話しに来るのが遅いと、マイラーは憤る。
が、面識もない領主を無条件で信用するなど、あの状況では不可能だった。
なにせ、どいつがウィシャートと繋がっているのか分からない状態だったからな。
結果として、ウィシャートは近隣領主にことごとく嫌われていましたって結果になっていたが、近隣区と結託して悪事を行っていた可能性も十分にあった。
なので、少なからず接点のあった、それも利益関係を結べている者たち以外に声をかけることは出来なかったのだ。
……とか言うと、このちっさいオッサンは「私が信じられないというのか!?」と怒るに違いないから、別の言い方をしておこう。
「ミスター・マイラー」
「何かな、懐刀殿?」
うっわ、腹立つ言い方。
まぁ、いいや。
「何も聞かずに10万Rb貸してくれ」
「は?」
「そうすりゃ、お前の街を少し発展させてやろう」
「何をふざけたことを。そもそも何をするつもりなのか説明するのが先ではないのか?」
「情報の料金が10万Rbなんだよ。先に説明したら情報に価値がなくなるだろう? 大丈夫。俺を信じろ。絶対うまくやってやるから」
「そんなふざけた話、耳を貸すだけ無駄だ。口を閉じろ」
「だから、声をかけられなかったんだよ」
俺が言い切ると、マイラーはきょとんとした顔を見せる。
「しゃべったこともなければ顔も知らない。どんな人間かも分からない相手を信用するのはムリだろう?」
「貴様っ、この私が信用に値しない人間だと言いたいのか!? 失礼にもほどがあるぞ!」
「いいや。俺が、だ」
「…………ん?」
意味が分からないと言うように、マイラーは首を前に突き出す。
「ミスター・マイラーに信用してもらえるような人間ではないだろう、俺は?」
「それは、まぁ……そうであるが…………それが、なんだ?」
意味が分からないというマイラーには肩をすくめてみせ、近くにいたデミリーに話を振る。
「デミリー。四十区を発展させてやるから10万Rbくれ」
「それくらいならお安いものだ。今度は何が起こるのか、楽しみだね」
「ちょっと待て、オオバ! 四十区の前に四十一区だろう! 素敵やんアベニューが完成した今、この次の計画が必要な時期に来ているだろう、四十一区と四十二区は!」
「待て。港が完成したばかりなのだぞ? 今は我が三十五区との連携を最も強化すべき時だ。そうであろう、カタクチイワシ」
「いやいやいや! あなた方三区はもう十分恩恵を受けているでしょう!?」
「そうですよ! ここは、順番的にも我が三十八区が――」
「なんの順番ですかな!? それなら数字の小さい順で三十六区が」
「あら、でしたら、二十九区の方が数字は小さいですわ。ねぇ、DD?」
「あぁ、確かに。だが、ミズ・エーリン。それなら二十四区の方が――」
「いや、二十三区であろう」
デミリーに話を振ったら、すっげぇいろんな領主が釣れた。
……つか、二十九区代表、マーゥルになってたけど、参加しなくてよかったのかゲラーシー? ぽかーんとしてる場合じゃねぇぞ、お前。
「一体なんなのだ? なんの説明もせずいきなり10万Rbを寄越せなどという胡散臭い話を……正気か?」
マイラーが眉根を寄せる。
ま、それが普通の感性だろうな。
こんなもんで入れ食いになるこの街の貴族は、詐欺師のいいカモだ。
だが、こいつらはある確信を持ってその胡散臭い儲け話に乗ってもいいと考えている。
それが、実績。
信頼ってヤツだ。
「ミスター・マイラー」
困惑顔のちっさいオッサンを呼ぶ。
こちらを向いた顔に、にこやかに問いかける。
ガキでも分かる、とっても簡単な問題だ。分かったら元気よく手を上げて答えるんだぞ。
「『10万Rbで自区が発展する』のと、『ウィシャートを潰す』、どちらがより荒唐無稽に聞こえる?」
マイラーが目を見開いて言葉に詰まった。
10万Rbで街が発展するなんてのは胡散臭いコンサルタントが口にしそうなことではあるが、頭の片隅では「それでうまくいくなら試してみるのも悪くないな」と思う余地がある。
だが、自分よりも上位の貴族をバックに付け、異国の王族と内通し、金と権力を振りかざして一つ上の等級である『BU』にまで強い態度を崩さないこの付近の支配者ウィシャートを、就任して間もない弱小最貧区がぶっ潰すなんて話は、頭の片隅ですら「もしかしたら」とも思えなかったんじゃないか?
内戦で経済がボロボロになりながらもなんとか独立を勝ち取った生まれたての国が、G7に名を連ねるような大国を「あの国は非道だから潰すわ!」と言ったところで、どの国がその新興国に協力する?
「そうだな、悪いのはよくないな!」なんて性善説で自国と自国民を危険に晒すバカな国が一体いくつ存在する?
