「えーゆーしゃ!」
バルバラの手当てが終わった頃、さっきまでそこにいたはずのテレサがテントの外から帰ってきた。
隣にはベルティーナとウクリネス。二人に連れ出されていたようだ。
「ぉきぁぇ! してちたー!」
『お着替えしてきた』というテレサは、その言葉の通り体操服に着替えていた。
小さいサイズのブルマでもまだぶかぶかで、かぼちゃパンツみたいに膨らんでいる。
「おー、テレサ。バルバラとお揃いだな」
「ぅおおお!? 本当だ! いいところに気が付いたな、英雄! お前やっぱ見る目あるな!」
まったく嬉しくない褒め言葉をもらった。
ものすっごい上から目線で。
肩組んでバシバシ叩くな。いいからさっさと妹のところへ行ってやれよ。お前に見せに来たんだよ。
「テレサぁ~! 可愛いなぁ! あぁテレサ! あぁ可愛い!」
「ぇへへ~……」
俺をさっさと放り出してテレサに飛びつくバルバラ。
モーマットがすげぇほっとした顔をして、テレサもなんだかくすぐったそうにしていて、バルバラは全身全霊で緩んだデレ顔を晒していて。そこら辺はまぁ想像通りなんで構わないのだが、ベルティーナとウクリネス、この二人の表情が気になる。
なんだ、あの「微笑ましいわぁ」みたいな顔は。
しかも、その視線が向かう先はバルバラたち姉妹……ではなく、俺?
「えーゆーしゃ!」
テレサがバルバラの腕の中で俺を呼ぶ。
あ……トラブルの予感。
「あーし、かぁいい?」
「ん? あぁ~、そーだなぁ……」
さて、なんと答えたものか。
A1、「可愛いぞ」
結果1、「てめぇ、英雄! アーシの妹に色目使うなぁ!」(拳骨『べしー!』)
A2、「別に」
結果2、「てめぇ、英雄! テレサが可愛くないって言うのか!?」(肋骨『さらさらぁ……』)
ヤベぇ!?
結果2が特にヤベぇ! 肋骨が粉末になって風に消えていった!?
で、あるならば俺が答えるべき解はA1だろう。
テレサが期待したような顔をこっちに向けてるしな。
まだおぼろげにしか見えない瞳で、不安げに。
まぁ、褒めるくらいなら何も問題ないだろう。
バルバラだって、そこまで馬鹿じゃない(と信じたい! マジで! 頼むぞ、おい!)
「おう。めっちゃ可愛いぞ」
「ぇへへ~」
テレサが嬉しそうに笑う。
真ん丸なほっぺたが果実のように赤く染まっていく。
「……マグダとどっちが?」
「幼い娘と張り合うな、マグダ」
「……確かに、マグダはもう大人のカテゴリー入りを果たした身」
「へぇ、初耳だなぁ」
「……では、どっちがエロス?」
「ごっめーん。俺テレサにエロス感じたことないから計測不可能だわー」
マグダにも感じないけどな、エロスは。
「ぇょしゅ?」
「気にしなくていいぞ、テレサ。お前にはまだ早い言葉だ」
「エロスってなんだ、英雄?」
「お前も気にすんな。お前には無縁の言葉だから」
こいつはきっと、彼氏が出来てもあけっぴろげで色気とかそんなん全然出ないんだろうな。
というか、バルバラが誰かに恋をするなんてところ想像すら出来ん。
「えーゆーしゃ~」
テレサが両腕を伸ばして俺に抱っこをせがむ。
「抱っこか? しょーがねぇな……」
「調子に乗んなよ、英雄? テレサには触らせねぇぞ、エロスの権化……」
「お前『エロス』の使い方バッチリじゃん!?」
怒りが言葉の意味を無意識のうちに習得させたのか、すごいな、おい。
「ヤシロさん。テレサさんは、ヤシロさんに言いたいことがあるそうですよ」
バルバラからの茶々が入って話が進まない状況を見かねたのか、ベルティーナが俺にそう告げ、こそっと耳打ちをしてくる。
「優しくしてもらった感謝を伝えたいんだそうです」
言った後で、頬を軽く突かれた。
なるほど。俺は「言いたいことがあるらしい」と聞いて物凄く怪訝な顔をしたらしいな。
バルバラがうるさそうだなぁって表情が顔に漏れ出てしまったようだ。
けどまぁ、内容を知らされてみればなんてことはない。
感謝くらい受けてやろうじゃないか。
小さいガキの「アリガトー」なんてのは「はいはい」って聞いてやればそれで終わるようなもんで、ガキの方の自己満足って意味合いが強いのだから。
さて、と。
テレサのもとへ向かう前にさらっとマグダの頭を撫でておく。
マグダを付き合わせることになるし、リベカだテレサだと、小さい可愛い部門の娘らとのやりとりが増えてマグダをあんまり構えてないし、まぁ、一応気を遣ってな。
マグダはというと、「マグダは別に気にしていない」みたいな顔をしているが、尻尾がピーンと立っている。
それを確認してから、テレサの目の前に屈んで顔を覗き込んだ。
「なんだ、テレサ? 俺に言いたいことがあるのか?」
俺の輪郭を捉えて、テレサの顔がぱぁっと輝く。
本当に嬉しそうに笑って、そして屈託のない声音でこんなことを言った。
「あーし、えーゆーしゃの、ぉよめしゃん、なったげゆー!」
わぁ、波乱の予感。
「英雄……てめぇ」
「待て待てバルバラ! テレサが言い出したことだ!」
お前は、そうやってすぐに敵意を外に向けるけどな、こっちはとばっちりもいいとこなんだよ!
