異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

30話 安心感 -4-

公開日時: 2020年10月29日(木) 20:01
文字数:3,378

「こいつはな、『置き薬』だ」

 

 日本でもやっている、薬の販売方法の一つだ。

 

「さっきも言ったように、このセットを『手に入れる』のは無料だ。ただし、この中の薬を使用すると、その薬の分だけ料金が発生する」

 

 薬箱の中から、10Rbの風邪薬を使ったとすれば、決算の時に10Rbを支払ってもらうのだ。

 

「毎月とか、使用頻度の高いところには毎週とか、とにかく定期的にレジーナが赴いて、薬の使用状況を確認する。その際、なくなっている薬の代金を受け取り、新たな薬を補充するんだ」

「つまり、使わなければ、ずっと料金は発生しないということですか?」

「あぁ。使わないまま使用期限を超えてしまった薬は、レジーナの方で処分し、また新しいものと交換してくれる」

「それでは、薬剤師ギルドの負担が大き過ぎないかい?」

「そんなことあらへんよ」

 

 エステラの問いには、レジーナが軽い口調で答える。

 

「どっちみち、ウチの店でアホほど在庫が眠っとんねんから、それをウチに置いとくか、よそ様んとこに預けとくかの差やねん」

 

 それでも、イマイチ納得していないようなので、俺が補足をしておく。

 

「薬は、いつ必要になるか分からない。欲しい時に慌てて買いに行くよりも、常に準備されている方が使いやすいだろう? その『使いやすさ』こそがこの置き薬の狙いだ。使いやすく、いざという時に頼りになる。そういうイメージがつけば、薬剤師ギルドが持たれている胡散臭さや不安感なんてものは払拭される。信頼して使える薬だと思ってもらえるようになるんだよ」

 

 結局のところ、薬剤師ギルドの胡散臭さは、レジーナの格好としゃべり方と原材料の馴染みの無さと独特な店の雰囲気によるところが多いのだ。

 で、あるならば、それらを全部覆い隠してしまえばいい。

 レジーナに会わず、原材料を見ず、店にも行かず、効果のある薬を使ってもらえばいい。

 

「最初は、教会と陽だまり亭に薬箱を置く」

「ウチにもですか?」

「あぁ。モニターは多い方がいいからな」

 

 しばらくは、この二箇所から薬を提供する。

 薬が欲しいヤツは教会か陽だまり亭に来るようにしてもらうのだ。そこで、俺たちが代わりに販売をする。業務委託というやつだ。

 それでレジーナには頻繁に在庫の確認に来てもらい、随時薬を補充してもらう。

 

 薬剤師ギルドの薬に抵抗がなくなったあたりで、レジーナ本人にも慣れていってもらえれば、ゆくゆくはレジーナが各家庭を回って薬を売り歩くことも可能になるだろう。

 

 そのきっかけとして、教会と陽だまり亭に薬箱を置くのだ。

 

「……すごいです」

 

 ぽつりと、ジネットが言葉を漏らす。

 全員の視線がジネットに集まると同時に、ジネットが俯かせていた顔を持ち上げた。

 

「すごいです、ヤシロさん!」

 

 それは、空を覆う分厚い雨雲を吹き飛ばしてしまいそうな、晴れやかな笑顔だった。

 

「ウチに来れば、困っている人が救われるんですね!? これって、とってもすごいことです!」

 

 感情の針が振り切れたように、ジネットは瞳をキラキラと輝かせる。

 

「お薬がなくて困っている人はたくさんいます。……お薬があれば助かる命はたくさんありますよね…………そんな人たちに、手遅れになる前に、ささやかながら手を差し伸べてあげられる……薬があるって、すごく安心できます。きっと、レジーナさんの薬はたくさんの人を救うと思います。みんな、レジーナさんに感謝すると思いますっ!」

 

 グイグイと、レジーナへ近付いていくジネット。レジーナが若干押されている。

 

「お、おおきにな。そうなれるよう、『この薬はえぇで~』言うて、宣伝したってな?」

「はい! お任せ下さい!」

 

 レジーナの手を取り、ブンブンと振るジネット。

 火がついたジネットは、ちょっと止められないんだよな。

 

「本当に、ヤシロには毎回驚かされるよ」

 

 腕を組み、半ば呆れたような、でも感心しているような、複雑な表情でエステラが俺の隣へやって来る。

 

「一度頭の中を開いて見てみたいものだよ」

「拝観料は高いぞ」

「そういう発想がどこから出てくるのかが不思議だよ……」

 

 エステラの顔に浮かんでいた感心が薄れ、呆れが色濃くなる。

 しかし、すぐさま真面目な表情に戻り、探るような視線を向けてくる。

 

「でも、ヤシロにしては大人しいというか……君が得るメリットが見えてこないね」

「人の喜ぶ顔を見ることが、何よりの幸せだからな」

「教会の庭先で、よくもまぁ平気な顔をして嘘を吐けるね」

 

 ふん。

 俺がどう思っているかまでは『精霊の審判』では裁けないのだ。

 なら、嘘を吐いたところでどうってことはない。

 

「もしかして……さ」

 

 エステラが急にもじもじし始める。

 ……トイレか?

