数分後、兵士を伴ってノルベールとオウムが馬車に戻ってくる。
「よかった。いたか。これでもし姿をくらませていたら、カエルにしてやるところだったぞ!」
カエル?
何言ってんだ、こいつ?
どうも、ノルベールは酷く興奮しているようだ。
というより、俺に向けて隠すことなく怒気をぶつけてくる。
「説明してもらおうか!?」
「説明? 何を?」
「とぼけるな! 話を聞けば、貴様が原因だというではないか!?」
「原因…………はて?」
「きさまぁ!?」
ノルベールが俺の襟を締め上げる。……苦しい。けど、ここではあえて余裕の笑みを浮かべてみせる。
「なんのことだか、話が見えないんですけどねぇ」
「貴様が偽装硬貨を隠し持っているのだろう!? おかげで俺が疑われたのだぞ!」
「偽造硬貨なんて、持ってませんけどねぇ」
「嘘を吐くな! カエルにするぞ!?」
また、カエル?
なんだ、ことわざか何かか?
だが、今はとりあえず……
「証拠でもあるんですか?」
「なに?」
ここでようやくノルベールの力が弱まる。
俺は襟元を正し、ノルベールを挑発するように笑みを浮かべる。
「俺が偽造硬貨を持っているという、証拠ですよ」
「ふふん。あるぞ」
俺の言葉を待っていたかのように、ノルベールが勝ち誇った笑みを浮かべる。
そして、取り出したのは、俺が預けた財布だった。
「これは貴様の持ち物に違いないな?」
そして、無遠慮に財布の中身をその場にぶちまけた。
千円札と一万円札が一枚ずつと、小銭がちらほら……合計一万千二百八十六円。
……しょぼ。つい最近まで社会人だったから、感覚が……高校生ってこんなもんだっけ、財布の中身。
「どうだ! この見たこともない硬貨の数々! 商人である俺が断言してやる! このような硬貨はどこにも流通していない!」
「絶対、ですか?」
「ふん! 舐めるな! 俺は商人だぞ! 世界中の硬貨を知っているし、取り扱ったこともある!」
「じゃあ、賭けをしましょう」
「賭けだと?」
「この硬貨が、どこかで流通しているものであれば、俺の入門税を支払ってください」
「もし、流通していなければ、どうする?」
「カエルにでもなんでも、好きにしてください」
「その言葉、忘れるなよ?」
「ノルベールさんこそ」
絶対の自信を持って、ノルベールは笑みを浮かべる。
が、勝敗はすぐに決した。
先ほど俺がここのレートを調べた時のように、精霊神アルヴィに通貨の比率を提示してもらったのだ。
『 100円=10Rb 』
と、はっきりと表示されている。
「バカな……」
ノルベールがあんぐりと口を開ける。
まぁ、知らなくてもしょうがねぇよ。異世界のお金なんだもん。
とりあえず、これで俺は街に入れるわけだ。ノルベールの奢りで。
いいね、奢りって。最高。
「貴様、これが偽造硬貨でないなら、なぜあんな紛らわしい真似をした!?」
「紛らわしいって言われてもなぁ。俺はただ、落とした小銭を慌てて拾っただけだぜ? お金は大切だからな。何かおかしいか?」
「う……っ」
「勝手に勘違いしたのはそっちだ。俺に非はない。違うか?」
「ぐ…………!」
ぐうの音も出ないようなので、俺はさっさと退散することにする。
「んじゃ、俺はここで。送ってくれてありがとね。あと、入門税も」
手を振りながら馬車を離れていく。
と、背後から物凄い怒声が飛んできた。
「ちょっと待て、貴様ぁ!」
ドスドスと、石畳を踏み割りそうな勢いでノルベールが詰め寄ってくる。
また襟を締められると堪らないので、今度は適度に距離を取って対峙する。
迫る腕をひらりひらりとかわすうち、ノルベールは捕まえるのを諦めて言葉を発した。
「俺の香辛料をどこにやった!?」
「香辛料? あぁ、それなら、悪い人に盗まれちゃった」
「……………………は?」
俺の言葉が理解できないのか、ノルベールはマヌケ面をさらす。
しかし、やがて怒りを思い出したように、ノルベールは顔を真っ赤に染め上げる。
「貴様っ、香辛料を守ると約束しただろうが!」
「してねぇよ、そんな約束」
「嘘を吐く気か!?」
「嘘じゃねぇって。そんな約束はしていません」
きっぱり言い切ると、ノルベールはわなわなと体を震わせ始めた。
「ふ、ざけ……やがって………………カエルにしてやる!」
そう叫ぶと、ノルベールは俺を指さし一際大きな声を上げた。
「『精霊の審判』っ!」
その声が空に響き渡り、そして俺の体を淡い光が包み込んだ。
なんだこれは? 『精霊の審判』?
