「私は、参加を了承した覚えはありませんよ」
「私も同様です。主を差し置いてこのような催しに参加するなど……」
イネスの意見にデボラが同調する。
二人とも、心底迷惑そうな顔をしている。
……へぇ~、いいのかなぁ、そんなこと言って?
「じゃあ、領主を連れて帰るか? 今すぐに」
「「なんだかんだ、楽しみにされているんです、我が領主は!」」
四十二区での『宴』がたいそう気に入っていたという情報は、マーゥルから聞いている。
ゲラーシーも、二十三区領主のオッサン(名前はイベール・ハーゲンというらしい)も、四十二区で開催される新しくも珍しい催しに興味津々だってこともな!
四十二区が何かを始めれば、そこから利益が生まれるかもしれない。
そんな思考が、あの『BU』とのいざこざによって連中の脳に刻み込まれているのだ。
特に、四十二区に出来たニューロードによって新しい流通路の利益にありつける二十三区、二十九区の二区は四十二区の動きに敏感になっている。
そこをうまいこと利用して、引っ張り出してやったのさ、他区の給仕長を、二人もな!
結局、お前らの主が俺たちのやることに興味津々な時点で、お前らは逃れられないのだよ、俺たち白組の助っ人という無償労働からはな!
……他所のチームの助っ人になるとかは言わせない。というか、気付かせないように気を遣っている。
こいつらはよくも悪くもまっすぐな連中なので、示された選択肢がすべてだと思い込んでくれるだろう。
『BU』っ子だもんな、お前らも。
「というわけで、領主の思惑もあるわけだから、お前らは白組の一員として勝ち点を稼ぎまくってくれればいいのだ」
「しかし、ゲラーシー様をお一人で放っておくなど……」
「領主は向こうの貴賓席でのんびり観戦できるんだから、特に助けは必要ないだろう? 何かあっても、マーゥルんとこの給仕長シンディもいるし、ついでに面倒見てもらえば問題ないだろう」
「問題大有りです! ゲラーシー様のお世話は私の勤めです!」
「その入れ込みよう……えっ、まさか……惚れてるのか、アレに?」
「……………………は?」
あ、それはないらしい。
物凄く顔に出るんだな、お前。普段はすまし顔なのに。
その眉間に刻み込まれた深い溝、ゲラーシーに見せてやったら泣いちゃうんじゃないかなぁ。
「まぁ、自区の領民がここで大活躍すれば、領主は喜んでくれるんじゃないか?」
「そうでしょうか?」
「そうだろう。なんたって、『俺に恩を売れる』んだぜ?」
「…………」
イネスが、難しい顔をして貴賓席へと視線を向ける。
リカルドたちとは少し離れた位置にゲラーシーが座っており、こちらをじっと見つめていやがった。
「……確かに、ゲラーシー様は日頃からよくおっしゃっています」
「『オオバヤシロ様のお役に立ちたい』ってか?」
「……『あのいけ好かないヤロウをコメツキバッタみたいにぺこぺこさせてやりたい』……と」
「……あのヤロウ」
お前もお前で、『……と』じゃねぇんだわ。
誰がコメツキバッタか。
「館では、あなたのことを『コメツキ』と呼んでおられます」
「その情報、すげぇ必要なかったわ」
「私も、たまにそう呼んでおります」
「え、なに? 人の心抉るのが趣味なの? ドS? っぽいけどもね、言われてみれば」
この娘、すっごい無愛想なんだよなぁ……どこまでギャグなのかさっぱり分からない。
……ギャグじゃないんだろうな。
まるで、出会った当初のナタリアを見ているようだ。
な~んか、尖ってんだよなぁ。触る者をみんな傷付けそうなくらいに。
「おっぱいはあんなにも丸いのになぁ」
「抉りますよ?」
目を!?
目だよね、その標的!?
