「でもさ、ヤシロ。こっちだって二勝では勝てないんだよ?」
エステラの言う通り、こちらももう一勝できる人材を探さなくてはいけない。
心当たりはある……が、実力は未知数だ。
「それでしたら、ご心配無用ですわっ!」
イメルダが胸を張り、どんと胸を……もとい、おっぱいを叩く。……ぽぃ~ん。
いかん……車内のおっぱい密度が薄いから、ついついイメルダに集中してしまう……
「で、なんの心配がいらないって言うんだい、イメルダ?」
「ワタクシ、こう見えましてもよく食べる方ですの!」
そんなイメージはないんだが……
「つい先日、焼き鮭定食のライス大盛りにチャレンジし、見事完食! 店長さんの拍手喝采を浴びたところですわ!」
「イメルダ。出口そこだけど、動いてるから気を付けて飛び降りろよ」
「なぜ追い出そうとするんですの!? こんなに協力的ですのに!?」
ライス大盛りがなんぼのもんじゃい!
そんなもん、ロレッタでも平らげるわ!
『普通』のロレッタでもなっ!
すなわち、それは『普通』のことだっ!
「まぁ、心当たりはあるんだよな」
「へぇ、誰だい?」
「まだ実力は未知数なんだが……ちょうどデートの約束もあるし、力を試させてもらうさ」
「…………デート?」
エステラの瞳が鋭くなる。
……なんだよ。いいだろうが、別に。お礼みたいなもんなんだから。
「ヤシロさん。それってまさか……」
さすがに、その場に居合わせたイメルダには分かるか。
「……ワタクシ、ですわよね?」
「デリアだよ!」
言っとくけど、お前との約束は成立してないからな!? 一方的な要求で契約は終決されるものではないからな!?
「デリアって、そんなに食べるっけ?」
「甘い物限定だがな」
甘い物好きなデリアは、ジャンルを甘い物に絞ればかなり食う。
「でも、他よりちょっと食べるくらいじゃ……」
「大食い自慢で選出されるのって、どんなヤツだと思うよ?」
「そりゃ、メドラとか、ミスター・ハビエルみたいな、筋肉ムキムキの大男なんじゃないかな?」
メドラを大男にカテゴリしやがったな。……脳がそうだと訴えているのだろうか。
「で、そんな筋肉系男子が甘いケーキをどれほど食うと思う?」
「あ、そう言われてみれば、男の人ってあんまり甘い物好きじゃないよね」
エステラの視線がウッセとアッスントに向く。
と、ウッセとアッスントの二人は分かりやすく顔を顰めた。
「俺ぁ、肉の方が好きだな。甘いもんは酒に合わねぇからな」
「私も、甘い物は少々苦手ですね。アゴがムズムズするんですよね……まぁ、妻が大好きなのでたまに食べに行ったりはするんですが……」
「なんで急に嫁を愛している宣言なんかしてんだ?」
「ち、ちちち、違いますよ、ヤシロさん!? 妻が『ケーキを』好きだから、『仕方なく』一緒に食べに行っているだけですよ!?」
わぁ、アッスントが真っ赤な顔して照れてるぅ~、キ~モ~い~ぃ!
「ですが、そう都合よく甘い物が出てきますかしら?」
「ウチが二勝した後、ワザと最下位になれば、次の対決で出す料理を決められるから、そこでケーキを出せばいいんだよ。だよね。ヤシロ」
さすがエステラだ。俺が『一見平等に見えるルール』の中に仕込んだ『四十二区必勝法』に気が付いてやがる。
このルールなら、一勝を捨てれば確実に一勝取り返せるのだ。もっとも、人材が揃っていれば、だけどな。
「しかし、負けが続いた時はつらいですね。意外と諸刃の剣になり得ませんか、それは?」
アッスントの懸念も分かる。
言い換えれば一勝のために一試合捨てるということになるわけで、このルールでは使いどころが難しい。
「まぁ、大丈夫だ。わざわざ俺たちが用意するまでもない」
「どうしてだい?」
だってほら、『アイツ』が言ってたろ?
