「ちょ、ちょっと確認に行ってくる!」
「あ、あの、わたしは……っ?」
「店があるからな、俺一人で大丈夫だ! ナタリア、すまんがしばらくジネットのサポートをしてやってくれないか?」
「ナタリアねぇ~、美味しいケーキが食べたいなぁ~」
「好きなもん食っとけよ! 俺が奢ってやるよ!」
「申し訳ございません。まるで催促をしてしまったような格好になってしまいまして」
「あそこまであからさまな催促もそうそうねぇぞ!? とにかく、よろしく頼むな」
「はい。何があろうと、必ずやお守りいたします」
まぁ、何もないだろうとは思うが、念のためにな。
「では、よろしくお願いしますね」
「はい。もっとも、これほど穏やかな日に、何かあるとも思えませんが」
「いえ、あの……」
俺と同じ発想のナタリアに対し、ジネットが少し照れくさそうに頬を染めて、こんなことを言った。
「ここ最近、いえ、もっとずっと前からなんですが……賑やかで楽しい日が続きましたもので、その……一人になると不意に寂しくなってしまうようになってしまって……子供みたいでおかしいですよね、わたし」
困った顔で笑みを浮かべる。
その表情は、先ほどの発言に嘘がないことを如実に物語っていた。
……一人は、寂しい。
「ヤシロさん」
「え…………あ、なんだ?」
ナタリアに向けていた体をこちらに向け、そしてゆっくりと腰を曲げる。
「お早いお帰りを、お待ちしていますね」
顔を上げたジネットはいつもの笑顔を浮かべていて…………今のは、冗談……なの、かな? ……なんて、少しだけどぎまぎとしてしまった。
「き、教会に行くだけだろうが。大袈裟だよ」
「うふふ……すみません。お気を付けてくださいね。この前のように魔獣が入り込んでこないとも限りませんから」
「あぁ、それなら、メドラがもう討伐隊を差し向けてくれたらしいぞ」
「そうなんですか。では、もう安心ですね……よかったぁ」
胸に手を置き、ほっと息を漏らすジネット。
大きな胸がゆっくりと上下する。
「店長さん。エロい視線が狙っております」
「え? きゃっ!」
「いや、こら。そんな目で見えてねぇわ」
ジネットもジネットで「きゃ」じゃねぇっての。
「ヤシロ様にその気がなくとも、ヤシロ様のエロスは抜き身の刃のようなもの……視界に入るものすべてが辱められていると言っても過言ではないのです」
「……お前、ホント仕事でなんかあったのか? ストレス溜まってんじゃねぇの?」
「溜まっているのはヤシロ様でしょう!?」
「卑猥な決めつけしてんじゃねぇよ!」
まったく。誰が抜き身の刃のようなエロスか。
「俺の本気も知らずに、よくそんなことが言えるな……見せてやろうか? 俺の…………本気ってヤツをなっ!」
はぁぁぁぁあああああっ!
これが、俺の…………本気だぁぁあっ!
――カッ!
ロックオン!
エネルギーフルチャージ――解放っ!
喰らえ、コレが、全力の…………エロい目っ!
おっぱいおっぱいおっぱいおっぱい!(ぽいんぽい~ん!)
おっぱいおっぱいおっぱいおっぱい!(ゆ~っさゆさ!)
おっぱいおっぱいおっぱいおっぱい!(挟まれたいな、あの谷間!)
おっぱいおっぱいおっぱいおっぱい!(横乳下乳チクチラわっしょい!)
おっぱいおっぱいおっぱいおっぱい!(まだ見ぬエルドラド!)
おっぱいおっぱいおっぱいおっぱい!(少年よお乳を掴め!)
「ヤ、ヤシロさんの目が、ヤシロさんの目がぁぁぁあっ!?」
「て、店長さん! ここは危険です! 早く避難をっ!」
「ジネットからの~……ナタリア、ロックオン!」
「きゃああああっ!」
「ナタリアさん、お気を確かにっ!」
「再びジネットォッ!」
「にゃぁああっ!?」
「店長さん! 早く逃げてっ!」
……何やってんだ、俺ら?
「……じゃ、行ってくるな」
「はぁはぁ……はい。お気を付けて…………はぁはぁ……」
「はぁ……はぁ……なんだったのでしょう……今の時間は……まったく、ヤシロ様は……まったく……」
謂れなき非難はサラッとスルーして、俺は教会へと向かう。
正直、ベルティーナが不参加になるとかなりマズい。
苦戦するどころの話じゃない。勝利すら危うくなる。
「餌をチラつかせて動いてくれるような相手なら、交渉も楽なんだけどなぁ……」
なんだかんだで、ベルティーナはシスターとしての職務をまっとうしている。
教会のガキどもが体調を崩せば、新米ママのようにおろおろし、それでも絶対に諦めずに献身的に看病をする。
ガキどもと同じ空間、同じ場所、同じ世界の中にきちんと存在し、一喜一憂を共有している。
ガキどもの件だけでなく、慈善活動にも積極的で、一人暮らしの老人の家なんかを回っているらしい。
陽だまり亭も、そんな中のひとつだったのかもしれない。昔は祖父さん一人でやってたらしいからな。
「シスターは、何よりも人々の心の安寧を願っておられるんですよ」と、何かの時にジネットが言っていた。
心の安寧。……争いとは対極にあるものだ。
やはり、参加してもらうのは難しいのか……
考えがまとまりもしないうちに、教会が見えてくる。
門の前をお手製の竹ぼうきで掃き掃除している人影があり、それは紛れもなくベルティーナだった。
「あら。ヤシロさん」
きゅるる~……と、ベルティーナの腹の虫が鳴く。
「うふふ。いけませんね。最近はヤシロさんを見るだけでお腹が鳴ってしまいます」
「パブロフのイヌかよ……」
俺が美味そうに見えてるってわけじゃないよな?
