「お~い! ヤシロ~!」
元気が溢れ出して留まるところを知らない、そんな大声が俺の名を呼ぶ。
マグダ……にしては元気過ぎる。この声は……
「デリア!?」
「よぉ! 手伝いに来てやったぞ!」
「デリアさぁぁぁああん!」
「ぅおっ!? な、なんだ、こいつ!?」
デリアの登場に奇声を上げたのはグーズーヤだった。
グーズーヤは、以前デリアのミニスカメイド姿を見てから、すっかりデリアのファンになってしまったようなのだ。
「グーズーヤ、ハウス!」
「ひどっ!? それはあまりに酷いですよ、ヤシロさん!」
「グーズーヤ、ハウスだ!」
「はい、デリアさんっ!」
あぁ……またしてもアホな病気を発症した男が一人…………トルベック工務店の未来は暗いなぁ。
「小っさいトラの娘がな、『……マグダは、ポップコーンを作らなければいけないから』って、代わりにあたいに行ってくれって」
「今の、マグダの真似か?」
鳥肌が立つほど似ていない。
「でも、いいのか? 川漁ギルドの仕事は?」
「川の修繕は、ヤシロが送ってくれたチビハムどものおかげでもう完了したんだ。あとは、水の流れが落ち着いて漁が出来るようになるまでは暇だ!」
「そうか。ハムっ子たちは役に立ったか」
「おぉ! オメロと交換したいくらいだったぞ」
そんな簡単に捨てちゃっていいのかよ、オメロ? 一応副ギルド長だろ?
「ね、ねぇ、ヤシロ……」
ドドッと客が来たことで忘れていたが、ネフェリーがまだいた。
「この、露出度の高いハレンチな……もとい、素敵な女性は誰? ヤシロとどういう関係?」
ネフェリーがデリアを警戒心たっぷりな視線で見つめる。
「なんだ、この鳥?」
「と、鳥じゃないもん!」
いや、鳥だけどな。
「デリアは川漁ギルドのギルド長としてウチと取引をしている相手であり、陽だまり亭の非常勤ウェイトレスだ」
「ヤシロのマブダチだ!」
「マブ…………わ、私だって、ヤシロとお友達ですから! 負けてませんから!」
「なんだ? ……あたいと勝負しようってのかい?」
「やめろ、デリア。ネフェリーはか弱い女の子なんだ」
デリアと勝負なんかしたら、……屋台のメニューにタンドリーチキンが追加されちまう。
「な……なんだよぉ…………あたいだって……そこそこ、か弱いんだぞ?」
お前がか弱かったら、世界中の人間が病弱で瀕死だわ!
「まぁ、アレだ。仲良くしてくれ」
「ヤシロがそう言うなら……。あたい『は』、心が広いからな」
「私『は』、全然気にしてないけどね」
だったら睨み合ってんじゃねぇよ。
あとネフェリー、あんま頑張るな。デリアが暴れ出すと誰にも止められないんだから。
「お兄ちゃん、追加ー!」
売り子スタイルの妹二人が、箱形トレーの中に大量のトルティーヤとサルサソースを入れて戻ってきた。
これを二号店へ追加し、満タンの七号店はそのまま次の現場へ直行だ。
「ところで、ロレッタは?」
「マグダっちょに捕まったー!」
「トルティーヤ焼いてるー!」
「マグダっちょ、鬼教官ー!」
なるほど。陽だまり亭屋台部隊はマグダの指揮下に置かれているわけか。
「店の様子はどうだった?」
「ぼちぼちー!」
ぼちぼちなら、まぁいいだろう。
もしかしたら、この屋台をきっかけに客が増えるかもしれない。そこんところ、ジネットに教えといてやらないとな。
「じゃあ、デリア。ここの屋台を頼めるか?」
「任せておけ!」
「あ、あの、ヤシロ!」
デリアがドンッと胸を張った横で、ネフェリーが焦りを滲ませた声を上げる。
「私にも手伝わせて。きっと役に立てるから!」
「おい、鳥」
「鳥じゃないですぅ!」
「お前、計算できるのか?」
「………………」
「じゃあ使えねぇじゃねぇか」
デリアが「やれやれ」と肩をすくめる。
曲がりなりにも一つのギルドを束ねるデリアは、読み書き計算を一通りこなせるのだ。