 

「ボクがお願いしたから? 薬剤師ギルドの薬を四十二区に広めたいって。……だから、頑張ってくれたの…………かな?」

「いいや?」

「……………………あそ」

 

 モジモジがピタリとやむ。

 ……手遅れか? 間に合わなかったのか?

 

「じゃあ、レジーナが可愛かったから奮起しちゃったのかな?」

「顔は確かに可愛いかもしれんが、性格が破綻し過ぎている。アレのために頑張れるのは相当な変態だけだ」

「例えば、ヤシロとか?」

「誰が変態だ?」

 

 レジーナに頼まれたくらいでホイホイと労力を割いてやるつもりにはなれんな。

 

「それじゃあ、…………ジネットちゃんが喜ぶから?」

「あいつは何をやっても大抵喜んでるだろうが」

 

 そういう意味では、ジネットを喜ばせるのは逆に難しいかもしれない。

 ここぞという時に、一番喜ぶことを……と考えると、なんでも喜びそうで一番を決めかねてしまう。

 ジネットが一番好きなものとか、俺は知らないからな。

 

「それじゃあ、本当に慈善事業に目覚めたとか…………な、わけはないか」

「なんでそこは自己完結しちまうんだよ? そうかもしれねぇだろ?」

「それだけはないね。断言できる」

 

 まぁ、ないけどな。

 

「君のメリットが見えてこない」

「メリットならあるだろうが、分かりやすいのが」

「分かりやすい?」

「薬箱は教会と陽だまり亭にだけ設置するんだぞ?」

「マージンを取る?」

「価格を上げると客の抱く商品に対する印象が悪化するだろうが」

「じゃあ、なにさ?」

 

 苛立ち始めたエステラに、俺は分かりやすい解を与えてやる。

 

「薬を求めて『食堂に人が集まる』んだよ」

「それが一体………………あっ」

「人が集まれば、中には何かを注文していくヤツも出てくるだろう。頻繁に薬を買いに来るヤツなら、顔見知りになるかもしれん。それ以前に、陽だまり亭の知名度はこれで一気にアップする」

「…………宣伝か」

 

 そう。

 薬という、万人が必要とする物を置いているのだ。

 これまで食堂に来ることすらなかった連中も、薬のためにやって来るようになるだろう。

 また、「薬なら陽だまり亭にあるよ」という話が広まれば『陽だまり亭』の名が一人歩きすることになる。

 

 薬の代金は買っていったヤツが払うわけで、陽だまり亭はただ、レジーナの薬を預かっているだけだ。懐は痛まん。

 無料で効果の高い宣伝が打てるなら、これはもう、どっからどう見てもメリットだろう。

 

「場所を提供する代わりに、薬剤師ギルドのスポンサーになったんだよ、陽だまり亭は」

「…………ヤシロ、君って」

 

 すごいか?

 褒めてもいいんだぞ。

 

「物事のすっごい隅っこの方をよく見てるよね」

「素直に褒めろよ」

「素晴らしくせこいよ、ヤシロ」

「褒めてねぇだろ?」

 

 まぁ、そんなわけで、しばらくは薬を置いて様子見だ。

 そんなすぐに効果は出ないだろうからな。

 

「ジネット、みなさん! 早く食事にしましょう~!」

 

 教会から、ベルティーナが顔を出し俺たちを呼ぶ。

 完全復活を遂げたベルティーナの顔色は前にもまして艶やかだ。

 こうやって、薬の効果が少しずつでも広がっていけば、自然と受け入れられるようになるだろう。

 もっと大々的に薬を使うような出来事でも起これば、その認知度は爆発的に上がるんだけどな。

 

 

 そんなことを思っていたら…………

 

 

「た、大変だっ!」

「おや、あれは、狩猟ギルドの……」

 

 エステラが柵から身を乗り出して通りを眺める。

 こちらに向かって駆けてくるのは、狩猟ギルドの代表者、ウッセ・ダマレだった。

 

「マグダが、大怪我をしやがった!」

「なんだって!?」

 

 

 やっぱり、この世界の神はクソだ。

 ……誰がそんな大々的な事件を望んだよ?

 

 

 マグダにもしものことがあったら……ぶっ飛ばしてやるからな!

 

 

 俺はレジーナの薬箱をひったくり、教会を飛び出した。

 

 

 

 

 

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