ハーブティーを飲んで落ち着いた様子の母娘。
涙の跡を隠すようにメイクを直してやる。
……いや、昨日の客の中に、気持ち良過ぎてよだれを垂らしてた客がいたからさ。
今回は折角個室なんだし、顔の乱れを直してやれる道具を持ち込んでおいたのだ。
あ、男の方はどうでもいい。どうせ、あいつらは涙と鼻水で手の施しようがないしな。
メイクを終え、おまけにカンパニュラにもちょっとメイクをしてやると母娘揃ってそっくりな顔で喜んでいた。
さぁ、これでサービスは終了だ。
長らく拘束してしまったルピナス母娘を連れて表に出る。
ここからは通常営業だな――と思っていた矢先、トラブルが向こうから舞い込んできた。
「ようやく見つけたでありますよ! お会いしたかったでありま――」
「娘に近寄るなぁ!」
凄まじい形相、凄まじい勢いで突っ込んできたトリ人族の男。
両腕を前に突き出して突進してきた様は、かなり強引な誘拐犯そのものだった。
ミニバンから飛び出して小学生を誘拐しようとする不届き者そっくりな動きだったな。
蹴り倒されて当然だ。
その不届きなトリ男は、メイクで綺麗に整えた端正な顔を般若の形相に変えたルピナスによって一撃で葬られた。
大きな弧を描くかかと落としが、下手人の脳天に綺麗に炸裂していた。
さすが……デリアに拳骨を落とせるオッカサンだ。
「カンパニュラ、怪我はない? キモい男を見て気分が悪くなっていないかい?」
「大丈夫です。母様が守ってくださいましたから」
「よかった、無事で!」
さっきの話を聞いた直後だけに、相当過敏になっているのだろう。
タイミングが悪かったなトリ男。
今は客引きですら不用意に近付けば血祭りに上げられかねないって時なんだよ。
――と、地面で伸びているトリ男の顔を覗き込む。
……あれ?
こいつ、どこかで…………
トリ丸出しな顔。
腕は羽根になっており手はない……いや、あるな。羽根の先に五指が確認できる。
かなり獣特徴の強い男だ。
元は仕立てがよかったのであろう服は、見るも無惨な感じでくたびれ、薄汚れている。
この顔……オウム、かな?
「ヤシロ、どうしたんだ? 何かあったのか?」
両手に綿菓子とクレープを握りしめて、デリアが俺のもとへとやって来る。
どうやらタイタに買わせたらしい。タイタもデリアに続いて俺たちの前に戻ってくる。
「お前たち、どうしたんだ?」
「父様。実は、そのオウム人族の方が、こちらに猛スピードで近付いてこられて――」
「カンパニュラを誘拐しようとしたから仕留めてやったのさ!」
カンパニュラの説明を横取りするように、ルピナスが激高して告げる。
その瞬間、人がよさそうなタイタの顔が歌舞伎調に変化する。
「なぁ~にぃ~!?」
やっちまったなぁ。
「オレの嫁と娘に手ぇ出すたぁ、ふてぇ野郎だぁ! その首、胴体から切り離してやる!」
「デリア、止めてくれ」
「おう! トリ男を押さえるんだな」
「違ぁーう!」
いくら暴漢といえど、イベントの真っ最中に惨殺事件なんか起こせねぇんだよ!
タイタを止めてくれつってんの!
「でも、カンパニュラを狙ったんだろ? カンパニュラはあたいの妹みたいなもんだ。許せねぇよ」
まったく、どいつもこいつも直情型なんだから!
「待ってください、父様、デリア姉様」
カンパニュラがルピナスの腕の中から懸命に腕を伸ばす。
「私はこうして無事でしたし、その男性が何を思ってこのような凶行に及んだのかも不明のままです。今処罰を与えることは後々の不安の種となるでしょう」
この直情ファミリー(姉的存在含む)の中で育って、こんなに冷静な考え方が出来る娘に育つなんて、神の子なんじゃないのか、カンパニュラ!?
「大丈夫だ、カンパニュラ。罪状がなんであれ、この男は極刑だ!」
ダメな親だ!?
「そうね、あんた」
お前もか、ルピナス!
「罪状とか、なんでもよくないか?」
よくないんだぞ、デリア!?
