「わたしはわたしらしく、楽しくお料理してきます」
「店長さんはそれが一番いいです!」
「……うむ。店長は普段どおりが一番きれい」
「うふふ。ありがとうございます」
普段通りが、とこいつらは言うが……
ジネットはメイクして磨き上げれば際限なく化けるんだけどな。…………とはいえ、料理をするのに化粧ばっちり、髪型盛り盛りはそぐわない。
やっぱ、いつもどおりが一番か。
「ジネット」
「はい?」
「頑張れよ」
「はいっ!」
まっ、この笑顔があれば、オシナの色香も弾き飛ばせるかもしれないしな。
「マグダとロレッタもしっかりな。四十一区の連中に『陽だまり亭は美少女揃いだ』ってことろを見せつけてやれ」
「……むろん。もとよりそのつもり」
「あたしも頑張るです! チーム戦があれば間違いなく総合優勝できるですのに、それだけが悔やまれるです!」
ミスコンの日が近付いて、ここ最近ずっと陽だまり亭で強化合宿を行っているロレッタとマグダは気合い十分だ。
たまにパウラやネフェリーが、バルバラはほぼ毎日合宿に参加して、互いの美を競い合っている。
……つっても、「こっちの髪型の方が可愛くない?」とか「この服可愛い~!」とか「そのメイクどうやるの?」とか、普通の女子会、パジャマパーティーみたいな内容だけどな。
「ごめんください。ジネットはいますか?」
「はぁ~い。あ、シスター」
ベルティーナが、カゴを腕にぶら下げてやって来た。
「ハムっこさんたちが『お肌にいいから』と果樹園で取れたみかんを持ってきてくださったんです。ですのでお裾分けに」
「まぁ、美味しそうなみかんですね」
「はい。コンテストに参加するみなさんで、分けてください」
「ありがとうございます。では、バルバラさんたちにもお渡ししておきますね」
にこにことみかんをやり取りして、ジネットがベルティーナに席を進める。
「是非、お茶を飲んでいってください」
「では、お言葉に甘えて」
みかんと一緒に厨房へ消えたジネット。
あのみかん、何かの料理に変わるのだろうか。そのままかな。
「ところで、ベルティーナは参加しないのか?」
「私は遠慮しておきます。競い合うことは、あまり向いていませんので」
「え~、それは残念ですねぇ。シスターなら、自然体で優勝候補ですのに」
「……ロレッタ。『シルバー部門なら敵はいない』とか、失礼」
「いっ、言ってないですよ、そんなこと!? そんな意味じゃないですからね!?」
「うふふ。もう。悪い冗談ですよ、マグダさん」
「……反省」
いいなぁ。
マグダは叱られるのも手加減されてんだな。
俺が言ったら…………ゾクリ……
「ヤシロさん。今、何を考えていました?」
ほらほらぁ、その目!
俺、なんにも言ってないのにぃ!
「教会のガキどもは何人か参加するんだろ?」
「はい。お子様の部に。私はその応援に行くくらいですね」
「じゃあ気を付けろよ」
「気を付ける……ですか?」
「ベルティーナくらいの美人になると、エントリーしてなくても票が集まって優勝しちまうことがあるから、あんまり舞台には近付かないことだ」
「みゅっ……!?」
目を丸くして、そしてそっと両手で耳を隠す。
「お世辞だと分っていても、面と向かってそういうこと言われると照れるので、……自重してください」
視線を逸らしたまま言うベルティーナ。指の間から見えた耳はほんのり赤く染まっていた。
「シスターに一票!」
「……悔しいが、抗えない。マグダも一票」
「も、もう! やめてください。私はコンテストには出ませんってば」
ぱたぱた手を振るベルティーナ。わぁ、可愛い~。あれがわざとじゃないんだからなぁ。
エルフって、汚れが絶対につかないコーティングでもされてるんだろうな、体にも心にも。
ジネットがお茶とお茶請けを持って戻ってくる。ジネットを見てベルティーナの照れも落ち着いたようだ。
照れを凌駕する食欲。さすがだね、ベルティーナ。
「みなさんのことも、ちゃんと応援しますから頑張ってくださいね」
「はいです! ありがとうです、シスター!」
「……見ていてほしい、マグダの勇姿を」
「わたしは、美味しいご飯を作ってきますね」
「ジネット、応援していますからね!」
熱がこもっているのは、娘贔屓ゆえか……いや、飯だな。
「そうです! ウーマロさんにお願いして、ここに大きな棚を作ってもらうです! それで、みんなで持ち帰ったトロフィーをズラズラーっと並べるです!」
「いや、取ってから考えろよ」
「こういうのは意気込みが大切なんです! 棚を作ったのにトロフィーが取れないと恥ずかしいです! だから必死に努力するです! 精神論です!」
だから、精神論でどうこうなるもんじゃないだろうが、ミスコンって……
「…………壁一面……では、足りない、か?」
「どんだけ持ち帰るつもりだ、マグダ?」
お前は何部門総なめにする予定なんだよ。
「店長さんも、意気込みが大事ですよ! ここにトロフィーを飾るですよ!」
「え? あの? ……せ、精一杯頑張ります!」
「……陽だまり~ふぁいっ」
「えっ!? それなんですマグダっちょ!? 打ち合せしてないこと急にしないでです!」
「え、えっと、お、おぉー! ……これでいいんでしょうか?」
「うふふ。楽しみですね、ヤシロさん」
ぐだぐだな陽だまり三人娘を眺めて、ベルティーナが肩を揺らす。
俺は、張り切り過ぎている有様にちょっと苦笑いだけどな。
あいつらなら予選くらい余裕で、最終審査が勝負どころか……なんて思っちまうのは、果たして身内贔屓なのだろうか。
俺が参加するわけでもなければ、四十二区のイベントでもないのでもっと気楽に構えていられると思ったのだが……結局、本番当日まで何かとはらはらと妙な緊張感に包まれて過ごしてしまった。
街の空気にあてられちまったんだろうな、うん。きっとそうだ。
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