異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

無添加17話 『綺麗』へのアプローチ -5-

公開日時: 2021年3月29日(月) 20:01
文字数:3,618

「上々の感触だね」

 

 テラスでお茶飲みモデルをしていたエステラだったが、食事が始まると同時にお役御免となり、俺たち裏方のところへと戻ってきていた。

 さすがというか、見られることに関して抵抗はないようだ。

 一方のバルバラはというと……

 

「……は…………はずかしいっ!」

 

 いちいち注目されるのが耐えられないようで、OKが出るや否や厨房へと逃げ込んでいた。

 現在もカウンターの陰に身を隠して丸まっている。

 

「綺麗だぞ、バルバラ」

「うゅっ、うっさい! なんでアーシがこんなこと…………うぅぅう、約束を破ったのはアーシだから……悪いのはアーシか…………くそぉぉおお!」

 

 なんだか身悶えていた。

 こいつ、面白いな。

 

「いじめないの」

 

 ぽかりと、エステラの裏拳が俺のこめかみを叩く。

 だって、面白いんだぞ。なんか「うにゅうにゅ」言ってるし。

 

「ヤシロさん。そろそろメインのお料理を出しますね」

「おう。頼む」

 

 ジネットが活き活きとした顔で厨房へ入っていく。

 どこにいても厨房が好きなヤツだ。

 

 野菜のフルコース、なんて言うと野菜ばかりでは飽きてしまうと思われがちだが、料理の仕方によって野菜はきちんとメインを張れる存在感を発揮してくれる。

 見た目に美しく、味も申し分なく、何より食べることに喜びを見出せるもの。

 食事の時間が幸福となり満足感を十二分に与えてくれるもの。

 

 そんなものを目指して俺が提案した料理が、これだ。

 

「お待たせしました。野菜のオイルフォンデュです」

 

 小さな陶器の器に軽やかな香りを放つオリーブオイルが入り、五徳のような台座の上で熱を放っている。

 陶器の下には以前ベッコに教えてやった『火力の強いろうそく』が置いてあり、オリーブオイルを熱している。

 

 鉄の串に一口サイズにカットした野菜を刺して、数秒オリーブオイルの中へとくぐらせる。

 それだけで、野菜の色が一層鮮やかになり、食卓が華やいで見えるようになる。

 さらに、熱を通すことで野菜は甘みを増す。

 素揚げなので気になるカロリーも抑えられる。

 

 そして、数種類用意したディップソースが飽きの来ない食事を満喫させてくれる。

 

 用意したのは豆板醤を使用したピリ辛の味噌ダレ、ネフェリーのとこの新鮮な卵とオリーブオイルで作ったなんちゃってマヨネーズに刻みわさびを混ぜ込んだわさびマヨ、カレー風味のソースに、柚子胡椒、そしてゴマダレを用意した。

 

 バーニャカウダーにしようかとも思ったのだが、「一度にいろいろ味わえる」という楽しみを追加することで女性たちが食いついてくれるのではないかとオイルフォンデュにしてみたのだ。どうやら目論見はまんまと成功したようだな。

 

「ジネット。そろそろ、野菜の情報を教えてやってくれ」

「はい」

 

 ジネットは料理の話をする時は本当に楽しそうな顔をする。

 だから、料理の説明を頼んでおいた。

 オシナはそういうのが苦手らしいので……まぁ、ジネットとは違った意味でぽや~んとしたヤツだからな……一番知識のあるジネットにやってもらおうというわけだ。

 

 別の目論見も、あるんだけどな……にやり。

 

「お野菜はとても体によく、バランスよく、たくさん食べることで健康にもなれるんです。そればかりか、たくさん食べてもお肉を食べるよりもカロリーが低く、太りにくいんです」

 

 ジネットの説明を、「ほぉ~」とか「へぇ~」なんて感心しながら聞き入る女性たち。

 目の前には大量の野菜が置かれているが、それを全部食べたところで大したカロリーになりはしない。

 食べたという満足感は存分に味わいながらも、翌日の「食べ過ぎた……」という後悔は少ない。そんな夢のような料理なのだ、今ここに並んでいるのは。

 

「もっとも、どんなお料理も食べ過ぎはダメですけどね」

 

 そんな冗談を言って、参加者と一緒に笑うジネット。

 参加者の女性たちも随分と表情が柔らかくなっている。

 

「トマトに含まれるリコピンには、強い抗酸化作用があり血液をさらさらにしてくれるんです。そればかりか、乾燥肌やシワといったお肌のトラブルから守ってくれるんです。さらに、お肌の肌理も細かくなるんです」

 

 俺が教えてやった蘊蓄を参加者の前で披露するジネット。

 リコピンは老化の原因となる活性酸素を除去する力が、ビタミンEの百倍あると言われている。また真皮層を傷付ける紫外線から肌を守り、コラーゲンの減少を抑えてくれることから、シワの出来にくいぷるぷる肌理細やかお肌を維持してくれるのだ。

