異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

65話 発光 -1-

公開日時: 2020年12月3日(木) 20:01
文字数:2,543

 日は完全に落ち、辺りは真っ暗だ。

 だというのに、『ソイツ』の体がぼんやりと明るく光を放っている。

 そして、その光の中に真っ黒い影のようなものが佇んで、こちらをジッと見ているのだ…………


「ロ、ロレッタ、逃げるぞ!」

「ダ、ダメです! こ、ここ、腰が抜けて…………立てないですっ!」

「お前、怖いの大丈夫なんじゃないのかよ!?」

「実際は出てこないから余裕かましてただけですぅ! 怖いですぅ! ぅえ~ん、おにぃ~ちゃ~ん!」

「あぁ、もう!」


 俺は地面にへたり込むロレッタに駆け寄り、担ぎ上げる。……が、完全に腰が抜けているのかロレッタは立ち上がることすら出来ない。……おんぶでもしなければ動かせないか。


 すぐそこに幽霊がいるってのに…………一秒でも早く逃げ出したいのに!


「よし、ロレッタ! 明日迎えに来てやる!」

「嫌ですぅ! 置いてかないでほしいですぅ! 呪うですよ!? 末代まで祟り尽くすですよ!?」


 それはそれで怖い!


「じゃあ背中に飛び乗れ!」

「無理ですぅ!」

「えぇい、くそ!」


 ロレッタに背を向け、腕を乱暴に引っ張り背中に担ごうと試みるも……


「いたたたた! 痛いですっ! 腕が抜けるです!」

「ちょっとは腰を浮かせて、自分でおぶさってこいよ!」

「足に力が入らないですよぉ!」

「……手、貸しましょうか?」

「すまん! 頼む!」

「……じゃあ、掴まって」

「はぅぅ……ありがとうです、見ず知らずの方」

「……いいえ、これくらい」


 親切な人の手助けもあり、なんとかロレッタを背負うことが出来た。

 よし、これであとはダッシュで逃げる…………だ……け………………


「……ん?」

「……へ?」

「……はい?」


 俺は違和感を覚え、背後を振り返る。

 ロレッタも同じく違和感を覚えていたのか、まったく同時に振り返っていた。


「……どうか、されましたか?」


 そこには、淡い光の中からこちらをジッと見つめてくる黒い影が…………


「「ぎゃぁぁああああっ!?」」

「きゃあっ!? な、なんですか……?」

「「ゆーれーーーーーぃ!」」

「ぇえっ!? ど、どこ!? どこですか!?」

「「お前だっ!」」

「わ、私、幽霊だったんですかっ!?」


 自覚なしかよ!?


「南無阿弥陀仏っ!」

「ひっ!? な、なんですか!? なんの呪文ですか!?」

「お前を天界へ返す!」

「ま、魔法使いなんですか、英雄様っ!?」


 ん?

 英雄様……?


「あ、あの……あなたは英雄様ですよね?」

「いや、ただの食堂従業員だが?」

「いいえ! あなたは英雄様なんです。神様がこの世界に贈られた尊いお方なのです。私には分かります。高貴な魂を感じます。えぇ、魂の輝きが全然違いますもの!」


 ……な、なんだこの幽霊?

 変な宗教の勧誘でもやってるのか?


「お兄ちゃん…………この人、幽霊じゃないです…………よね?」

「あ…………ふむ、言われてみれば…………」


 俺は、黒い服に身を包んだ、ぼんやりと輝く女をまじまじと観察する。

 黒い服に黒いケープを羽織り、頭には鍔の大きな黒い帽子を被っている。

 そして、幽霊であるかどうかを確認するために、視線をスーッと下げていく。


「…………あるな」

「こんな時までおっぱいの話ですかっ!?」

「きゃあ!」


 幽霊が胸を隠して悲鳴を上げる。

 ロレッタ、お前のせいで俺は幽霊にまで変質者扱いを受けてしまったぞ。


「胸じゃなくて、足だ! 足があるって言ったんだよ」

「……足? 足なら、この通り…………」


 少し涙目になった幽霊が、恐る恐る自分の足を前に出す。俺たちに見せつけるように。

 足首のキュッと締まった細い足だ。ふくらはぎの膨らみが男心をくすぐる。


「お兄ちゃん、足もイケる口ですか?」

「お前、マジでレジーナとの接触禁止な」


 海漁ギルドの脚フェチ半魚人と同列に扱うな。不愉快だ。


「俺の国では、幽霊には足がないとされている。この人は足があるから、幽霊ではないという証拠だ」

「あの……幽霊って、もしかして、私のこと……なんですか?」


 幽霊が……いや、幽霊もどきが驚いたような表情で尋ねてくる。

 驚いているのだから、きっと幽霊ではないのだろう。


「こんな夜に、全身をぼんやり光らせてりゃ、幽霊だと思われてもしょうがないだろう」

「あ、この光ですか……なるほど納得です」


 合点がいったとばかりに首肯し、照れくさそうな笑みを零す幽霊もどき。

 こうやって真正面から見てみると、割と可愛い顔をしている。年齢はジネットやエステラより上だろう。落ち着いた雰囲気がある。たぶん二十代中頃だ。


 こんな時間にこんな場所へ来る用事など、普通の人間にはないだろう。

 となれば、こいつはこの近辺に住んでいると考えるのが自然だ。

 この近辺に住んでいて、俺を『英雄』などと呼び、尚且つ年齢もそのあたりだということは……


「お前が、セロンの幼馴染で花の研究をしている女か」

「は、はい。そうです……けど、よく分かりましたね?」

「まぁ、情報はいくらかあったからな」

「…………『ホタルイカみたいな女だ』とか、言っていましたか?」

「いや、言ってなかったけど」


 なんだか急激に落ち込む幽霊もどき。

 ちょっとネガティブなのかもしれないな。

 しかしホタルイカか…………自分のことをよく分かっているじゃないか。もはやホタルイカにしか見えなくなってきた。


「ホタルイカ人族なのか?」

「違いますっ」


 真顔で否定された。

 ちょっとイラッてしているようにも見える。

 ……お前だからな、ホタルイカとか言い出したの。


「私は、ウェンディ・エーブリー。花の研究をしている科学者です」


 ウェンディと名乗った女は、黒いスカートの裾を軽く摘まみ、優雅な礼をしてみせる。

 こういう挨拶がきちんと出来るあたり、適切に年齢を重ねているのだと分かる。


「あたしロレッタです! よろしくです!」


 俺の背におぶさり、腕を「ピーン!」と伸ばして、声のボリュームも考えずに全力で名乗るロレッタ。……こいつにも、一度礼儀作法というものを叩き込んでやらねばいけないな。


「よろしくお願いします。ロレッタさん、そして、英雄様」

「それやめてくれるか? ヤシロでいい」

「そんな! 英雄様を呼び捨てにするだなんて!」

「だから英雄って呼ぶなってのに!」

「でも……英雄像が立てられるほどの偉い方ですのに……」

「あぁ、その件はもう決着がついたんだ」


 像を無断で建てたバカはきっちりシメておいた。

 しばらくはアゴで使ってやるつもりだ。


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