異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

無添加20話 いつの間にか当たり前になっていたこと -4-

公開日時: 2021年3月29日(月) 20:01
文字数:2,426

「生き甲斐の、スタート地点やー!」

 

 用水路のそばに設けられた深い貯水池を見て、ハム摩呂がバンザイをして叫ぶ。雨に濡れるのも厭わずに。

 

「なんだよ、生き甲斐のスタート地点って」

 

 傘を正しい位置へ戻してやって、濡れた顔の水雫をはたいてやる。

 くすぐったそうににこにこして、そして俺の足にガシッと抱きついてくる。

 

「ここ、おにーちゃんが初めてお仕事させてくれたところやー」

 

 あぁ、そういやそうだったっけな。

 年齢が上の弟妹には、それより先に売り子だの屋台作りだのをやらせたのだが、年齢の下の、幼い弟妹が仕事にありつけたのは去年の豪雨期、こんな感じの水害があった時からだったっけな。

 

「ここだっけ?」

「うんー! おにーちゃんと一緒に穴掘りしたー!」

 

 ここ最近はいろんな仕事をさせ過ぎて、何をやったのか全部が把握しきれないくらいだ。

 そうか。ここが最初か。

 

「ここを通る度、みんなで話してるのー。おにーちゃんがいてくれてよかったねーって」

 

 こいつら、そんな話を弟妹で……

 

「おにーちゃんを連れてきてくれたおねーちゃんを褒めてつかわそーって!」

「なんで上から目線ですか!? ちゃんと敬うですよ!?」

「みんなで言ってるー!」

 

 傘を放り投げて、全力でバンザイをして、遠慮なしの大声で叫ぶ。

 

「おにーちゃん大好きー!」

 

 降りかかってくる雨粒なんか、気にもならないと言わんばかりに。

 にっこにっこにっこにっこして。

 

 あぁ……はいはい。

 

「いいから、傘投げるな。濡れる」

「拭いても拭いても濡れる、まさに、エンドレス・アレやー!」

「どれだよ!?」

「思いつかなかったー!」

「自由だな……」

 

 レジーナが貸してくれたタオルを使ってハム摩呂の頭を拭いてやる。

 そして、また足に抱きつかれる。

 もう、俺のズボンびっしょりだわ。陽だまり亭を出た時に予想したのとは違う理由で。

 ハム摩呂の顔をざっと拭いて、再びレジーナにタオルを返す。

 

「どないしたん、自分~? 顔、ゆるんどるで?」

「やかましい。用水路に流してどんぶらこ言わせるぞ」

 

 何太郎が生まれるのか、想像もしたくないけどな。

 エロ太郎か、シモ太郎か…………腐太郎?

 

「そういうたら、ウチが初めて自分に傘入れてもろたんも、こんな雨の日やったなぁ」

「当たり前だろう。雨の日じゃなきゃ傘なんか差すかよ」

「ほんで、今日みたいに教会に向ことった」

「お前の出向く先が、陽だまり亭か教会くらいしかないからだろうが」

「せやからな、ウチかてこの辺通る度に思ぅとるんやで? 自分のこと――」

 

 ゆっくりと顔をこちらへ向けて、メガネ越しに俺を見つめて、大きな声で言う。

 

「この薄汚いブタヤロウがっ! ……って」

「よぉし、お前は濡れて帰れ!」

「ちゃうやん! ハムっ子はんのマネやん! きゅんってくる場面の演出やん!」

 

 どこのどいつが「薄汚いブタヤロウ」できゅんってくるんだよ!? ……いや、きゅんとくる層はいるんだろうけども! 俺はそれじゃねぇ!

 

「それに、自分はあんまり『好き好き』言われんの、得意やないんやろ?」

 

 こいつ……そんなことにまで気を回して。

 まぁ、確かに。あんまり懐かれたり、ダイレクトに好意を向けられるのは得意じゃねぇな。

 けど……

 

「罵られるのは単純にムカつくんだが?」

「あちゃー、そら盲点やったなぁ」

 

 こうやって、バカバカしい雰囲気くらいがちょうどいい。

 楽だよ、ほんと。お前といると。

 

 からからと、人を食ったように笑うレジーナは、教会へ着く間際、本当に一瞬だけ見慣れない表情を浮かべて――

 

「やっぱ好きやなぁ、この紳士の風習」

 

 ――そんなことを呟いた。

 目が合う瞬間、レジーナの表情はいつも通りのさばけた雰囲気に戻り、

 

「おっぱい張りつきシャツも、もう見納めやで」

 

 と、そんな冗談を寄越してきた。

 おぉっと、そうだったな。目に焼きつけておかなきゃ。

 

 だが、教会は本当にすぐそこで、レジーナは俺の視線から逃れるようにするする~っと教会の中へと入っていってしまった。

 ちっ、いい感じの乳袋だったのに。

 

 傘をたたみ、出迎えてくれた寮母のオバサンにタオルをもらい、……若干の生乾き臭に頬を引き攣らせている間に、ロレッタとハム摩呂はさっさと談話室へと入っていってしまった。

 レジーナはベルティーナに連れられ、二階で着替えるらしい。

 

 で、玄関先に残ったのが俺とエステラ。

 

「ヤシロ。肩」

「ん?」

「濡れてるよ」

 

 寮母に借りたタオルで俺の肩をぽんぽんと拭いてくれる。

 

「結構濡れてるね」

「まぁ、二人入りゃどっちかは濡れるからな」

「ふーん……」

 

 こちらを見ず、ぽんぽんと丁寧にシャツを拭いてくれるエステラ。

 

「……紳士の風習、ね」

 

 そんなことを呟いた後、「はい、おしまい!」と、最後に振り上げたタオルで思いっきり俺の肩を叩いた。

 すぱーんと、乾いた音が鳴り、肩に鈍い痛みが走る。……てめぇ。

 

「ほら。早く上がろう。着替えないまでも、温かい部屋にいた方が風邪を引くリスクが少ないからね」

「ん。……だな」

 

 右肩と、ハム摩呂に抱きつかれた右脚がびしょ濡れだ。

 

「格好をつけて風邪なんか引けないもんね」

「カッコつけたんじゃねぇよ。……ただの、消去法だ」

 

 フェミニストや紳士を気取っているつもりもない。

 レジーナが雨に濡れて寒さで震えるのを横目で見つつ無視し続けるなんて選択肢は取れないからな。なら、残るのは自分が濡れるという選択肢。そっちの方がマシなだけだ。

 それは、隣が誰であっても同じだ。

 

「そういうところだけは変わらないね、君は」

「俺はずっと変わってねぇよ。初志貫徹。お金大好き。騙される方が悪い。自分の利益最優先、だよ」

「ふふ、そうだね。何も変わっていないよ、君は」

 

 なんとも含みのある言い方で言って、さっさと談話室へ向かう。

 

「安心するほどに、ね」

 

 去り際に、そんな言葉を残して。

 

 俺が今も昔も変わらない利己的な詐欺師だと分かって安心するとか……あいつはきっと頭のネジが一本残らず脱落しているか、相当のドMなのだろう。

 ガキどものお手本にはしたくないものだな。

 

 そんなことを思いつつ、俺も談話室へと向かった。

 

 

 

 

 

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