異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

後日譚38 巡業する陽だまり亭 -2-

公開日時: 2021年3月8日(月) 20:01
文字数:4,562

 三十八区の領主が派遣した視察団は四人組だった。

 俺がそちらへ向かうと、驚いていた顔を引き締め、威圧でもするように厳めしい顔つきを作る。

 格下に舐められたくないという思惑が透けて見える。……小物め。

 

 視察団のジジイ共は、あれやこれやと難癖をつけ、なんとかこちらの粗を探そうと躍起になっていた。

 他所の区の、名も知らぬ二人の結婚式如きで、区の大通りを通行止めにはしたくないのだろう。

 仮に許可を出すにしても、少しでも有利な条件を引き出せるようにと、こちらの落ち度を血眼になって探しているようだ。

 

 ……だが。

 相手が悪かったな。

 お前らがあがけばあがくほど、俺は自分に都合のいい条件を上乗せしていくぞ。

 いつ気が付くかなぁ……「あ、こいつとの交渉は早めに切り上げた方が得策だ」と。ゴネればゴネるほど、お前たちの立場は悪くなっていく。

 言ってなかったけどな、俺、『ゴネ得』狙いのヤツ、大っキライなんだよな。

 

「いやぁ、しかし、大通りの通行を制限するとなると、その間の売り上げが……」

「いかにも。そして、店の売り上げが落ちれば、それはすなわち区の税収にも響くということであり……」

「おぉ、それは大変だ。そんなことはあってはならない。そうは思わんか?」

「あぁ、思うとも。思うさ、誰だってね」

 

 ……と、こんな有り様で「こっちもいろいろ困るんだから便宜を図ってくれないと困るんだよなぁ~」みたいなことを集まったオッサンどもが共謀して捲し立てるのだ。

 だもんで――

 

 

「なら、三十八区だけはパレードも出店も無しということで」

 

 あまりにゴネまくる視察団の連中に、ちょっと大きめの声でそう言ってやる。

 すると、お好み焼きを手に幸せそうな空気を醸し出していた領民たちが一斉に不満げな声を上げた。

 殺気立っているヤツすらいる。

 

 どうだ?

 こたえるだろう?

 領民の、ここまであからさまな反感を買うってのは。

 しかも、その反感が向かうのはお前たちにではなく、お前たちを派遣した領主にだ。

 

『いい条件を引き出してこい』とでも言われていたのであろう視察団が、領民からのおびただしい不評を引っ提げて帰ってくれば……お前らの首、簡単に飛んじゃうぜ?

 

 それに、もしこの怒れる領民たちが、「じゃあ他の区の出店に行くぜ」となったらどうよ?

 その日一日、大通りは閑散とし、区内の資産が近隣の区へと吐き出されまくるのだ。

 大きな痛手だろう、それは?

 

 だからよ。もうここいらで首を縦に振っとけよ。

 

 思考を切り替えて、「このチャンスに如何にして儲けるか」を考えた方が利口ってもんだよ。

 

 さらに言うなら、四十二区の食い物がここでこれだけ人気になったってところに着目して、『お互いの区の名物料理を、それぞれの区で販売しあえば新規顧客の獲得に繋がり、後々まで順当に利益が得られるかもしれない』ってところにまで意識を向けてもらいたいものだな。

 なんなら、お互いがまだ持ち得ていない「その手があったか!?」ってアイデアをパクリあったっていいじゃねぇか。派生品が出回れば、本場物の価値が上がる。「やっぱ本場はいいな」って思考の食通が足しげく他区まで通うかもしれない。

 

 今考えるべきは、自分たちがどれだけの不利益を被るかではなく、自分たちがどれだけの利益を上げられるかだ。

 

 そこら辺のところを分かりやすくサクッと伝え、領主にもう一度意見を仰いでくるように言い含める。

 

 おそらくこれで、大通りの使用許可は下りるだろう。むしろ下りないわけがない。

 これでもまだ渋るようなら、ガキどもを焚きつけて領主の館の前でギャン泣きさせてやる。

 イメルダに一夫多妻に対する市民の捉え方を聞いた時にも思ったのだが、この街の連中はやたらと世間体を気にする傾向にある。

 なら、『子供に嫌われている領主』ってのは、結構なマイナス要因になるはずだ。お子様ランチの旗の一件では、エステラもすごくへこんでたしな。「子供に好かれる領主でありたい」ってな。

