異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

367話 会場入り、そして開場 -2-

公開日時: 2022年6月23日(木) 20:01
文字数:3,117

 日が昇り、街門前に行くと――

 

「うわっ、多っ!?」

 

 街門前広場には、すでに多くの者たちが詰めかけていた。

 まだ港の準備が出来ていないので街門を出ることは制限してある。

 それでも、開場と同時にイベント会場に駆け込みたい層がいるようで、街門前広場はかつてない盛り上がりを見せていた。

 

「ちょっと前は、ゴロつきがウロついてて人が寄りつかなくなってたのによぉ」

「……そのゴロツキは狩猟ギルドが排除した」

「木こりギルドの見回りが功を奏した結果ですわ」

 

 すげぇ人混みを眺めていると、イメルダが優雅にやって来た。

 イメルダは関係者なので開場前に港へ行くメンバーの一人だ。

 

「待ち合わせ場所、教会にでもしておけばよかったな」

 

 関係者とは、街門前で落ち合うことになっていたのだが、こうも人が多くては見つけるのも一苦労だ。

 

「門番の方に事情を説明し、分散して会場入りしてみてはいかがでしょうか? 何名かがここへ残り、合流した方へ説明をすれば混乱は生じないかと思います」

 

 カンパニュラがそんな提案をしてくる。

 確かに。ここに留まって全員が揃うのを待つのもしんどいし、大人数になってから移動するのも一苦労だ。

 

「分かった。カンパニュラの案を採用しよう。テレサ、カンパニュラをしっかりと守ってやってくれ」

「はい! かにぱんしゃ、まもぅ!」

「マグダ、イメルダ。ジネットたちを頼む」

「任せてくださいまし。もはや、四十二区街門の外は庭のようなモノですわ」

 

 イメルダは、港の工事のために何度も外の森を行き来している。

 さすが木こりギルドの次期ギルド長。大した度胸だ。

 

「……ヤシロは残る?」

「あぁ。港にはウーマロがいるし、設営は問題ないだろう。調理場の準備はジネットがいれば出来るし、俺の担当は混乱なくゲストを会場へ誘導することだ」

「……外に出るときは気を付けて」

「大丈夫だ。俺が出るときはデリアかメドラかハビエルと一緒に行くから」

「……メドラママと二人きりは、逆に危険」

「……うん。そこはもう、特に厳重に注意するから心配するな。マジで、厳重に注意するから」

 

 世界で唯一、魔獣が可愛く見える相手だもんな。

 物事の対比効果って、大きいよねぇ。

 

「では、ヤシロさん。会場でお待ちしていますね」

「あぁ。料理の準備を頼む。ロレッタも、ジネットを手伝ってやってくれ」

「任せてです! ウーマロさんによれば、軍艦巻きが映えるコーナーもあるようですから、あたしとマグダっちょがばっちりと輝けるよう準備を抜かりなくやってくるです!」

 

 それ、たぶん『マグダが』輝けるステージ設計だと思うぞ。

 まぁ、なんとか割り込んで一緒に輝いてくれ。

 

「アッスントとモーマットも設営よろしくな」

「もちろん、抜かりなく。最高のイベントをバックアップして差し上げますよ」

「俺も関係者かぁ。いやぁ、スポンサーってのか? なってよかったぜぇ」

 

 モーマットには、今回大量のフルーツを提供させた。

 在庫切れを懸念した行商ギルドが、農業ギルドに相談に行き、「商談しているヒマはないのでヤシロさんと直接取引してください!」と、らしくもない丸投げをした結果、「ヤシロぉ……俺ぁ、何をどーすりゃいいんだ?」と決められない管理職モーマットが助けを求めてきたので、「フルーツを提供してくれるなら関係者特権をくれてやる」と権利で食材を買ったのだ。

 関係者は、先に会場入りできるし、下ごしらえの途中で味見くらい可能だ。

 

 モーマットは二つ返事でOKし、アッスントは「この次はもっとうまく立ち回ってみせます!」と、変な意欲に燃えていた。

 今回は、卵不足が深刻で他に手が回せなかったらしく、それがどーしょーもなく悔しいのだそうだ。

 

 まぁな?

