異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

52話 悩みの種と新たな可能性 -1-

公開日時: 2020年11月20日(金) 20:01
文字数:3,315

「すごいですっ! まるでヤシロさんの生き写しのようですっ!」


 ジネットが大はしゃぎをしている理由は、俺が持ち帰った例のアレが原因だ。


「これは、蝋ですね。ヤシロさん型キャンドルですね」

「そうしたら頭からドロドロ溶けてきて、かなりグロテスクなことになると思うよ、ジネットちゃん……」


 喜ぶジネットとは対照的に、エステラは少し引き気味だ。


「……インテリア」

「それはよいです! お店に飾ればお客さんきっとわんさか来てくれるです!」


 おいこら、マグダにロレッタ。こんなもん店に飾ったら客が逃げちまうわ。

 蝋人形の館じゃないんだから。


「それにしても……ホンット、よく似てるッスね、この蝋像」


 俺が出かけている間に来店していたウーマロがまじまじと眺めて顔をしかめるそれは、中央広場に不法建設されていた俺の等身大蝋像だ。

 最初は木彫りかとも思ったのだが、よくよく見るとその像は蝋で出来ていた。

 少し黄みがかった色合いで、触るとつるつるしている。


「くっそ! 一体誰がこんなもんを作って放置していきやがったんだ!」


 この蝋像。重さはそれなりにあったが特に固定されていることもなく、誰かが無断で勝手に置いたものだと分かる。エステラに聞いたところ、こんな像の設置を許可したことはないらしく、誰かが勝手に作って勝手に設置したことは明白だ。


 もし犯人を見つけたら、二度とこんな頭のおかしな行為が出来ないよう脳みそがとろとろにとろけるまで振り振りシェイクしてやるっ!


「『解放の英雄』ねぇ……歴史に名を残しそうだね、ヤシロ」

「やかましい……っ!」


 この蝋像の最も醜悪なところは、像が乗る土台にでかでかと『解放の英雄』などというクソ恥ずかしい文言が刻まれていることだ。

 ……誰が英雄だ。


「さっき、ポップコーンの補充に戻ってきた妹が『英雄像』だって言ってたです」

「やめろ。英雄像なんかじゃない。蝋人形だ、こんなもんは」


 しかしよく出来ている。

 顔なんかそっくりだ。服のシワや髪の毛の躍動感まで、まるで実物をスキャンして3Dプリンターで出力したような出来栄えだ。

 ……ないよな、3Dプリンター?


「くだらないことに全力を傾けているようだな、この街の芸術家は」

「芸術家?」


 皮肉を込めた俺の言葉に、エステラが小首を傾げる。


「いや、彫刻家かなんかだろ、これだけのものを作れるのは」


 モチーフの件はともかくとして……

 技術面だけで言えば、正直、寂れた温泉街にあるようなしょぼい蝋人形館に「お前らもこれくらいは頑張れよ」と見せてやりたくなるほどのクオリティだ。

 モチーフさえまともなら、大英博物館に飾られていたって納得してしまいそうな程だ。


「もっとまともなものを彫ればいいのによ」

「これを作ったのは彫刻家かもしれないけれど、間違っても芸術家ではないよ」

「ん? なんでだよ?」

「ヤシロ……君は芸術というものを知らないのかい?」


 イラァ……

 なに、こいつのこの人を見下したような面。

 知ってるわ、芸術くらい! 散々、名画や彫刻や陶芸に触れてきたっつうの! それこそ、見分けがつかないくらいそっくりに模倣…………あ、いや。なんでもない。これは忘れてくれ。

 とにかく、俺の芸術品を見極める目は確かだ。

 ゴッホの筆のタッチだって、ミケランジェロのノミ使いだって完全に頭に入っている。精巧な偽物だって見分ける自信がある。


 その俺が言うのだ。

 この蝋像を彫ったヤツは相当な技量を持つ芸術家だと。

 俺といい勝負をする腕前だと認めてやってもいいレベルだ。


「そうッスよヤシロさん。こんなに似てると気持ち悪いッスよ」

「気持ち悪い言うな!」

「いや、モデルがじゃないッスよ!? ……この像は、似過ぎているッス」

「だからすごいんだろうが。写実的で繊細だ。相当なもんだぞこれは」

「ん~……なんて言えばいいッスかねぇ?」


 食堂内に変な空気が広がっていく。

 なんだよ? 俺、そんな変なこと言ってるか?