 

 ある程度、こちらに有利な世論を形成しておけば、口説き落とすのは造作もないことだ。

 大通りを封鎖するっつっても、馬車が通過するほんの十数分のことなのだ。

 それ以外の時間帯は、お祭り騒ぎで売り上げ上々、利益ががっぽりなのだ。

 おまけに、「こんな楽しいことをやってくれる領主様、素敵っ!」というイメージまでついてくるかもしれん。

 やらない手はない。

 

 ――と、そのようなことを耳元で囁いてやれば、割と簡単に落ちてくれるだろう。

 

「よし。そろそろ時間だな」

 

 視察団との交渉も終わり、商品もそこそこ売れた。

 この後、三十七区と三十六区にも行かなければいけないのだ。ここで時間を食うわけにはいかない。

 

「じゃあみんな、片付けを始めてくれ」

 

 俺のそんな言葉を聞いて、声を上げたのはガキどもだった。

 大人たちも名残惜しそうな表情を隠すことなくあらわにしている。

 

「ねぇ、また来てくれる?」

 

 純粋で無垢な、いまだどんな汚れにも触れていなさそうな瞳がこちらを見上げている。

 大きな瞳に涙の膜が張られ、ちょっとしたきっかけで決壊してしまいそうだ。

 

 そして、そんな少女の目を見て、ジネットの瞳までもが潤み始める。

 なんとなく、「今日一日、こちらで屋台をさせてもらってはどうでしょうか?」とか、トチ狂ったことを言い出しそうな表情だ。

 

「あ、あの、ヤシロさん! みなさんもこうおっしゃってくれていることですし、今日一日、こちらで屋台を……」

「想像通りかっ!?」

 

 なんて分かりやすいんだ、お前の思考回路は。

 

 目的を見失うな。

 こいつは領主を口説き落とすための手段だ。

 手段が目的になっちまうとろくなことにならない。

 

「ウェンディたちの結婚式を成功させるためだ。やらなきゃいけないことを確実に遂行するぞ」

「はっ!? そ、そうでした。すみません」

 

 間一髪のところで正気を取り戻したジネットだったが、名残惜しそうな顔をしている客たちを見るとなんともやるせない表情を見せる。

 ここら辺まで来ると、「じゃあ今度四十二区へ来てください」とも言いにくくなってくる。単純に遠いのだ。

 乗合馬車を使えば済む話なのだが、安くて美味い物ってのは、出来得る限り『お手軽に』食べたい物なのだ。

 わざわざ馬車に乗ってまで食いに行くような物ではないし、ここいらのヤツがそんな散財をしたりもしないだろう。

 

 それが分かっているから、双方共に名残惜しんでいるのだ。

 

 だから。こいつらには、俺からこういう言葉を贈っておいてやろう。

 

「この区の領主様が許可を出してくれたら、もっとたくさんの出店がこの大通りに並ぶことになる。きっと、楽しいぞ」

「パパぁ! 領主様にお願いしに行こうよぉ!」

「おねがいしよーよー!」

 

 ガキの目線に合わせて言ってやると、使命感に燃えたガキどもが口々に「領主様にお願いしよう」と言い始めた。大合唱だ。いい音色だな。……金の匂いがする音だ。

 

「よし。これでこの区は大丈夫だろう」

「ここの領主様が、子供たちに優しい素晴らしい方だから、ですか?」

「いや……」

 

 そんな、見たこともないようなヤツを手放しで褒めるなよ。

 貴族なんか、多かれ少なかれ見栄と欲にまみれてるもんなんだからよ。

 

「単純に、開催するメリットが開催しないデメリットを上回るに決まってるからな」

 

 領民の不興を買うのは得策ではない。

 まして、意地でも拒否しなければいけないようなイベントでもない。

 俺たちを目の敵にしている、とかなら話は別だが、三十八区にとって四十二区など眼中にもないのだ。

 上位者の余裕を見せて、胸を貸してやるという態度を取っても格好はつく。

 

 断る理由は、もはやないだろう。

 

「それじゃ、また会えることを願ってるぜ!」

 

 片付けを済ませて、そんな言葉を残して俺たちは三十八区の大通りを後にする。

 ガキどもが大通りの端まで付いてきて、「またきてねー」「やくそくねー」とおねだりをしてきた。

 こいつが、ジネットの心にぐさぐさ刺さったようで……

 

「わたし、絶対にまたこの街に来ますっ!」

 

 なんて、鼻息荒く決意表明をしていた。

 ……こいつ、この先の区全部で同じこと言うんじゃないだろうな?

