異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

359話 秘密の抜け道 -2-

公開日時: 2022年5月20日(金) 20:01
文字数:3,226

 仕事を終えたナタリアも、三十区へ同行してくれることになり、俺は仕事をとてもスムーズに行えた。

 

 まずはグレイゴンが使用した抜け道へ向かう。

 ナタリアも一度内部へ潜入していたので案内を任せる。

 

 通路に入ってすぐ鎖がぐるぐると巻かれた鉄格子が姿を見せた。

 鎖には十個もの南京錠が付いている。実際は南京錠っぽい鍵だが、メンドイので南京錠と呼ぶ。

 

「これを全部外すのかい?」

「いや、ここのはこのままでいいだろう」

 

 仮に、ハビエルたちを突入させるにしても、十個も鍵を開けさせるのは手間だ。

 何より、ここでガッチャガッチャやってたらすぐに気付かれる。

 ここは突入口としては使わない。

 そもそも、グレイゴンが使っていた場所なら、館内の重要な箇所には出ないだろう。おそらく、侵入した先も、館内では重要ではない場所に違いない。

 中庭のど真ん中にでも出る可能性が高い。

 この通路は使えない。

 

「じゃあ、何しに来たのさ?」

「封印だよ。エステラ、鍵」

 

 言って、受け取った鍵を鎖に繋ぐ。

 しっかりと鎖と鎖が離れないように。間違っても鉄格子が開けられることがない位置に。

 これで、この場所には十一個の鍵が付いていることになり、この十一個目の鍵で、この扉は完全に封印された。

 

「ウィシャートが必死こいて十個の鍵を開けた後、絶対開かない鍵が一個だけ残るって、結構楽しいオチだよな」

「ヤシロ……君、楽しんでるだろう?」

 

 当然じゃねぇか。

 あーゆータイプは、徹底的に小馬鹿にしてやるくらいがちょうどいいんだよ。

 

「それじゃ、別の通路に向かおう。まずは、リベカが調べた通路。その次にウーマロの予測した通路だ」

「承知しました。では、私が先導致します」

 

 俺から地図を受け取り、ナタリアが先頭で歩き出す。

 ウーマロ作成の見取り図最新版。それを頼りに通路の鍵を外して回る。

 

 グレイゴンが使っていた通路の次に訪れたのは、館の南側。三十区の街門前広場から二本ほど奥へ入った裏路地に立つ倉庫だった。

 倉庫は普通に使用されているようだが、その裏手にいかにも怪しそうな扉があった。

 

「……この扉は、多くの者が頻繁に出入りしている模様」

「そうか。じゃあ、侵入しよう」

 

 マグダの嗅覚によれば、この隠し通路には様々な人間のニオイが付いているようだ。

 街門から入ってきた行商人を、こっそりと奥の区へ向かわせるための抜け道なのかもしれないな。

『BU』の下を素通りして。

 

 扉を開け、地下へ続く階段をゆっくりと降りていく。

 

「……この先に人の気配はない」

「では、私が出入り口を見張ります。誰かが来た際は速やかに排除します」

「じゃ、ヤシロ、行こうか」

「おう」

 

 マグダを先頭に、俺とエステラがウィシャート家の秘密の通路へ潜入する。

 ナタリアは一人残り、出入り口の警戒をしてくれる。

 もし誰かがやって来た場合は速やか且つサイレントに排除。

 

 もう決行は明日で、今日の夕方には領主たちが盛大に動き出すのだ。

 兵士が二~三人行方知れずになるくらい気にしていられない。

 今、俺たちが捕まらないことが重要なのだ。

 

「もし来たのが行商人だったら――」

「ウィシャート家の者になりすまして追い返します」

「おう。頼んだ」

 

 ナタリアならうまくやってくれるだろう。

 信じて、俺たちは先へ進む。

 

「……すんすん。空気の流れ方が変。おそらく、ここでの物音は配管を伝って屋敷のどこかへ伝達される仕組み」

「つまり、物音を立てるとバレるんだな?」

「……おそらく。確証はないけれど」

 

 確証なんぞなくても、その危険があると分かっただけでも十分だ。

 概ね、ここに見張りを常駐させることはないが、誰かが来たらすぐに兵を向かわせられるようにしているのだろう。

 呼び鈴を高らかに鳴らせるような立場じゃないもんな、この通路を使うヤツは。

 

 俺たちは視線を合わせ、一度大きく頷き合う。

 この先、私語はもちろん、足音も厳禁だ。

 

 物音を立てないように静かに前進する。

 

「…………」

 