 

 そういう知識を身に付けることで「野菜を食べると綺麗になれる」という漠然とした認識が広がってくれる。

 漠然とした知識でいい。

 その「なんとなくいいかも」くらいの感情が、知的好奇心をくすぐり、「知る」という快感と共に頑張ろうとする意欲を女性たちに与えてくれる。

 

「それから、お味噌や醤油の原料でもある大豆なのですが」

 

 ここで、俺が「これだけは絶対に言ってくれ」と強くお願いしておいた蘊蓄の披露が始まる。

「そういう需要は多いから」と納得させるのに苦労したが――

 

「その大豆に含まれるイソフラボンという成分は……あの……胸を大きくすると言われているんです」

「「「ごくり……」」」

 

 ――やっぱり、効果絶大!

 

 デリアのプロポーションと同じく、ジネットの爆乳とイソフラボンの間には因果関係は存在しない。

 だが、ここにいる女性たちにはその事実は知られていない。

 だから、単純に信じてしまうのだ。

 

「イソフラボンで……あんな爆乳に!?」と――

 

 女性たちの視線がとある一点に釘付けになっている。

 うんうん。分かるぞ、その気持ち。俺もしょっちゅう釘付けになってるもんな。

 

 さて、こうしてちょっとした知識と、チョットした希望を参加者に与えたところで、とっておきのサプライズを提供する。

 この企画の成功を大きく左右する……いや、成功を決定づけるサプライズを。

 

「お~い、入ってきてくれ」

 

 俺の呼びかけに、厨房からオシナ、そしてメドラとハビエルが出てくる。

 突然現れたデカい二人に、女性たちは言葉をなくす。……まぁ、そう怖がるな。

 

「ご存じ、狩猟ギルドのギルド長メドラと、もう一つの大ギルド木こりギルドのギルド長ハビエルだ。特別ゲストとして忙しい中来てもらったんだ」

 

 四十一区なので、メドラの知名度は言うまでもない。が、ハビエルの方はやはりメドラより落ちるだろうと気を利かせてのこの紹介だ。

 女性たちが戸惑いながらも拍手を送る。

 

「実は、メドラはこの店の常連なんだ」

 

 という俺の情報に、女性客から驚きの声が上がる。

 こんな肉っ気のない料理を出す店に、筋肉の代名詞とも言えるメドラが足しげく通っている。それは驚愕の事実だろう。

 

「アタシはここの料理が好きでね。外食はここ以外ではほとんどとらない。アタシの体には、この店の料理が一番合うのさ」

 

 四十一区を支えている大黒柱の知られざる一面に、女性たちは息を漏らすばかりだった。

 

「オールブルーム最強と誉れ高いハビエルとメドラだが、そのメドラは野菜のパワーでその強さを保っているんだ。ハビエルと比べても、まるで遜色ないだろう?」

 

 言って、二人の体を指し示す。

 ハビエルには悪いが、比較対象になってもらう。肉を食わなくてもこれだけの体が維持できる――もっと言えば、野菜は肉にも負けない栄養素の塊なんだ、ということを知ってもらうためのサンプルだ。

 もっとも、筋肉をつけたいなら肉を食うことをお勧めするが、ここの女子たちはハビエルのようなムキムキになりたいわけではないので「野菜はすごい!」ということだけ伝わればそれでいい。

 

「それに、二人は近しい年齢なんだが……メドラの方が若々しくて肌も綺麗だろう?」

 

 ハビエルには事前に企画内容を伝えてある。

 比較して少し下げることになるが、そこは「イメルダがめっちゃ好きそうなオシャレな店を教える」というエサで了承を得てある。

 それに、ハビエルはあれでなかなか紳士だから、女性を立てることに関して不平を言ったりはしない。……その相手がたとえメドラでもだ。

 そう、それはジェントルマンの証。

 ……だから、メドラが「きゃっ! ダーリンに綺麗って言われちゃった☆ これってプロポーズ!?」とか宣っているのは見ない聞かない感知しない。

 

「さらに驚くことに――」

 

 と、ここで比較対象になってもらう『二人』に、「悪いな」と視線を送っておく。

 ハビエルはもちろん、メドラも「気にするな」という視線をくれた。なので、本日一番の仰天的事実を投下する。

 

 

「この店のオーナー、オシナはメドラと同じ歳だ」

「「「「えぇぇええええええええええええええええええ!?」」」」

 

 そうだろそうだろ、びっくりするだろう。

 どう見ても二十歳くらい若いんだもんな、オシナ。

 

 そして、イソフラボンと同様、今この場にいる女性たちはこう思うわけだ。

 

 

「この店に通えば、何年経ってもあの若さを保てるかもしれない!」と――

 

 

 デザートのニンジンパンケーキを食べる頃には、参加者の目は輝かしい未来をぎらついた目で見据えていた。

「私も、絶対きれいになってやる!」ってな。

 

 

 

 

 

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