「で、でも! 私にだって何か出来ることが……」
ネフェリーが鳴きそうだ。「コケーッ!」……じゃなかった。泣きそうになっている。
何を張り合っているのやら…………だが、待てよ。
「よし、分かった。ここはお前たち二人に任せよう!」
「「えっ!?」」
デリアとネフェリーの声が揃う。
そして、お互いの顔を見てびみょ~な表情を浮かべる。
「なぁ、ヤシロ……」
デリアが俺に近付き、腕を引いてネフェリーから距離を取る。
強引に引かれた腕はグイッと引き寄せられて……肘がおっぱいに…………むふ。
「あたいだけで大丈夫だぞ? あの鳥邪魔にならないか?」
「まぁ、そう言うなよデリア」
タダで手伝ってくれるというのであれば、俺は大いに賛成だ。
「妹たちはまだ接客に慣れていない。対応に迷うことがあるかもしれない。大人が多いと、子供たちは安心するものなんだよ」
「でもなぁ……」
いまだ納得いかない様子のデリア。
ここは一つ、乗せておくか。
「人材をうまく扱うのも『責任者』の腕だろ?」
「お? あたいがここの責任者なのか?」
「当たり前だろう。デリアはウチの正式なウェイトレスなんだし。何より計算が出来るだけの頭脳を持ち合わせている」
「頭脳!? …………あまり褒められたことがない、頭脳……っ」
「やっぱり、頭のいいヤツでないと人をうまく扱えないからな。その点デリアなら……」
「大丈夫だ! むしろ余裕だ!」
チョロいなぁ。
「任せろヤシロ! 『頭のいい』あたいが、ハムっ子と鳥を見事に使いこなしてみせる!」
「あぁ、頼む。やっぱりデリアは頼りになるな」
「頼りに…………っ!? ふ、ふふ…………ふはははは! よぉし、ハムっ子! ここにある分を全部売り捌くぞぉ!」
「「「おぉー!」」」
こっちはこれでよし、と。
「ねぇ、ヤシロ……あの人、本当に大丈夫なの?」
「頼りにはなるヤツだよ」
「でも……なんか、ガサツそう……」
おいおい、ネフェリー。お前の目は節穴か?
どっからどう見ても完全無欠にガサツじゃないか。
「だから、お前の力を貸してほしいんだよ」
「え?」
「デリアは頼りになるが、客相手の繊細な心配りとか気遣いには少々難がある」
「……『少々』?」
「だから、そこをうまくフォローしてくれないか? こんなこと、ネフェリーにしか頼めないんだよ」
……だって、デリアとハムっ子を除けば、今ここにいるのはお前だけだしな。――ってのは言わないでおく。
「わ…………私だけが、頼り…………?」
エステラとか、忙しいんだよな、最近。
「分かったわ、ヤシロ! 私、ヤシロのために頑張る! あの大きな人とも仲良くする!」
「そうか。それは助かるよ」
こっちもチョロい。
俺、この街で結婚詐欺とかしたら大儲けできそう。
……もっとも、デリアやネフェリーを騙したりした日には…………あとが怖いどころじゃなくて、その『あと』そのものが消滅してしまうだろうがな。
「じゃあ、二人とも。あとはよろしく頼むぞ」
「責任者のあたいに任せておけ!」
「頼りになる私がいるから大丈夫だよ!」
まぁ、これでなんとか乗り切ってくれるだろう。
よく言えば切磋琢磨だ。
「おい、妹」
「なぁに、お兄ちゃん?」
だが、一応保険をかけておく。
「あの二人がおかしなことをし始めたら、すぐ俺を呼びに来てくれ」
「はーい! 分かったー!」
素直に言うことを聞いてくれるという点では、妹たちが一番信用できる。
「よし、じゃあ、妹たち! 半分は俺についてこい!」
「「「「はーい!」」」」
こうして、何重にも保険をかけて、俺は陽だまり亭七号店を引き、大通りを目指して歩き出した。
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