たまには妹の方に「そんなこと言うな」って注意くらいしてやれよ。
まぁ、しないんだろうけど!
「テレサ、お前……英雄のお嫁さんになりたいのか?」
「ぅん! えーゆーしゃ、やさしーかゃ、しゅちー」
やめてテレサ。好きなら俺の寿命を削り取るような発言を控えて。
ベルティーナの顔を見上げると「あらあら……」みたいな困り顔をしていた。
「嫁になる」なんて言い出すとまでは思っていなかったようだ。精々「ありがとう」くらいだと。
はは、ベルティーナ。長年母親をやっている割には読みが甘いな。
幼少期に父親に甘えられなかった女の子ってのは、父性にめちゃ弱いんだぞ。すーぐ勘違いするんだから。
「で、ですが、ほら。子供の言うことですから、ね? そんなに深刻に考えないで……」みたいな顔してるとこ悪いんだけどな、ベルティーナ……そういうのを一切汲んでくれないんだよ、このバルバラって女は。
ほら見てみろよ。……今にも死にそうな顔で何かろくでもないことを考え込んでるだろ?
「……テレサが…………でも……いやしかし…………ぶつぶつ」
「あ~……っとだな。バルバラ、お前には経験がないかもしれないが、これくらいの年齢の女子ってのは、みんなそういうことを考えたり言ったりするもんで、麻疹みたいなもんでだな……だからいちいち真に受けなくていいというか……真剣な顔すんな、怖いから」
マグダの顔を窺えば、「あ~ぁ、またヤシロは……」みたいな顔してるし。俺じゃないよな? たぶん陪審員制度使っても俺無罪になると思うぞ? 心証が悪くなければね!
「確かに英雄は優しい……アーシらを一緒にいられるようにしてくれたし、テレサの目の治療もしてくれて、テレサも最近よく笑うようになって……けど、テレサを嫁にやるわけには…………でも、テレサが………………あぁあああっ! アーシはどうすればいいんだ!?」
とりあえず殴りかかってくる気配はないので安心、かな?
この姉妹のためにはいろいろ骨を折ったしな。うん、そうだな。そこら辺の感謝があれば、いきなり暴力に訴えるようなことはないだろう。うんうん、初めて思うかもしれないが、人に親切にしといてよかったぁー!
「あーまぁ、あれだ。テレサはまだ小さいからな。もっと大きくなってからそーゆー話しような」
「なんだよ、英雄? またおっぱいの話か?」
「違ぇわ!」
「……違うの?」
「違うよ、マグダ!? お前は分かる娘だよな!? 大人になったらって意味だよ」
「……オトナのおっぱいに」
「歪曲やめてくれる!?」
「んだよ、やっぱりおっぱいじゃねぇか!」
「違ぇつってんだろ!」
「えーゆーしゃ、おっぱぃ、しゅち?」
「うん、そこは間違いなく好きだけども!」
「ヤシロさん、否定してください。嘘でも、そこは」
精霊教会のシスターであるベルティーナが嘘を吐けと言ってきた。びっくりだ。
「俺はおっぱいには嘘を吐きたくない!」
「ヤシロさん、こじれますよ? お話が」
ま、それもそうか。
とりあえず、ガキの戯言だとして、テレサには「ありがとな~、大人になったらまた言ってくれな~」と言い、バルバラには「気にする必要はない」と言っておくか。
あ、あとついでに。「お前、ややこしいことが起こると存在感消して一切関わってこなくなるよな?」ってウクリネスに言ってやろう。ズルいんだよなぁ、このオバサン。いっつもいっつも。
「いいか、バルバラ――」
「よっし! 分かった!」
俺は、長い人生の中で嫌というほど学んできている。
バカの言う「分かった」は、トラブルの前兆でしかないことを。
「英雄! アーシがあんたの嫁になってやる!」
こいつぁ、メンドクサイことになりそうだ……
読み終わったら、ポイントを付けましょう!