大通りを戻り、街道へと足を踏み入れる。
陽だまり亭を越えてもう少し進むと、道の途中にトウモロコシ農家への小道が現れる。
しっかりと踏み固められた頑丈な道だ。
かつてのように草が生い茂って見落としてしまうことなどあり得ない、立派な道が出来ている。
ここを頻繁に、大量のトウモロコシとトウモロコシ粉を積んだ荷車が行き来しているからな。
カンタルチカとのコラボをやった辺りからタコスの認知度が上がり、今ではタコスを取り扱う酒場が増えている。それに比例してトルティーヤの原料となるトウモロコシ粉の消費量も増えているのだ。
ヤップロックの取引先は、最早陽だまり亭だけではないのだ。
そういや、久しく顔を見ていないな、ヤップロック。
取引は行商ギルドを介して行っているし、こっちの方に来ることも滅多にない。
ヤップロックはヤップロックで、需要が増えたことで忙しくしているようだし。
便りがないのは元気な証拠と、あまり気にはかけていなかったのだが。
まさか、久しぶりに来るのがこんな用事だとはな。
「……あ~ぁ。これはまた」
トウモロコシ畑の一角が荒らされていた。
トウモロコシ収穫の知識を一切持たない者が乱暴に強奪しようとした痕跡がはっきりと残る荒らされようだ。
根っこから引っこ抜かれ置き去りにされた茎や、ナイフのようなもので強引に切断しようとしたずたずたのトウモロコシがそこかしこに転がっている。
もっと簡単に取れるのに……
被害を目の当たりにし、金の成る木が伐採されたような、なんともやりきれない気持ちが胸に広がる。
とりあえず話を聞こうと、多少小綺麗に改修されたヤップロックの家へと向かう。
金は入ったはずなのに、贅沢をしないヤップロック一家。家の規模もそれほど大きく変わっていない。
息子と娘――トットとシェリルのための部屋を増築したと聞いたが、それ以外は古くなった床や屋根を改修した程度らしい。
あいつは、子供のためにしか金を使わないんだから……
「ん?」
家の前まで来ると、庭でシェリルが遊んでいた。
「お~い、シェリル!」
「あ~! やちろー!」
両手をバンザイして駆けてくるシェリル。
オモチャはいまだに乾燥したポップコーンのようだ。お気に入りなんだな。……それ、ちゃんとすれば金になるんだけどなぁ……贅沢なオモチャだ。
「やちろ、げんき?」
「おう。元気だぞ。シェリルはどうだ?」
「たのしー!」
そうかそうか。
元気かどうかを聞いたんだけどなぁ。もうちょっとお勉強しような。このままだとロレッタコースまっしぐらになっちゃうぞ~。
「ヤップロックはいるか?」
「もういらないよ?」
「あぁ、うん。一人いりゃ十分だよな。そっちの『必要か?』じゃなくてな、家にいるか?」
「いなーい!」
乾燥したポップコーンで俺の内太ももをぺしぺし叩きながらシェリルが教えてくれる。……お前の持ってるそれな、食い物であって鈍器じゃねぇんだわ。覚えとけな。
「どこに行ったか分かるか?」
「ん~っとねぇ……」
小首を傾げて、カッチカチのポップコーン(最早武器)で俺の腹をぐりぐりしてくるシェリル。
あはは、シェリル~。そろそろ手が出るぞ~?
「かんごくー!」
「監獄!?」
「うん! おとーしゃん、どろぼーしゃん!」
ヤップロックが、泥棒をして監獄に!?
…………じゃなくて、強盗が捕まっているって牢屋に行ってるんだろうな。
事情聴取とかかもしれないな。
ってことは、エステラのところに行けばいいのか。
「ありがとうな、シェリル」
「やちろ、かえる?」
「あぁ。もし寂しいんなら、教会に遊びに行ってこいよ。遊具も出来たし、友達いっぱいいて楽しいぞ」
「うんー! おとーしゃんがじょーじょーしゃくりょーでかりしゅっしょできたらきいてみるねー!」
「ちょっと待って! どういう会話の流れでそういう言葉覚えたんだ!? え? 本当に捕まってるわけじゃないよな、ヤップロック!?」
「もはんしゅー!」
「ごめん、シェリル! なんか不安になってきたから、俺もう行くな!」
「うんー! ばいばーい、やちろー!」
違う。
きっと何かの会話の中の単語を意味も分からず覚えてマネしているだけだ。
そう言い聞かせようとしても、俺の中の不安がむくむく膨れあがっていく。
絶対大丈夫だと思うけど、ヤップロック、今会いに行くからな!
そんなことはないと思いつつも、俺は割と全速力でエステラの館を目指した。
「おぉ、英雄様! ご無沙汰をしております」
「…………だよな。そうだとは、思っていたぜはぁぜひぃぜぇぜぇ……」
「ヤシロ……大丈夫かい?」
エステラの館へ行くと、庭にヤップロックとエステラがいて、俺は分かっていたことなのに妙に安心して地べたへと寝転がってしまった。
……あぁ、もう死ぬ。心臓痛過ぎて死ぬ。
「……ヤップロックを道連れにしてやりてぇ……」
「あ、あの!? 私が何かお気に障ることでも致しましたでしょうか!?」
「大丈夫だよ。きっと因果が巡った結果だよ。要するに、気にするようなことじゃないよ」
アホめ、エステラ。
『子の因果が親に巡り』って言葉があってだな…………逆か?
「お前の家に行ってきた」
「それは、またご足労をおかけいたしました」
「庭でシェリルに会ったんだが、不安を煽るようなこと言われてな、ちょっと焦ったぞ」
「シェリルが、ですか?」
「それはまた、失礼を……」と頭を下げるヤップロック。
しかし、その後に小首を傾げる。
「家には妻のウエラーと息子のトットもいたはずなのですが……」
……そういえば、家までたどり着く前にこっち来ちゃった!?
家に入ってればウエラーに正確な情報聞けたのかよ!? とちったぁー!
「いるならいると、事前に知らせといてくれ……」
「も、申し訳ございません!」
「いや、ヤップロック。これはただの八つ当たりだから謝る必要は一切無いよ」
エステラの言い分にも一理くらいはある。しょうがない。この話はもうやめてやる。
だから、にやにやした顔で俺の顔を覗き込んでくるな、エステラ。
「で、ヤップロックはここで何をしてるんだ? 損害賠償の話し合いか?」
「あ、いえ。そういうことではないのですが……少し、気になることがありまして」
そう言ってエステラに視線を向ける。
視線を向けられたエステラも困り顔だ。
「エステラの抉れ具合を危惧しているなら、残念ながら……」
「真面目な話をする気がないなら帰りたまえよ、ヤシロ」
「では真面目に、エステラの抉れ具合は危険な水準に……」
「帰れ!」
俺のクビを締めようとしてくるエステラ。
お前、その中指の形、確実に気管潰すつもりじゃねぇか!? 冗談でやる破壊力は越えるな。な?
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