失敗すれば報復を受けることが目に見えている状況で、そんな博打にもならないリスキーな選択を出来る者などいない。
だが、こいつらはエステラを、四十二区を信じてくれた。
「言い方を変えてやろう。ミスター・マイラー。あんたは、ドブに10万Rbを捨てるのと、ウィシャートにケンカを売るの、どちらが怖い?」
「それ……は」
ごくりと、マイラーの喉が鳴る。
これで大人しく引き下がってくれるかと思ったのだが、マイラーは諦めが悪かった。
「言ってくれれば、私はウィシャートを敵に回してでも協力しただろう。ウィシャートは倒すべき仇敵なのだから」
ほほぅ、仇敵と来たか。
なら――
「聞いたかエステラ! やったな!」
パン! と、手を叩いて大きな音を鳴らし、弾むような声でエステラに言う。
「味方が一つ出来たぞ! いやぁ、これで少しだけ不安が減るなぁ」
いや~、よかったよかったと大袈裟に喜んでみせれば、マイラーの頬が見て分かるくらいに引きつり始める。
「……なんだ? どういうことだ?」
味方ならこの場にいる者は皆そうなのではないのかと、マイラーが視線を領主たちに巡らせる。
再び俺へと視線が戻るのを待って、全力でてへぺろしてみせる。
「実は、ウィシャートを提訴するためにチラつかせた資料、まったくのでっち上げなんだよねぇ」
「んなっ!?」
それには、その場にいた領主一同が揃って驚きの声を上げた。
事実をバラされたエステラも同じように驚いている。
「それっぽ~く言って脅しただけだからさぁ、裁判で詳しく調べられると、俺ら負けちゃうかもしれないんだよなぁ~」
マイラーの額に、じわりと汗が滲む。
それに気付いたのか、マーゥルが「ふふ」と小さく笑った。
「もし、裁判で逆転敗訴なんてことになったら……四十二区は終わるわね」
「そーなんだよ。だからさぁ、道連れ……っと、違った。共闘できる仲間が欲しかったんだよ。まずは、三十一区、ゲットだぜ!」
言って、爽やかな笑顔を領主たちへ向ける。
「みんなも、お友達だよね☆」
にっこり笑うと、一斉に視線を逸らされた。
顔ごと。いや、体ごと。
「ちょっ!? なんだよ! 旅は道連れ、世は情けだろ!? 地獄まで一緒にランデヴーしようぜ!」
背を向ける領主たち。
それに不貞腐れて、俺はマイラーへ振り返り、そこで「味方みっけ!」と顔をほころばせる。
「薄情な連中は放っといて、四十二区と三十一区の二つの区で頑張ろうな!」
「冗談じゃない! そんな危険なことに付き合いきれるか! 話が違うじゃないか! ウィシャートは失脚したのだろう!?」
「まだ、裁判は終わってませんよ、ミスター・マイラー」
エステラが落ち着いた声で真っ当なことを言う。
裁判が終わるまで、結果はどう転ぶか分からない。特に、貴族ががっちりと上層部を抑え込んでいるこんな街では。
そんなことは、いちいち言うまでもないことだ。
「だから、声をかけなかったのですよ、ミスター・マイラー」
エステラが穏やかな声で言う。
「事前に声をかけてしまえば、必ずウィシャートが接触を試みたでしょう。無関係なあなたと、あなたの街の領民を無用な危機に晒したくなかった」
ウィシャートへ刃向かうということの危険さは、隣の区だと何度も口にしていたこいつにはよく分かっているだろう。
「判決はまだ出ていません。ウィシャートの力がボクらの述べた真実をも覆せるくらいに強大であれば、ボクたちは破滅するでしょう」
エステラの言葉に、マイラーは何も反論しなかった。
最悪の未来が、簡単に想像できるのだろう。
「けれど、今回お声がけした皆様は、そんな危険を承知の上で四十二区に協力してくださると確信していた方たちなのです。それは、区の大きさや影響力の大小なんかとは一切関係がなく、ボクがこの目で見て、この心で信頼できると確信した人たちなんです」
とんでもない無茶をやらかして、計り知れない迷惑をかける。
そんなの、気心が知れているヤツにしか持ちかけられねぇよ。
「お声がけが遅くなったことを不快に思われる気持ちは理解します。ですが、今回招待状をお出ししたのが、ボクに出来る最速だったのです。どうか、ご理解ください」
エステラが真摯な瞳で訴えかけると、マイラーは視線を逸らし、「まぁ、そういう理由であれば……」と呟いた。
つい今しがたまで背を向けていた領主連中が振り返り、安堵したような笑みを漏らす。
俺のやろうとしたことを汲み取ってノッてくれた者、周りの空気に便乗した者それぞれだろうが、実に息の合った行動だった。このレベルの連携なら事前の説明をしなくても出来る――ってくらいにいい関係を構築できているってことだな。
「今回は、仕方のなかった部分もあったのであろう」
「ご理解いただけて、嬉しいです」
にっこりと笑うエステラを見て、マイラーもにぃっと笑った。
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