「正直、意外だったよ」
狩猟ギルドを出ると、エステラが俺に話しかけてきた。
「あぁ。角まで売れるとはな……なら、毛皮も持って帰ってくればよかった」
暴走マグダに引き裂かれて切れっ端になっていたが、10Rbくらいにはなったかもしれん。
「そうじゃない。君のことだよ」
「俺?」
エステラは俺に歩調を合わせ、ゆっくりとした口調で言う。
「てっきり、無茶な要求を吹っかけると思っていた。あの小さな塊で一頭分を要求するとかね」
「それをやって得られる利益は今回限りだろ」
相手に警戒心を与えると、こちらが不利になる案件をどんどんぶつけてくるようになる。
最悪の場合、マグダが狩りに出た時は臨時休業とか、そういう手段に出られる可能性もあるのだ。肉なんて、そう日持ちしないしな。
大損するくらいなら、死なばもろともで……なんて、冗談じゃない。
それに、とち狂ってマグダ暗殺、なんてことにならないとも言い切れない。
刺激は適度が一番。爆発はさせるべきではない。
「おかげで、ジネットちゃんは大喜びみたいだけどね」
エステラが、先を行くジネットに視線を向ける。
ジネットはマグダと手を繋いで、嬉しそうに何かを話しかけている。
ぼさぼさの髪を撫で、にこにことした笑みを向ける。
マグダは無表情ながらも、耳がピクピクと動き、尻尾もピンと立っている。たしか、ネコの尻尾は機嫌がいいと立つんだったよな。どうやらマグダはご満悦のようだ。
……てことは、ネコ科の美少女にスカートを穿かせれば…………
「だいたい何を考えているのか想像はつくけれど、尻尾のある獣人族はスカートの下に見えてもいい短パンやアンダースコートを穿いているよ」
「邪道か!?」
「外道なら、ボクの目の前にいるけどね」
なんだその「うまいこと言いました」みたいな得意顔は。イラってするな。
「それにしても、場当たり的な発言をするヤツが多過ぎるんじゃないか?」
「というと?」
「ジネットは言わずもがなだが、農家のモーマットも『なんでも言ってくれ』とか言うし、川漁ギルドのデリアは短絡的思考で俺たちを魚泥棒と決めつけた。そして、狩猟ギルドのウッセは、明らかに嘘と分かる見苦しい言い訳を重ねた。どいつもこいつも、俺がその気になればカエルに出来ると思うんだが?」
「あぁ、なるほど」
エステラは、俺が言いたいことを理解したのか鷹揚に頷いてみせた。
「四十二区の住人のおおらかな心が表れていると言える事案だね」
「フォローが苦しくて逆にバカにしているようにしか聞こえんぞ」
「そんなことはないさ。ジネットちゃんなんか、愛すべき存在だろ?」
「愛すべきね……」
ジネットを愛したりしたら、そこから先の人生気苦労が絶えなそうだ。
ドMにおすすめだね。見せかけのMじゃなく、真性のドMに。それこそ、人生を棒に振ってみたいとかいう無謀な願望を持っているようなヤツに。
「もっとも、ジネットちゃんが愛される要因は他にもたくさんあるけどね」
「あぁ、おっぱいだろ。お前も好きだなぁ」
「それは君だよ! ……まったく、口を開けばおっぱいおっぱいと……」
エステラが腹立たしげに腕を組む。
しかし俺は知っている。その行為が、薄い胸を隠すためのものだと。
「『なんでもする』なんて言葉は、誰もが冗談だと分かりきっているものだろ?」
「それを悪用できるのが『精霊の審判』だろ?」
「悪用って……」
「実際そうじゃねぇか。いいように使われ過ぎだろ、この魔法。脅しや復讐以外に使われたことあんのか?」
「そう言われると……、調べてみないことには……」
まぁ、あったとしても数は少ないだろう。
ルールなんてのは、遵守するヤツが窮屈な思いをして、悪用するヤツが大儲けをするようになってしまうのだ。時間が経てば経つほどにな。
「やっぱり危険だよな。ジネットみたいなヤツは、特に」
「彼女は彼女なりに考えているようだよ」
「お前は目も悪いのか?」
「……他にどこが悪いと思っているのか、参考までに聞かせてもらいたいんだが?」
ジネットが考えているように見えるなんて、視力が無いのではないかと疑うレベルだ。
あいつは、目の前に飛んできたものを「良い」「悪い」だけで判断しているようなヤツだ。そして、「悪い」を選択することは滅多にない。
「君は意外と心配性なんだね?」
「慎重なんだよ」
バカを見たくないからな。
「ジネットちゃんは、確かに危ういところは多々あるけれど、それでも、気心の知れた人の前でなければ『なんでもする』なんて発言はしないよ。狩猟ギルドでもしなかっただろう?」