「彼の裏に思惑が渦巻いているのであれば、それを問い質し未然に防ぐことこそが、将来の憂いを潰すことに繋がり、中長期的に見た時に私たちとこの街の益に繋がると思うのです。どうか、今だけは怒りを収めてくださいませ、父様、母様、デリア姉様」
「……カンパニュラが、そう言うなら」
「「難しいことはよく分かんないけど、それでいいなら……」」
デリアとタイタが同じ発想だ!?
おそらく、お前の教育方針が間違っていたせいだぞ、デリア父!
「ヤーくん。その男性のこと、お願いできますか?」
「あぁ。任せとけ」
「はい。……頼りになる男性はモテると聞き及んでいます。ヤーくんは、モテますね、きっと」
そいつはどうかな。
というわけで、獰猛な川漁ファミリーの怒りが鎮まったので、この危険人物の処遇を考える。
まぁ、一番穏便なのはエステラ経由でルシアに言って、三十五区で裁いてもらう方法だな。
言い分があるなら、ルシアに言ってもらえばいい。
……ただ、どっかで見たことがあるんだよなぁ、このオウム人族。
「デリア、こいつを運ぶのを手伝ってくれるか?」
「ん? あぁ、いいぞ」
と、塞がった自身の両手を見るデリア。
「カンパニュラ。これ、やるよ」
そう言って、綿菓子をカンパニュラに差し出す。
……クレープは新しいスイーツだから譲れなかったんだな。小さい娘相手でも、甘い物は譲れないのか、デリアよ。
「わっ!?」
綿菓子を差し出されたカンパニュラは声を上げて驚き、大きな瞳をキラキラさせてデリアに近寄っていく。
視線は綿菓子に釘付けだ。
「これは、雲ですか?」
「ん? あぁ、確かに似てるなぁ」
あははと笑うデリア。
クレープをペロリと平らげ、空いた手で綿菓子を摘まんで取り、カンパニュラの口へと運んでやる。
「食ってみろ。甘くて美味しいぞ」
「ぁむ…………あまぁ~い、です」
綿菓子をもむもむ食べるカンパニュラ。
その頬に朱が差す。
デリアから綿菓子を手渡され、大切そうに持ち手をしっかりと握る。
「母様。デリア姉様が私に雲のお菓子をくださいました」
「よかったね、カンパニュラ。大切に食べるのよ」
「はい。母様と父様もご一緒にいただきましょう」
「いいのかい?」
「はい。一緒が嬉しいです」
と、親子三人でにこにこと移動を開始する。
……カンパニュラ。何気に怒り狂ってた両親をこの場から自然な流れで遠ざけてない?
え、そんな配慮も出来るの、あの九歳児!?
「……大物になるな、あの娘は」
「カンパニュラか? あいつはいい娘だぞ」
デリアが自慢げに言う。
妹自慢するデリアも珍しい。
「んで、ヤシロ。このトリ男はどうするんだ?」
「エステラんとこに持っていくよ」
「じゃあ、あたいが運んでやるな」
「あぁ、頼む」
デリアに担ぎ上げられるトリ男。
その顔を覗き込んでいると、ふとトリ男が目を開く。
「はっ!? ルピナス様!? あれ? ルピナス様は!?」
「わっ!? こら、暴れん……なっ!」
どむっ! と、デリアの拳がトリ男の背骨に炸裂する。
うわぁ……痛そう。
「どふっ!」と、咽て再びぐったりとするトリ男。
しかし、気絶はしなかったようで、苦痛に顔をしかめながらも辺りを見渡し状況確認をしようとしている様子だ。
そんな最中、トリのようにまん丸な目が俺を見る。
「…………」
眉はないが、眉間に当たる部分にシワを寄せ、じぃ~っと俺を見つめるトリ男。
……なんだよ?
あまりのガン見に居心地が悪くなり、そろそろ殴ろうか? と思い始めた頃、トリ男――オウム人族はくわっと目を見開いて、俺を指さし絶叫した。
「貴様は、あの時の偽造硬貨男!?」
思わず手が出て、オウム人族のアゴを打ち抜いていた。
脳が揺れたのか、オウム人族は再び意識を飛ばしたようだった。
…………うわぁ、思い出しちゃったよ。
そうか、こいつ――
俺がこの街に来る前に出会った行商人、ノルベールの付き人のオウム人族だ。
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