「さぁ、ヤシロさん。ケーキを切り分けましょう」
「あぁ、そうだな」
厨房が静かになり、切り分けがやりやすい環境になった。
つか……最初からこうしておけばよかったのか?
いや、散々暴れた後だからこそ、あいつらはジネットの本気を悟ったんだろうな。心にやましいことがあるからな。ったく。
切り分けて試食。……の前に、ベルティーナにお伺いを立てる。
「まずは、ベルティーナさん。これらの工程の中に、教会が定める『ケーキ』の規定に反するものはありましたか?」
ここで「違反がありました」と言えば、当然このケーキは誰の口に入ることもない。ダッシュボックス行きだ。
「問題ありません。今後、この『ケーキ』の販売を、教会の名において許可いたします」
うむ。当然の結果だ。
そうでなければベルティーナはケーキが食えないのだからな。いいと言うに決まっていたのだよ、最初から。
「では……」
と、俺は出来たてのケーキにナイフを入れるべく、ゆっくりと刃を近付ける…………
「あ、そうだ。ジネット」
「はい?」
そこで動きを止め、俺はジネットに声をかける。
ジネットが不思議そうな顔でこちらを向き、小首を傾げる。
ジネットに何かを言う前に、素早くマグダ、ロレッタ、ベルティーナ、デリア、ウーマロに視線を送る。
ベルティーナのヤツ、ケーキ食いたさに計画を忘れてやしないだろうな?
ロレッタとデリアが素早く厨房を抜け出し、詰めかけていた人垣も食堂の方へと移動していく。
よしよし。
「悪いが、エステラを呼んできてくれないか?」
「エステラさんを、ですか?」
「あぁ。頼んであることがあるんだ」
「はい。分かりました。すぐにお連れしますね」
そう言って、ジネットはなんの疑いもなく食堂へ向かって歩き出す。
――この後、自分の身に起こることなど、知りもしないで。
ジネットが背中を向けた瞬間、俺は素早くベッコに作らせた細いロウソク十六本と、事前に用意しておいた砂糖菓子で作ったプレートをケーキの上に飾りつけた。
厨房にいた、ジネット以外の人間がニヤリと笑う。
知らないのは、ジネットだけだ。
窓の外はすっかり暗くなっていた。
今朝、パーシーの家に赴いて、その足でネフェリーの家から卵をもらって、陽だまり亭でベルティーナの監査を受けて、たった今合格して……陽だまり亭はケーキを取り扱う許可を得た。
……間に合って、よかった。
「エステラさ~ん。ヤシロさんが…………きゃっ!?」
厨房を出て、食堂に足を踏み入れた途端、ジネットが悲鳴を上げた。
食堂の明かりが突然消えたからだ。
厨房の明かりも同時に消える。
食堂の明かりはエステラが、厨房の明かりはマグダが消した。打ち合わせ通りに。
「えっ!? えっ!? あ、あの! ど、どうしたんですか!? あの、みなさん、ご無事ですか!?」
食堂内が暗闇に包まれ、ジネットの口から最初に出てきたのはみんなを心配する声だった。
実にジネットらしい。
「ジネットちゃん。こっち」
「え? エステラさん? あの、これは……?」
「いいから。ほら」
そんな声が聞こえてくる。
エステラに誘導され、ジネットが食堂へ向かった。
ここでようやく、ケーキに刺したロウソクに火をつける。
淡い光が、厨房を照らす。
この揺らめく光を頼りに、厨房に残っていた俺たちは揃って食堂へと移動した。
真っ暗な食堂。
そこに、無数の人の気配がする。
顔は見えないが、大勢の人間がそこにいることが分かる。
「ジネット」
厨房を出て、食堂に入ると、俺はジネットの名を呼ぶ。
「はい。…………え?」
振り返ったジネットは、ケーキの上で揺らめく炎を見て、目をまんまるく見開いた。
ジネットに見つめられたまま、俺はゆっくりとジネットの前まで歩いていく。
エステラがうまく、ジネットをテーブルの前まで誘導していてくれた。
そのテーブルにケーキを載せて、俺は、ジネットに向かってこう言った。
「ジネット。お誕生日おめでとう」
本日は、ジネットの誕生日だ。
「…………え?」
これまで、誕生日を祝うという習慣がなかったので、実感など湧かないだろうが……ここ数日の出来事は、まるで俺に『ジネットの誕生日を盛大に祝ってやれよ』と言っているようだった。
突然知らされたジネットの誕生日。
花束を贈るという習慣がなかったこの街に、もっと気軽に花を贈れる雰囲気を作った。
ジネットの好きな花を知り、その花が偶然咲き、そしてこの目で見ることが出来た。
砂糖があると聞き、なんだかんだあって、無事に入手することが出来た。
ケーキの販売許可にしたって、たった今取得したところだ。
それらが、この数日で立て続けに俺の前に現れたのだ。
……ったく、神ってヤツはつくづくイヤミなヤツだ。
俺が必死になって駆けずり回っている様を見て笑っていやがったに違いない。
けっ、満足かよ、これで。
けど、間に合った。
マジでギリギリだった。
半ば諦めてすらいた。
だが、事態は動いた。
まるで俺に「全力でやれよ」と言わんばかりに。
死に物狂いになれば、ギリギリ間に合う、期限すれすれのスケジュールで。
ジネットの誕生日を盛大に祝いたい。協力してくれ。
昨日一日、知り合いのもとを回り、今回の計画への協力を要請した。
誕生日を祝う習慣がないこの街の人間を説得し、それがいかに重要で意義のあることかを説いて回った。
そして、改めてジネットの人望の厚さを知らされた。
最初は「意味が分からない」と言っていた連中も、「ジネットちゃんのためなら」と協力を快諾してくれたのだ。
ジネットでなきゃ、ここまで大掛かりなことは出来なかっただろう。
なにせ、今陽だまり亭には本当に多くの人間が集まっているのだから
これまで、陽だまり亭で触れ合った面々。
それ以外の、いろんなところで知り合った連中。
四十区からも多数呼びつけてある。
そんじょそこらの領主が家で開く立食パーティーにも劣らない、盛大なパーティーだ。
そのパーティーを盛り上げるバースディケーキの上で、小さな炎が十六個、ゆらゆらと揺れている。
ケーキの真ん中に飾られた砂糖菓子のプレートには、こんな文字が書かれている。
『 ジネット お誕生日おめでとう!! 』
すべてが、この陽だまり亭を守り続けてきた、一人の少女のために用意されたのだ。
この時間も、この空間も、この人々も。
誰でもない、ジネットのためだけに、今ここに集ったのだ。
「…………あ、あの……」
「ジネット、そのロウソクの火を一息で吹き消してみろ」
「え? ……で、でも」
「俺の国ではそうやってお祝いするんだよ。みんなも、火が消えたら拍手な!」
「「「「「「おぉー!」」」」」」
その場にいる大勢の人間が固唾をのんで見守る。
緊迫した雰囲気に包まれる。
戸惑いと躊躇いの表情を見せていたジネットが、やがて大きく息を吸い込んだ。
そして……
「ふぅ~……っ!」
一息で炎は吹き消され、盛大な拍手が湧き起こった。
そして、陽だまり亭に明かりが灯される。
再び明るくなった店内には……
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