「教会に何かご用ですか? お一人でお見えになるなんて珍しい。あ、まさかまたジネットに卑猥なことを言って怒られたのですか? 懲りませんね、ヤシロさんも」
まぁ、卑猥なことは言ったが、懺悔しろとは言われてないな。
「少し、ベルティーナさんにお願いしたいことがありましてね」
「あらっ、私にですか? 少々お待ちください」
ぱぁっと表情を輝かせて、ベルティーナは竹ぼうきを持って教会の敷地へと入っていく。ほうきを片付けに向かったらしい。
「お待たせしました。さぁ、中へどうぞ」
「あぁ……いや、ちょっと静かに話したいから、この辺でいいや」
教会の中に入ればきっとガキどもに絡まれてゆっくり話が出来なくなってしまう。
外で話す方がいい。
「でしたら、河原までお散歩でもいたしましょうか?」
「あぁ、そうだな。そうしてくれると助かる」
「うふふ……」
口に手を添えて、ベルティーナが上品に笑う。
なんだ? 俺、なんか変なこと言ったか?
「ヤシロさんは、最初は敬語を頑張るんですが、すぐに戻ってしまいますね」
「あっ……すみません」
「いいえ。ヤシロさんの言葉には悪気が感じられませんので……最近はその口調も可愛く思えてきました。出来の悪い子ほど可愛いと言いますしね」
「悪かったな……出来が悪くて」
「うふふ……可愛いですよ」
微笑みながら、俺の頭をちょこちょこと撫でてくる。
その手つきは、俺がガキだった頃女将さんに撫でられた時の手つきに似ていて……少し、言葉に詰まった。
「あ、そうだ。竹ぼうきは、どうだ?」
「えぇ。とても使いやすいです。葉っぱや大きなゴミだけが掃けて。重宝していますよ」
ミリィに竹をもらってから、竹があるならと竹ぼうきを作ったのだ。
ジネットにやったところ、非常に喜んでもらえて、「シスターにも是非!」とおねだりされた結果、教会へ三本ほど寄贈したのだった。
そんなどうでもいいことを話しているうちに、俺たちは河原へとやって来ていた。
う~む、どう切り出せばいいものか……
「何か、話しにくいことですか?」
俺がうわべで会話をしているのは百も承知だったようで、川辺の少し落ち着ける場所まで来たタイミングで、ベルティーナがそう切り出してきた。……敵わないな、やっぱ。
「えぇ、まぁ。言いにくいというか……なんと言っていいものか……」
「おっぱいは見せませんよ?」
「なぜ話がそこに飛ぶ!?」
一瞬とはいえ見直した瞬間に失望させる発言をすんじゃねぇよ!
「いえ。ヤシロさんはそういうのがお好きだと、噂を耳にしたものですから」
「……どこで広まってるんだよ、そんな噂…………発信源の薬剤師には心当たりがありまくるんだが……」
まぁ、出所はアノ薬剤師だろう。……大会にエントリーしといてやろうかな、あいつに黙って。「バックレると四十二区が終わる」とか、脅しをかけつつ……
「街のみなさんが、ヤシロさんのことを好いている証拠ですね。ヤシロさんの噂はすぐに広がるんですよ?」
「大袈裟だし、ちっとも嬉しくねぇよ」
「大袈裟ではないですよ。仮に、『ヤシロさんは膝枕が好きらしい』という噂を私がこの後流したとしたら、明日のお昼には噂の真偽を確かめに来る人が現れるでしょう」
「……どこの田舎町だ、ここは」
そういえば、女将さんもやたらと情報通だったっけな……
「ヤシロさんは、四十二区にはなくてはならない存在になっていますからね。いつも面白いものはヤシロさんから発信されるって、ウチのハムっ子たちも言っているんですよ」
「あいつら弟妹はそう言って遊んでいるだけだよ」
まぁ、そのハムっ子たちも、教会の年少組を残してみんな四十一区で仕事をしている。変な噂が広まることは、しばらくはないだろう。
ハムっ子弟妹の活躍で、四十一区の道路整備は驚異的な勢いで進んでいるらしい。
これまでその労働力を使用していなかったってのが信じられないくらいの大健闘だ。
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