「四十区の名物料理と言えば……?」
「あっ!」
そこでエステラは気が付いたようだ。
そう。以前、四十二区で起こった嫌がらせの犯人を四十区の貴族御用達の喫茶店ラグジュアリーのオーナーシェフ、ポンペーオだと決めつけて強引に誘拐した…………もとい、調査のためにあくまで友好的に話し合いの場を設けた際に、ポンペーオは言っていたのだ。『四十区の名物と言えば、真っ先にラグジュアリーのケーキの名が挙がる』と。
「四十区が料理を担当する最初のターンでデリアを投入すれば」
「無条件で一勝できるね!」
最大六回戦あるが、何回料理を担当できるかは分からない。
もしかしたら同じ区が負け続けて全部の料理を担当するかもしれない。
三者会談の席であれだけ『経済の流れ』『新しい顧客』『大会後の繋がり』という面を強調しておいたのだ。
どの区も「これこそは!」という究極の逸品を一品目に持ってくるはずだ。宣伝効果抜群の会心の一品を。
「そこまで見越してあんなルールにしたのかい?」
「まぁな」
四十一区に視察に行き、大きな大会に引き摺り込んでこのいざこざを終結させようと決めた時から、どうすれば俺たちが不自然ではなく確実に優勝できるかを考えていた。
それには、こちらが最も得意とするものを、『向こうから進んで提供させる』必要があった。
それで、経済だ新規顧客だと、回りくどい説明を散々してやったのだ。
ヤツらは、『自分の利益』ばかりに目を向け『相手の利益』がいかほどのものかを見ようとはしなかった。
デミリーが『十』稼ぐ裏で俺は『百』稼がせてもらう。
そういうやり方もあるんだってことを、あいつらは知らないのだ。
相手に儲けさせてやる過程で、自分が最も利益を得る。
例えるなら、「暴れ乳に悩むジネットにピッタリフィットするブラジャーを作ってやるからおっぱいを計測させてくれ」みたいなことだ。
ジネットは荒れ狂うおっぱいを抑えられるし、俺は生乳を思う存分隅々まで調べ尽くせるという……………………やってみようかな、それっ!?
「よう、ジネット! 生乳をじっくり調べたいからお前にブラジャーを作ってやろう!」
……違うっ! 違うぞ! そうじゃない! 逆だ逆! ……いかん。どうしてもジネットが相手になると本領を発揮できない……
「はぁ……エステラの前でなら、ありのままの自分でいられるのに」
「ぅえっ!? な、なんだい、急に!? ……そ、そんなに、ボクといると落ち着いたり、するの、かい?」
あぁ。すげー冷静でいられる。
やっぱあれかな? 揺れることで心をざわつかせる効果があるんだろうな。おっぱいには魔物が棲んでるんだな、きっと。……いいなぁ。俺も引っ越した~い。
「そんな感じで三勝を勝ち取りたいが、万が一に備えてもう一人参加させようと思う」
「もう一人? 今度は本格的に思い当たる節がないなぁ……」
腕を組み、首を捻るエステラ。
「そんなに真面目に考えるな。バカなヤツだから」
「バカ? ……ヤシロしか思い浮かばない……」
「おいこら」
あんなバカばっかりの四十二区で俺が真っ先に浮かぶなんてことあるわけないだろう。
「もし、予想に反して苦戦を強いられ、いよいよヤバいという段階になったら……俺は心を鬼にして…………マグダを人質に取る!」
「はぁ!?」
「そしてウーマロを出場させて、『お前が負ければマグダの恥ずかしいところをぺろぺろする』と宣言する!」
「勝つねっ! ウーマロは、絶対勝つよ、その状況!」
「バカな解決方法だが!」
「うん、物凄くバカだけど、物凄い説得力だよ、ヤシロ!」
盛り上がる俺とエステラをウッセとアッスントが冷ややかな目で見ている。
「おい……こんなのに任せといていいのか、四十二区」
「まぁ……ヤシロさん以外にこの街を救える人はいないでしょうし……陰ながら全力で出来得るサポートをするとしましょう」
「……頼みの綱がバカだと苦労するな」
「まぁ、そこはご愛嬌でしょう」
なんか、俺から離れて向こうでこそこそ話してやがる。
おいおい、オッサンとブタの薔薇映像とかどこにも需要ねぇぞ。
「とにかく、一度領民全部を集めて大会の説明をしよう」
「そうだね。今回は四十二区全員で団結して、必ず勝利を勝ち取るんだ!」
「なんだか、大事になってきましたわね」
「しかし、街が盛り上がってくれるのはありがたいことですよ、商人としては」
「街門が出来りゃ、俺らも助かるんだ。精々頑張って、絶対勝てよ」
その場にいた者たちの心が一つの目標に向かって収束されていく。
「そんなわけで、大食いデモンストレーションの料理をよろしくな、アッスント!」
「期待しているよ、アッスント!」
「時には絶望も人生を楽しくするエッセンスですわよ、アッスントさん」
「…………死ぬなよ、アッスント」
「な、なんですかね? この不穏な空気は? もしかして私はとんでもない約束をしてしまったのでしょうか?」
アッスントが事の重大さに気が付いたのは、領民への説明会の席で行われたデモンストレーションで、ベルティーナとマグダ(『赤モヤ』補正有り)の一騎打ちが始まったことだった。
今世紀最大級の激しい対決は、十数名の負傷者を出し、食材切れによって幕を下ろした。バケモノ二人がアッスントに勝ったのだ……
ん? 負傷者? 二人の対決を見ていて胸焼けを起こした連中だ。
その中の一人は、何を隠そう俺である。……あいつらに、常識なんてものは通用しない……それを実感したある日の午後だった。
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