異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

114話 出しにくい手を出すために -3-

公開日時: 2021年1月20日(水) 20:01
文字数:1,856

「おかえりさない、ヤシロさん。エステラさん」

「「あぁ……癒されるぅ…………」」

 

 陽だまり亭で出迎えてくれたジネットの笑顔に、俺とエステラは存分に癒された。

 ジネットのヤツ、親族の中に滝か森でもいるんじゃねぇか? マイナスイオンが出まくってるぞ。

 

「……疲れているなら、プリンがおすすめ」

 

 ジネットが覚えて、早速メニューに載せたようだ。

 ならば、お手並み拝見と行こうか。

 

「まだ少し自信がないので、今はお試し期間です」

 

 照れくさそうにジネットが言い、次いでロレッタが俺たちに話しかける。

 

「プリンは、店長さんバージョンと、エステラさんバージョンの二種類用意しているです。どっちがいいですか?」

「俺は疲れてるんでジネットで」

「はいです」

「ねぇ。プリンにボクの名前が付いてるの?」

「今だけ、ちょっと貸しておいてほしいです」

「それはいいけど……じゃあ、折角だから、ボクはそっちにしようかな」

「……エステラさん、今お腹いっぱいです?」

「分かったぞ、意味が! そういうことかぁ!」

 

 何かを察したエステラがロレッタに掴みかかろうとする。が、ロレッタはうまくそれをかわし厨房へと逃げ込む。

 

「あの……おふたりとも、普通のサイズでお出ししますね」

 

 困り顔でジネットが言って、厨房へと入っていく。

 ……ってことは、ジネットバージョンは『普通のサイズ』ではなかったってことだな!?

 

「……特盛」

 

 意味深な言葉を残し、マグダは接客に戻っていった。

 

「従業員の再教育を要求するよ」

「領民の民度は領主の範疇な気がするけどなぁ~」

「……ロレッタめぇロレッタめぇロレッタめぇ…………」

 

 いつもの奥まった隅っこの席に座ると、なんだか途端に体が軽くなった気がした。

 なんだかんだで、帰ってきたんだなとホッとする。

 向かいの席に座ったエステラもそれは同じなようで、すっかりリラックスした顔をしている。

 

 …………ホッとしてる場合じゃ、ないんだけどな。

 

「酷いもんだったな、四十一区は」

「あの領主だからね……」

「いや、それもあるんだが……」

 

 帰り道、俺は馬車の窓から四十一区の街並みを観察していた。

 

 馬車が通る大通りは、それなりに大きな建物が並んでいた。見晴らしもよく、貧しいながらも一応の対面は保たれていた。

 ……だが、とても静かだった。

 

 建物の間から、四十一区の内側が時折垣間見えたのだが……

 

「貧富の差が激し過ぎないか、あの区は?」

 

 大通りのすぐ向こうに、あばら家のような朽ちかけた民家らしき建物がいくつも見えた。

 奥まった場所にスラムが出来るのは仕方がないとしても……大通りのすぐ後ろにあのレベルの建物があるなんて……

 

「なんというか……表面だけを懸命に取り繕った、張りぼてみたいな印象を受けたんだが」

「それはあるかもしれないね」

 

 エステラが言うには、四十一区もさほど財政に余裕がある区ではないようだ。

 まぁ、下から二番目だもんな。

 

 そんな中、狩猟ギルドのような突出した集団が街の中心部にドンと居を構えているせいで、富が集中してしまっているのだとか。

 狩猟ギルドを優遇するあまり、それ以外の領民には恩恵が行き渡らない。

 そればかりか、一部の貴族を優先したいがためにキツい税をかけたりもするそうだ。

 

「それで、こらえきれなくなった者が違う区へ逃亡を図ったりするんだよ」

「領民の流出か……けど、そんなことになったら」

「そう。一層税収は圧迫され、さらに住民への負荷が大きくなる」

 

 悪循環だ。

 

「けど、狩猟ギルドがいることと街門のおかげで、かつての四十二区では太刀打ちできない経済力の差があったんだよ」

 

 そのせいで、四十二区のみが行商ギルドにカモられてたわけだ。

 誰しも、経済力、権力のあるところには強く出られない。

 ならば、強く出られるところから搾取して穴埋めをしよう。ってのは、誰もが考える安易な解決法だ。

 

 悪循環のスタートとも言えるがな。

 

「その偏った政策をやめさせることは出来ないのかよ? こう、外圧的なもので」

 

 例えば、四十区やそれ以外の区の領主と結託して四十一区の政策を変えさせるとか。

 

「難しいね。なにせ、利益を得ているのが狩猟ギルドだからね」

 

 狩猟ギルドは、全区を股にかけて活動するギルドだ。

 それはつまり、全区に流通している肉の大部分を狩猟ギルドに頼っているということになる。

 

 どの区だって、肉は食いたい。

 狩猟ギルドと対立して関係をマズくしたくはないのだそうだ。

 

「……この街は、腐っている」

「たぶん、みんな気が付いているよそんなこと」

 

 けれど、誰も声を上げられない。

 なぜなら、腐っている方が権力者はおいしい思いを出来るからだ。

 ……けっ。

 

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