。お前、膝が痛いんじゃないのか?」
「へっ!?」
隠していたつもりなのか、事実を指摘されてベルティーナは明らかに焦った表情を見せる。
それを目敏く察知したガキどもがまた声を出して泣き出す。
「ヤ、ヤシロさん……!」
なぜバラすのかと非難めいた目を向けてくるベルティーナ。
しかし、隠すからいつまでたってもガキの不安が消えないのだ。
ガキは単純でバカ……もとい、純粋で無垢故に理屈を理解せず相手の気遣いを察することも出来ないのだ。
そんなガキに隠し事なんてのは悪手だ。特に、今回のような怪我や痛みを隠そうとしても「絶対無理してる」って決めつけられて納得してくれることはない。
単純でバカなヤツには、『隠す』より『騙す』方が効果的だ。
「ベルティーナ、膝を出してみろ」
「へぅっ!?」
俺の申し出に、ベルティーナはローブの裾を押さえて頬を赤く染める。
「む、無理です!」
「膝まででいい。どうせガキどもと一緒に湯浴みとかしてんだろ?」
「こ、子供たちとはしますが……ヤシロさんの前で肌をさらすなど……」
してんのかよチクショウ!
なぜ俺は六歳まで若返らなかったんだ!?
天才詐欺師少年としてこの街に来ていたならば、ベルティーナやジネット、面倒見のいいノーマやデリアと一緒にお風呂って展開もあり得たかもしれないのにっ!!
あと、ニュータウンの河原で――
「ロレッタとすっぽんぽんで水浴びとかー!」
「急になに言い出すですか、お兄ちゃん!?」
あったかもしれないのに!
なくはなかったのに!
「子供っていいなぁ」
「字面だけはほんわかしてるですけど、その内に秘められた隠し切れないエロスが滲み出して最低の発言になってるですよ!?」
いちいちロレッタが突っかかってくる。
こっちではガキどもが泣きわめいて阿鼻叫喚を絵に描いたような惨状が繰り広げられているってのに……空気読めよなぁ、ロレッタ。
さて。そろそろうるささが限界だな。
さっさと収拾するか。
「大丈夫だ、ベルティーナ。下心で言っているわけじゃない」
「信じかねます!」
「なぜだ!?」
「その直前の発言ですよ、お兄ちゃん!? 一回自分の会話記録見てみるといいです!」
騒ぐロレッタとは別に、ジネットが俺の隣まで来て服の裾を二度引っ張る。
俺がはしゃぎ過ぎた時、たまに見せる真剣な目をしている。言葉にするなら「ふざけ過ぎですよ」という警告だろうか。
へいへい。ちゃんとやりますよ。
こそっと、ジネットに耳打ちをして、今から俺がやろうとしていることを伝える。
するとジネットは「あぁ!」と納得した表情で頷いて、ベルティーナに向かって一度首肯をした。
俺のやろうとしていることに害はないと伝えたのだろう。……誰が害だ、こら。
「ほれほれ、ガキども。そこをあけろ」
ベルティーナに群がるガキどもを散らしてベルティーナの前にしゃがみ込む。
ガキどもをあやしていたベルティーナは当然しゃがんでおり、目線の高さが揃う。その目線の少し上、おでこをツンっと押してやると面白いようにベルティーナが尻もちをついた。
「ひゃん……っ!」
「はい、膝を出して」
「はぅっ、いや、あの、だ、ダメです!」
「ガキどもを安心させたいんだろ?」
「で、ですが…………」
言い澱み、ジネットへとSOSの視線を向けるが、ジネットは俺のやろうとしていることを知っているのでこちらの味方だ。
直接顔を見てはいないが、ベルティーナが驚いたような表情を見せたってことは、俺に有利な判断を下してくれたのだろう。
娘の許可が下りたので少々強引に行く。
「は~い、患者さん。これは医療行為ですので恥ずかしくないですよ~」
「あ、あのっ、ヤシロさん!?」
照れて強張るベルティーナに構わず、ゆっくりと腕を近付けていく。
泣きわめいていたガキどもも、状況を見守るためか、今は泣き止んでジッとベルティーナを見つめている。
その注目がベルティーナの羞恥心と、ガキどもを安心させなければという使命感に拍車をかける。
「あぁあ、あのっ、分かりましたから、じ、自分で! ……自分でやります……」
そうして、俺の腕に触れて侵攻を止め、ちょっと怒ったような顔で睨んでから、ゆっくりとローブの裾を捲った。
純白の生足がお目見えする。
ブーツを穿いているため足首から下は見えないが――スネはすらっと、ふくらはぎはふっくらと、そして膝は膨らみとくぼみのコラボレーションでその存在感をしっかりとアピールしていた。
シルクのような艶めかしい『あんよ』が外気へとさらされる。
思わずガッツポーズ!
……した瞬間、つむじをぺこっと突かれた。
振り返るとジネットが「めっ!」と頬を膨らませて俺を睨んでいた。
分かったよ……っとに。
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