「ウェンディ。美味しい?」
「うん。とっても美味しい」
花園にバカップルがいたので、ぼくは「爆ぜればいいのに」と思いました。
等と、思わず小学生の作文調に殺意が芽生えてきてしまった。
……多少は心配していたというのに。
「さぁ、四十二区に帰ろうか」
「えっ!? ヤシロさん、お二人を置いて帰る気ですか!?」
え、二人?
俺には何も見えないけれど?
「あっ、英雄様っ!」
ジネットが大きな声を出したせいで、バカップルに気付かれてしまった。
……ちっ。
「あ、あのっ! お母さ……母が何か失礼なことをいたしませんでしたか!?」
ウェンディが不安そうな顔をして駆けてくる。
けどな、母親以上に、今のお前らのバカップルぶりにイライラしちゃってるぞ、俺は。
「申し訳ありません。母は、少し常識のない人でして……」
「はっはっはっ、何言ってんだウェンディ。父親よりマシだろう」
常識がないのは、ほぼ全裸で黒タイツだけを身に着けて街を徘徊している父親の方だろう?
「……父に会ったのですか…………大変失礼をいたしました」
深々と頭を下げるウェンディ。
お~い、チボーとやら。
実の娘に存在そのものが失礼だと認識されているようだぞ。
「お義父さんにお会いしたんですか?」
俺たちの会話に、セロンが食いついてくる。
興味津々な目をしている。やはり、彼女の父親ってのは気になるようだ。
しょうがない、情報くらいは教えといてやるか。
「どのような方でしたか?」
「ド変態だったよ」
「申し訳ありません……お目汚しを……っ!」
エステラたちですら苦笑を漏らす中、ただ一人あの変態タイツマンを知らないセロンだけがきょとんとした顔をしている。
知らないってことは、時に幸せなことだったりするんだな。
「しかしまぁ、なんとかなりそうな手応えは感じたよ」
「本当ですか!?」
俺の言葉に、ウェンディが目を丸くする。
心底、どうにもならないと思っていたのかもしれない。
取っかかりがあるということだけでも、相当驚いているようだ。
まぁ、口論が絶えない母親のことを客観的に見るのは難しいかもしれないな。親子ならなおさら。
傍から見てりゃ、どちらも素直じゃないだけだってことは丸分かりなんだがな。
「けど、とりあえずは出直しだ。いろいろ準備をしなければいけなくなった」
集めるべき情報も見えてきた。
それらを精査して、再度作戦を練る必要があるだろう。
だが、それよりもまずは……
「変態タイツマンに着せる服を作ろうと思う。オッサンの絶対領域はこれ以上見たくない」
「申し訳ありません……っ」
申し訳なく思われる父親ってのも、気の毒な存在だと思うが…………まぁ、アレじゃあ仕方ないよな。
とにかく、一度四十二区に戻りたいな。
……こいつらの前じゃ、きっと聞き出せないからな。『亜種』だ『亜系統』だって話はな。
エステラが話しにくいなら、またイメルダに聞いてみるか……
なんにせよ、三十五区で出来ることはもうないだろう。今回はな。
他の虫人族の話なんかも聞いてみたいところだが……情報不足のままじゃどんな地雷を踏んじまうか分かったもんじゃない。
うん。やっぱり出直そう。
「よし、じゃあお前ら、一旦帰…………りたく、なさそうだな」
振り返ると、ジネットとエステラが、なんだかうずうずしていた。
キラキラした目で、何かを訴えかけるようにこちらを見つめている。
「……飲みたいのか?」
「はいっ。どのようなお味なのか、非常に興味深いです」
「ボ、ボクも、後学のために、ね」
勉強熱心なんだなぁ、二人とも。……ミーハーなだけじゃねぇか。
「しょうがない。じゃあ、一休みしていくか」
「はいっ!」
「やったぁ!」
「ふふ……やっぱり甘いなぁ、自分は」
何か含みを持たせたレジーナの発言はまるっと無視して、俺たちは花園で一息入れることにした。
バレリアのところで結構しゃべったからな。喉を潤すのもいいだろう。
それに……もうすでにリア充を見せつけられた後だしな。
「ねぇ、ウェンディ……心なしか、睨まれてないかな?」
「そんな。英雄様がそんなこと…………どうしよう、セロン。睨まれてるわ」
絶対零度の冷ややかな視線にさらされ、凍えるように身を寄せ合うセロンとウェンディ。
くっそ……非難の視線すらもイチャつく理由にしやがるのか、バカップルってのは。
「ほら、ヤシロさん。見てください。いろんな種類のお花がありますよ」
俺とセロンたちの間に発生した凍てつく空間に、ジネットが割って入ってくる。
太陽の笑顔が絶対零度の空気を暖めていく。
命拾いをしたな、バカップル(の男の方)。今回だけは見逃してやる。
「それぞれのお花で蜜の味が違うのでしょうか?」
「蜜なんかどれも同じなんじゃないのか?」
「いいえ、英雄様。それぞれに違う味がするんですよ」
香りや甘みはもちろん、舌触りや喉ごしも様々で、味は千差万別なのだそうだ。
たしかこいつも花園デビューしたばかりのはずなのだが、ウェンディは得意げに語る。
「ずっと憧れていましたので、情報だけは知っているんです」
ペロッと舌を出してはにかむ。
少し恥ずかしそうに笑うその顔は、まるで都会に憧れる田舎娘のようで、とても微笑ましかった。
中学の頃、駅前のコーヒーショップに行っただけでちょっと大人になった気分になっていた、そんな痛い過去を思い出して……つられて恥ずかしくなってしまった。
女将さんにドヤ顔で注文の仕方とか、「通はこれを飲むんだ」とか、そんなことを言っていた気がする。……あぁ、痛い痛い。
「んじゃ、飲み比べてみるか?」
近場の花を手に取ってみると、中には一口分程度の蜜が入っていた。
ワインのテイスティングくらいの量か。
試しに飲んでみるにはちょうどいい量だ。
「これは、どうやって飲めばいいんだい?」
興味が抑えきれないと言わんばかりに、エステラが周りにある花に視線を巡らせている。
ケーキバイキングに初めてやって来た子供のようだ。
「気に入った蜜があれば、その花を四つ五つ摘んで一つの花に蜜を集めて飲みます」
「お花がコップになるんですね。……素敵です」
「摘んで蜜を取った方の花はゴミんなってまうけどな」
ウェンディの説明で、ロマンチックな感想を漏らすジネットと、ロマンチックとは無縁の感想を漏らすレジーナ。
育つ環境で、こうも違っちゃうもんなんだなぁ……
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