 間に割って入るだけでマージンとって利益上げられるんだもんな。

 手数料って、ホント美味い利益だよなぁ~。

 

 まぁ、精々働いてくれ。

 物流が活発になれば物価も安定する。

 こっちとしてはいいことずくめだ。

 

「ん~、私はノーマたちを待とうかなぁ。一人で行ってレイアウトとか勝手に決められないし」

 

 ネフェリーはノーマ、パウラ、ミリィと共にスフレホットケーキを焼く係だ。

 調理場の場所は決まっているがディスプレイはネフェリーたちに任せてある。

 そこまで細かいことをいちいち決めていられないので丸投げしておいた。

 パウラは飲食店関係者だし、ネフェリーやノーマならそこまで変なディスプレイにはしないだろう。

 なんなら、前にミリィを立たせておくだけで十分可愛い。

 

「ねぇ、ヤシロ」

 

 二人きりになってすぐ、ネフェリーが小さな声で俺を呼ぶ。

 どうやら、何か言いたいことがあったようだ。

 

「私ね、パーシー君の言ってたヤツ、やってみるね」

「四十区の講師か?」

「うん。四十二区の外で活動するのって、ちょっと緊張するけど……でも、やってみたいなって」

 

 パーシーの知り合いが養鶏場を始めるということで、ネフェリーに講師の依頼が来た。(パーシーの下心がありありな状態で、だが)

 あの時は、嬉しそうに「やってみる」と言っていたが、一晩じっくりと考えて、改めて決意したようだ。

 

「ウチの子たちの面倒を見る時間が減っちゃうかもしれないけど……でも、以前のウチみたいに、知識がないせいで屠殺されちゃうニワトリがいるかもしれないって思ったら、少しでも助けてあげたいなって」

「ん。いいんじゃないか? 動機はどうあれ、お前がそう思って行動をするなら、結果は必ずついてくる。俺にはそう思えるよ」

「うん。……へへ。ヤシロにそう言ってもらったら、なんか自信付いちゃった」

 

 緩くはにかみ、ちろっと舌を見せていたずらっ子な笑みを浮かべる。

 

「本当は、そう言ってほしくてこんな話しちゃったんだ。ごめんね」

 

 そして、屈託なくにっこりと笑う。

 いい笑顔だ。

 実に女の子らしくて、愛嬌がある。

 

 ……顔がニワトリ100%じゃなかったら。

 

 クチバシがはにかんでたなぁ……この世界の物理法則、こんがらがり過ぎじゃねぇのか…………

 

「あれ? 二人だけなの?」

 

 ネフェリーと話をしていると、パウラがノーマ、ミリィと一緒にやって来た。

 

「人が多いからな、他の連中は先に行った」

「そっか。本当に多いねぇ。大通りでもこんな混雑見たことないかも」

「はろうぃん、思い出す、ね」

「あぁ、確かに。あん時も人出がすごかったさねぇ」

 

 仮装行列が街を練り歩き、見物客が詰めかけていたハロウィン。

 それに匹敵する人混みだ。

 

 それはそうと。

 

「ノーマ。なんか眠そうだが、昨日は遅かったのか?」

「ふっふっふっ……」

 

 不敵に笑うノーマ。

 そしておもむろに、「たぶんホットケーキの金型が入ってるんだろ~な~」っと思っていた大きなバッグを開ける。

 中から出てきたのは、ふわっとしたもこもこのぬいぐるみだった。

 

「スフレホットケーキの屋台はディスプレイを任されているからねぇ、思いっきり飾ってやろうと思ったんさよ」

 

 デカいバッグの中から、まぁ出てくるわ出てくるわ、ぬいぐるみの山。

 ネコにヒヨコに魚にテントウムシ。

 スフレホットケーキの型になっている動物のぬいぐるみがごろごろ出てきた。

 

「テーマは、『森のお茶会』さね!」

「……森に魚はいなくないか?」

「『森の港のお茶会』さね!」

 

 いや、なんでもいいけどさ。

 

「……で、徹夜したのか?」

「大丈夫さね! この程度は慣れっこさよ。今日一日くらい余裕で持つさね!」

「パウラ。終わったら強い酒を飲ませて寝かせてくれ」

「う、うん……分かった」

 

 どうやら、俺とノーマの『大丈夫』には解釈の齟齬があるらしい。

 

 

 ノーマ。

 お前……全然大丈夫じゃないから。

 

 

 お寿司に負けるなと意気込むスフレホットケーキチームが四人並んで街門を出て行った。

 

 それから数分後、エステラがギルド長連中を連れてやって来た。

 それじゃ、俺もそろそろ会場入りしますかね。

 

 

 

 

 

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