「まぁ、このような大会では、さすがにこちらが不利益を被るような事態は起こらないでしょうし、この程度のことであなたに恩を売れるのであれば、それは我が二十九区にとってもメリットとなり得るかもしれません。……ゲラーシー様がお止めにならないのであれば、力をお貸しいたしましょう」
なんとかかんとか、イネスは自分を納得させてくれたようだ。
昨日の夜中に、『四十二区で珍しい催しをするから来賓として来てもいいぞ。イネスにその気があるのなら』という招待状を送りつけて、ゲラーシーがのこのこやって来たところで、イネスを拉致したような状態だったから、まぁヘソを曲げるのも分からなくはない。
ゲラーシーは、「……まぁ、なんか裏があるんだろうとは思っていたけどな」とかなんとか言って、大人しく来賓席に引っ込んでくれたので問題はなかったのだ。外交的な~とか、そういうのはな。
だが、領主が認めたといってもイネス本人が納得してくれないことには本気を出してもくれなかっただろう。
なんとかイネスの首を縦に振らせることが出来た。とりあえず、これで一安心だ。
なんだかんだといっても、こいつも給仕長だ。
敵対関係にさえなければ、こちらを敬い、尊重し、調和を保ってくれるだろう。ナタリアがそうであったように。
「じゃ、今日一日よろしくな、イネス」
「えぇ、よろしくお願いします、『コメツキ』」
「うわぁ……敬いの気持ちが一切こもってない」
「コメツキ『様』」
「うん……そうじゃない。敬い方、もっと他にあったはずだ」
まぁ、今さら誰になんと呼ばれようが構いやしないのだが。
で、デボラの方は……と。
「デボラもよろしくな」
「イベール様に対し、随分と無礼な招待状でしたね」
イベールこと二十三区領主にも、ゲラーシーんとこと似たような招待状を送っておいた。
あのオッサンなら問題ないだろうと思ったんだが。
「怒ってたか?」
「いいえ、半分呆れて、最後には笑っておいででした」
その姿が目に浮かぶようだ。
ドニスの次に頭が切れそうなヤツだったしな。年齢も、ゲラーシーよりもずっと上で落ち着いていた。余裕があるのだろう。
「さすが、二十三区の領主ともなると器がデカいな」
「…………」
見え透いたお世辞に、デボラが無表情でこちらを見つめる。
そして、にやぁ~っと口元を緩ませる。
「分かればいいです♪」
分かりやすっ!?
こいつ、物凄く分かりやすい!?
自分が仕える主が褒められるのって、そんなに嬉しいもんなのかねぇ?
ナタリアも、なんだかんだエステラのことすげぇ好きだし。
ギルベルタもネネもシンディもな。
じゃあ、その路線で乗せて協力を仰ぐか。
「いやぁ~、さすがは寛大な二十三区の領主だ。きっと、給仕長の参加も快くOKしてくれたんだろうなぁ」
「無論です。いつも業務に忙しくしている私に、『たまにはこのようなくだらないお遊びで息抜きをしてこい』と、お優しいお言葉までくださいました」
「それはすごい! 二十三区領主、思いやりもあるんだな」
「そうですとも!」
「じゃあ、誇りある二十三区領主の名に恥じないように、全力で競技に参加しなきゃな」
「私がこの手で、我がチームに勝利を捧げてみせましょう!」
「二十三区が味方だと頼りになるなぁ」
「そうでしょう、そうでしょう! 頼るとよいです!」
「二十三区の給仕長ともなると、おっぱいも物凄く揺れるんだろうなぁ」
「揺れますとも、この通り!」
「デボラさん、横から失礼します。同じ給仕長として忠告を致します。はしたない真似はお控えなさい」
盛大にDカップおっぱいを揺らし始めたデボラの体を、イネスががっしりと固定して止める。
……ちっ!
「せっかく誰にも気付かれずに乳揺れを楽しめると思ったのに!」
「ヤシロくぅ~ん☆ 残念だけど、み~んな気付いてたよぉ~☆」
振り返ると、マーシャとニッカとソフィー、そしてマグダとロレッタが、なんだか手頃な鈍器を片手に俺を見つめていた。
「誰が早いかという状態だったデスヨ!」
「まったく……口を開けば卑猥なことばかり……無駄なことにしか使わない頭なら粉砕しますよ?」
特に、ニッカとソフィーの目が怖い。
こいつら、いまだに俺のこと危険人物だと思ってやがるからなぁ……
第一印象が悪かったせいだな。
つまり、ルシアと『BU』が悪い。
「俺、被害者だよなぁ……」
「端から見てると、ヤシロ君はれっきとした加害者だよぉ~☆ セクハラの」
「はっはっはっ、マーシャ。セクハラってのは、『相手が嫌がって』初めて成立するんだぞ」
「うふふ~☆ ヤシロ君のポジティブなところ、私は結構好きだよぉ~☆」
つまり、人類がみんな仲良しなら、この世にセクハラなど存在しないということになるのだ。
こういうのをきっと、「ラブ&ピース」って言うんだろうなぁ。尊い精神だよなぁ。
「よし! 白組のスローガンは『ラブ&ピース』にしようぜ!」
「『ラブ』の部分が絶対卑猥な意味デスネ!」
「またですか!? メイスの錆にしますよ!?」
「いえ、あの、でもっ。わたしはいい言葉だと思いますよ、『ラブ&ピース』」
ジネットが間に入ってくれて、どうにかニッカとソフィーが落ち着いた。
……操縦が難しいチームだよなぁ、まったく。
「お姉ちゃん! わしらも協力して、いっぱい勝つのじゃ! 勝利のV《ピース》サインじゃ!」
「はぁあ……意欲に燃える妹……ラブっ!」
ウサギの姉妹の間でも『ラブ&ピース』が成立したようだが……お前の『ラブ』も相当歪んでるじゃねぇかよ、ソフィー。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!