 

「でもやっぱりすごいです、三十八区」

 

 ハム摩呂と交代して屋台を曳くロレッタが足元を見ながらそんなことを言う。

 道が綺麗だって話かと思ったのだが。

 

「上り坂になってないです」

「あぁ。そういうことか」

 

 四十二区は、三十区の崖の下にある。

 それはつまり、四十二区から四十区にかけて高低差が激しいということでもある。

 四十二区の中だけでも、ベッコの家がある丘があったりして、起伏の激しい地形をしている。

 そこから四十一区へ向かう道は細く、うねり、緩やかに上り坂になっていて、まさに山道なのだ。

 

 この緩やかな登り坂は三十九区まで続き、三十八区に入ると高低差はほとんどなくなる。

 屋台のような重たいものを曳いていると、それがよく分かる。

 緩やかとはいえ、ずっと続く坂道は地味にきついからな。

 

「あっ! ヤシロさん、見てくださいっ!」

 

 道がフラットになった証拠に――ジネットがある物を発見して声を上げた。

 そうか。三十五区にいる時は気にして見ていなかったからな。

 

「綺麗ですね……」

「あぁ。そうだな」

 

 ジネットが見つめる先には、天を突くような尖塔が聳え立っていた。

 中央区の、王族が住むというオールブルーム城だ。

 別に、王族の名前が『オールブルーム』なのではなく、オールブルームにある城だからそう呼ばれているらしい。

 王族の名前は…………えっと、なんだっけな? ……ま、いっか。

 

「おっきぃですねぇ……こんな遠くからでも見えるですね」

「……こうして見るのは初めて」

「区と区の間は建物がほとんどありませんからね。ここからだと、本当に綺麗に見えるんですね」

 

 そこは、三十八区と三十七区の境目で、周りには建物がなく、遠くに見える他区の建物がまるで巨大な一枚の絵画のように美しく見えた。

 

 四十二区からでは見ることが出来ないオールブルーム城の尖塔。

 この街を象徴する荘厳な建造物。

 

 思わず見惚れてしまうのも頷ける。

 俺も、この街に来た当初、三十区のドデカイ大通りから見て以来だ。

 

 ここら辺を通る時はいつも馬車に乗っていたからな。

 屋根に阻まれて見えなかったのだ。

 というか、そんなものを意識したことすらなかったか。

 

 俺たちは、しばらくの間遠く聳える尖塔を眺めていた。

 

 携帯もカメラもないこの世界では、美しい風景は心に刻むのだ。

 こういうのも、割といいもんだ。

 

 

「ようやく旅行らしいことが出来たな」

「ふふ。そうですね」

 

 遠出とはいえ、結局ずっと働き詰めなのだ。

 こいつらはきちんと楽しんでいるのだろうか?

 

「今度は屋台を置いて、仕事抜きで来てみるか?」

 

 完全に遊びモードで。

 その方が、もっと堪能できるだろう。そう思って口にしたのだが。

 

「……不許可」

「そうですよ、お兄ちゃん! 屋台があった方が絶対楽しいです!」

「お客様は、天使やー!」

 

 こいつらは……

 もうすっかり社畜の仲間入りだな。

 

 まぁ、ウチの場合。店長が率先して社畜っぷりを発揮してるからな。影響されるんだろうな、どうしても。

 

 ……まったく、貧乏性どもめ。

 

「んじゃ、次の区でも、売って売って、売りまくるぞー!」

「「「「おぉー!」」」」

 

 花より団子という言葉があるが。花よりも団子よりも仕事が好きだってヤツは、かなり稀有な存在だと思うぞ、俺は。

 まぁ、俺も人のことは言えないかもしれないけどな……

 

 

 

 

 

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