 マグダが無言で俺の腹の前に腕を出す。

 立ち止まれの合図だ。

 

「…………」

 

 そして、無言で足下を指さす。

 よく見れば、地下通路に使用されているレンガが一部不自然に浮いている。それも数ヶ所。

 おそらく、浮いているレンガを踏むと大きな音でも鳴るのだろう。

 ウグイス張りの廊下みたいなものだ。侵入者の動きを音で知らせる防犯装置。

 

 マグダは視線を巡らせて回避ルートを探し始めるが……ネタが分かればこんなもん、解除は簡単だ。

 浮いているレンガを持ち上げてみれば、レンガの下に加工した鉄板が入っていた。

 湾曲した鉄板は、上から力を加えると底面に仕掛けられたベルが鳴るように設計されている。

 単純且つ効果的なトラップだな。

 

 マグダはよくこんなトラップを見破ったものだ。

 称賛の意味を込めてマグダの頭を撫でておく。

 

 さぁ~て、罠の解除といきますか。

 

 エステラとマグダの前で、罠の解除を始める。

 上から踏むと大きな音を鳴らすトラップ。

 だが、レンガを持ち上げられることは想定していないのか、トラップを解除しようとする者を引っかけるブービートラップは存在しなかった。

 これなら、最悪浮いているレンガを撤去するだけで罠が解除されてしまう。

 

 まぁ、音を鳴らすのがベルなら、ベルの中の空洞を埋めるか、ベルかそれを叩く打子ハンマーを外すだけでいい。

 時間もない。分業ですべてのトラップを解除する。

 

 マグダには浮いているレンガを全部撤去してもらう。

 俺とエステラは仕掛けられているベルを回収し、邪魔にならない場所へ積み上げておく。

 万が一にもベルが鳴らないように打子ハンマーを繋ぐアームを破壊してな。

 

 作業開始からほんの五分ですべてのトラップが解除された。

 外したレンガをはめ直すと、なんとも歩きやすい平らな通路になった。

 

 作業を終え、一度視線を交わした後、マグダを先頭に通路を進む。

 

 その先にトラップはなく、鍵がかかっている場所へと出た。

 ……やはり、グレイゴンが使用した通路の鍵と同じ形状の鍵だ。

 その鍵を開ける。

 ちょちょいの、ちょいっと。

 

 かちゃっと、静かに鍵が開く。

 

「…………」

 

 エステラが無言で俺の顔を見つめてくる。

 ……んだよ。構わないだろう、今回は。

 

 扉を越えると、目の前に二つの扉が現れた。目の前の扉はまっすぐ先へ続いている。おそらく、『BU』を通過して十一区にでも出るのだろう。

 今回十一区から乗り込むことは考えていないので、ここの鍵は付け替えるだけにしておく。

 そしてもう一つの扉。

 こちらは、ウィシャートの兵が館の中からこの通路へ来るための扉だろう。

 つまり、この扉を越えればウィシャートの館へと入れる……と。

 

「(どこに出るかだけ確認してすぐに引き返す)」

「(分かった)」

「……(マグダも行く?)」

「(いや、人数は少ない方がいい。ここで待っていてくれ)」

 

 小声で会話して、素早く鍵を開ける。

 扉を開き、マグダに匂いと音を探ってもらう。

 

「…………」

 

 マグダが首を横に振った。

 そして指を八本立てる。

 八人もいるのか?

 さすがにそれはやめておくか。

 

「(分かった。鍵を付け替えて戻ろう)」

 

 声を出さずに合図をして、俺たちは速やかに通路を後にした。

 

 やはり、他人に使わせている通路の監視は厳重か。

 潜り込むなら、ウィシャートだけが使う秘密の通路でないと難しいな。

 

 出口前でナタリアと合流し、倉庫の裏手へと出る。

 

「ここにも鍵を付けておこう。そうすりゃ、通路の中で騒がれずに済む」

「そうすることで、通路の中の異変に気付かれることはなくなるね。分かった、そうしよう」

 

 倉庫裏手の扉に鎖を巻き南京錠を取り付けて封印する。

 

「よし、次だ。時間がないからざっと回って終わらせちまおう」

「では、次はこちらです。大通りを避けますので遠回りになります。走りましょう」

 

 言って駆け出すナタリアを追いかける。

 本当は今日のうちにノルベールの居場所まで特定したかったんだが……しょうがない、気が進まないがもう一つの方で手を打つか。

 

 ゴッフレードに協力を頼むとなると、またあいつを黙らせて言うことを聞かせるために頭を使わなきゃいけなくて面倒なんだけどなぁ。

 

 

 

 

 

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