 ジネットに視線を向けると、ジネットは慌てた様子で両手をぱたぱたと振った。


「あ、あの、わたしは芸術とかよく分かりませんので、説明を求められても困りますよ」


 まぁ、この食堂には絵画の一つもないからな。


「……芸術とは、もっと訳の分からないもの」


 キリッとした表情でマグダが俺を見上げる。

 耳がピーンと立ち、マグダ流のドヤ顔を炸裂させている。……まぁ、半眼で無表情なんだけども。


「まぁ、訳が分かんない芸術とかもあるけどさぁ……」


 キュビスムとかな。

「分からないのが芸術」って意見は分からないではない。

 が、「分かりやすい芸術」もあるだろうが。


「しょうがないな。ヤシロ、これからボクの家に来ないかい? 本物の芸術ってやつを見せてあげるよ」


 エステラから、そんなお誘いの言葉がかけられる。

 なぁにが、「本物の芸術」だ。


「いや、俺は別に……」

「……(下水の件で、少し話したいこともあるし)」


 誘いを断ろうとしたところ、すすっと近寄ってきたエステラが耳元でそんなことを囁いた。

 ……そういう意図があるなら最初からそう言え。


「分かった。芸術に触れておくのも後学のためになるだろう。拝見しに行こうか」

「そう来なくっちゃ」


 エステラは満足そうに微笑んで、出発の準備を始める。

 ジネットに預けておいた外套を受け取り肩に羽織る。


 俺がここに来たのが四月で、雨季関連のドタバタがあったのが五月から六月。

 その時期がちょうど日本の梅雨と被っていたもんで、梅雨が明ければ夏が来るものだとばかり思っていたのだが、この街に夏は来なかった。

 今現在、この街は九月に突入している。だが、気候は春のような陽気だ。少し曇るだけで肌寒く感じる。花見の時期に薄着をしてきてしまった時のような、もう一枚上着が欲しくなるような気候だ。

 この街は、常春のようだ。

 過ごしやすいといえば、まぁ過ごしやすいのだが……それでもやっぱり、ちょっとくらい夏の暑過ぎる日差しを感じたかったぜ。やっぱりメリハリって大切だよな。


 どうやら、日本でいうところの四季的な気候の変化はないらしい。たまに雨季や乾季が訪れたり、一時的に暑かったり寒かったりはするそうだが。

 そのせいだろうか……この街にはイベントが少ない。


 夏だ! 海だ! ――とか。

 秋だ! 焼き芋だ! ――とか。

 クリスマスだ! リア充爆発しろ! ――とか。

 そういう季節ごとの楽しみというものがないのだ。

 それには、然しもの俺も物足りなさを感じている。


 なんか、俺がイベントを企画しようかな?

 イベントの時期はそれに関連する食い物が飛ぶように売れるからな。

 クリスマスのケーキとか、バレンタインのチョコレートとか、ハロウィンのカボチャとかな。


「お待たせ。行こうか」


 短めで、明るい色合いの外套を羽織ったエステラが戻ってくる。

 今日は曇っていて少し肌寒い。

 ……こんな日はコーンスープとかがあれば売れるかもしれないなぁ……


「またお金のことを考えてるのかい?」

「それが俺の生きがいだからな」

「なら、少しボクにも知恵を貸してもらいたいね。……下水工事の費用を捻出して、かなりの財政難なんだよね」

「外食を控えろ」

「それは断る。……前にも言ったと思うけど、ウチで出てくるご飯はあまり美味しくないんだ」

「なら、ジネットを雇ったらどうだ?」

「それは魅力的な提案だね」


 名案だとばかりに目をくりっとさせて俺を見るエステラだったが、すぐに物悲しい笑みを浮かべて首を振る。


「けど、無理だろうね。ジネットちゃんは陽だまり亭を離れたりはしない」

「まぁ、そうだろうな」


 陽だまり亭にこだわり続けているジネット。

 あいつは、これから先もここで食堂を続けるのだろう。それが、あいつの生きる意味なのだから。


「じゃあ、ちょっと行ってくる」

「はい。お気を付けて」


 クロークを整理していたジネットがこちらに駆けてきて見送りをしてくれる。

 マグダとロレッタ、あとウーマロはいまだに俺の蝋像を眺めてあれやこれやと話している。

 ……ってこら、ウーマロ。俺の頭を叩いてんじゃねぇよ。あまりに似過ぎてるからちょっとイラッてしちまうぞ、それ。


 あの蝋像は溶かしてロウソクにでもしてしまおう。

 あれだけあればしばらく明かりに困ることもないだろう。


 最悪な現状をポジティブに活用することにして、俺はエステラの家――領主の館へと向かった。







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