『なんでもしますから、マグダさんの手当てをさせてください』とは、確かに言っていないな。
「けど、俺の前では何度かそれっぽいことを言ってるぞ」
「だから、それは」
エステラが俺の前へと回り込み立ち止まる。
そして、俺の鼻先に人差し指を突きつけた。
「君が気心の知れる相手だということだよ」
何をドヤ顔で……
「俺に気を許してるってのは、防犯意識が著しく欠落してる証拠なんじゃないのか? なにせ俺は『危険な男』なんだろ?」
「おや? もしかして気にしていたのかな?」
厭味を言ったら、嬉しそうな顔をされてしまった。
「あれは商談を円滑に進めるための方便さ。悪意はないよ。それに……」
ここでエステラはグッと俺に近付いてくる。
すごく近い位置から俺を見上げ、会心の笑みで言う。
「ボクも、君に気を許しているからこそ出来た発言なんだけどな」
ふん。
芝居がかり過ぎて胡散臭いと思うのも面倒くさい。
「だったら、『なんでもするから』くらい言ってみやがれ」
「はは。君にそんなことを言ったら、本気で何をされるか分からないじゃないか」
そんなことを、爽やかに笑って言いやがる。
ふん。
「『脇を舐めさせろ』くらいのことしか言わねぇよ」
「その行動が、一体君にどんなメリットをもたらすと言うんだいっ!?」
エステラが両脇をギュッと締め、真っ赤な顔で俺を睨む。
その顔が見られるだけでも、俺は楽しいがな。
「そ、それにだね!」
墓穴を掘ったとでも思ったのか、エステラは速やかに話題の転換を図る。
「君の好きそうな損得勘定で考えても、誰かをカエルにすることにはデメリットの方が多い」
「そうなのか?」
「例えば商談で衝突が生じたとして、君がモーマットをカエルに変えたとしよう。単純に、メリットはあるかい?」
「そいつがモーマット個人との商談ならご破算、ギルド全体との商談でも、次の代表者と一から商談のやり直しになるか……軽い脅しになる程度だな」
「その軽い脅しと引き換えに、今後誰も君と商談をしようとはしなくなる。『あいつは人をカエルに変えるようなヤツだから口を利くな』とね。あ、シャレじゃないからね」
行商ギルドのアッスントのように脅しで使う程度が限界なのかもしれないな。
脅しまでなら、農家側は「逆らうと生活が出来なくなる」という思考が優先するが、もしモーマットがカエルにでもされようものなら「こいつとの取引は危険だ」が優先されるようになる。いつ自分がカエルにされるか分からないからな。「生活が~」などと言っていられるレベルを超えてしまうのだ。
「殺すぞ!」という脅しと一緒だな。実際に殺人を犯せばその瞬間から脅しは脅しではなくなってしまう。そして、殺人者には誰も近付かない。
確かに、一線を超えるというデメリットは大きい。
でも待てよ……
「ゴッフレードはどうなんだ?」
「ゴッフレード? って、あの取り立て屋のかい? よく知っているね」
エステラが驚いた様子で俺を見る。
「ジネットちゃんのところにいれば出会わないタイプの人種だと思うけど」
「いや、ジネットみたいなタイプこそ、ああいうのに引っかかるんじゃないのか?」
「ゴッフレードは、『厄介な客』専門の取り立て屋なんだよ」
「『厄介な』?」
「踏み倒しの常習者や……金融ギルドと敵対する人間、とか」
潰し屋みたいなものか。
ライバル企業を潰すために少々法に触れるようなやり方で絡んでくる連中だ。
地上げに応じない飲食店に強面の客が連日押しかけ店内で大喧嘩をする、みたいなのもその一種だな。
なんにせよ、最低の人種だ。
ゴッフレードはそういう類いの人間ってわけだ。
「ゴッフレードと会ったのは大通りでだ。その時ヤツは一人の男をカエルにした。衆人環視の中でな」
「それが脅しとなる稀有な職業だろうね、取り立て屋は」
己の威厳がそのまま看板になる。
ゴッフレードに睨まれた者は素直に金を払うだろう。理不尽だと感じても、無理をしてでも。カエルにされたくはないから。しかも、ギルドとの交渉と違い、こちらが拒否しても執拗に絡んでくる厄介な相手だ。
「君も、あの男には関わらない方がいいよ」
いや~……もうすでに、金儲けのために接触しちゃったんだけど…………
まぁ、今後関わらないように気を付けよう。
「ってことは、教会で『精霊の審判』をかけてきたお前を、俺は糾弾してもいいわけだな」
「ボクはそれ以上に君にかけられているけどね……」
恨みがましい目で睨んでくる。
まったく、過ぎたことをグチグチと、器と胸の小さいヤツだ。
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