「この男は嘘を吐いた! カエルにしてくれ!」
「待て、俺は嘘なんか吐いていないぞ!」
「では、その時の会話記録の参照を申請する!」
ノルベールがそう言うと、目の前に半透明のパネルが出現した。
『この俺にそんな嫌疑をかけるとは、無礼千万! 俺に対する非礼はウィシャート家に対する非礼! 断じて見過ごせん!』
『では、ノルベールさん。今すぐ抗議しに行くべきです!』
『うむ! ……しかし、馬車をこのままにしておくわけには……』
『大丈夫です! 俺がちゃんと見ておきますから!』
『そうか。では、そうしてくれ。俺は兵士どもと話をつけてくる!』
なんだ、これは?
あの時の会話が、事細かに、正確無比に文字として保存されている。
こんな記録が残るのか……おまけに、こんな簡単に参照できるなんて…………
これじゃあ……
この街では嘘が吐けないんじゃないか?
「はっはっはっ! どうだ! よく見てみろ!」
勝ち誇ったようにノルベールが半透明のパネルを指さす。
『俺がちゃんと見ておきますから!』の部分だ。
「貴様ははっきりと約束しているではないか! 香辛料を守ると!」
「…………はて? 香辛料を……『守る』?」
いまだ俺の心臓はバクバクだが、ノルベールが何をし、何を言いたいのかはだいたい分かった。
ここで退いてはダメだ。付け入られてもダメだ。踏み込まれるなどもってのほかだ。
押し返し、言い返し、叩き返してやるのだ。
あくまで冷静に。
落ち着いて。
余裕の表情で。
俺は、一流の詐欺師なんだからな。
「俺の目がおかしいのかなぁ? 『守る』なんてどこにも見当たらないんだが……」
「なっ!? バカか、貴様は! この流れで『荷物を見ている』というのは、すなわち『荷物を盗られないように守っておく』という意味だろうが!」
「いや~? 俺はそんな風には思わないけどなぁ」
「……なん、だと?」
「『見ておく』は、あくまで『見ておく』だ。それ以上でも以下でもない。……お前、また勝手に『思い込んだ』のか?」
「そんな……」
俺の言葉に、ノルベールは眩暈を起こしたように足をふらつかせた。
「な、なら……お前は…………何をしていたというのだ?」
「ここに書いてある通りだよ。俺はちゃんと『見ていた』ぞ」
「み、見ていたのなら、なぜ盗まれたんだ!?」
「ずっと、『見ていた』だけだから」
「…………は?」
「香辛料が、悪い人の懐にしまわれるところも、ちゃ~んと『見ていた』よ」
ノルベールの顔から表情が消えた。
そして、俺の体を包み込んでいた淡い光も掻き消えた。
どうやら、『精霊の審判』とやらが終了したらしい。……勝てた、ってことでいいのかな?
「んじゃ、俺はもう行くぜ。まだ文句があるなら、俺を許した精霊神様にでも言うんだな」
今度こそ、片手を上げて俺は颯爽と立ち去った。
……心臓、バックバクだったけど。
なんだよ、あれ!?
『精霊の審判』って、なんなんだよ!?
カエルにする? あれでもし、俺が嘘を吐いていたらカエルにされてたのか?
冗談じゃねぇぞ。
あと、会話記録!
あんなの有りかよ!? 最初に言っとけよ!
危なくカエルになるところだったぜ!
軽率に嘘を吐く詐欺師は三流だ。
本物は、無暗に嘘を吐かない。
『嘘ではないが、真実でもない言葉』を選ぶのだ。
さっきの『見ておく』がいい例だ。『見ておく=守っておく』だと勘違いするのは相手の勝手。こちらに責任はない。
そしてもう一つ。
『悪い人に盗まれちゃった』
この言葉。
盗みをする悪い人は、仕事がうまくいくとさっさと現場を離れる。
――なんて思い込みをしているから足をすくわれるのだ。
俺は懐から、極上品の香辛料を取り出す。
盗みを働く『悪い人』は、お前らの目の前にずっといたんだよ。
これも決して嘘じゃない。
まぁ、あえて誰が悪いと論じるのであれば、俺は迷わずこう答えるね。
『騙されるヤツがバカなんだよ』と。
こうして俺は、精霊神とかいう訳の分からんヤツの力によって、不思議で厄介な魔法が施された街へと足を踏み入れた。
この世界の人間が『嘘が吐けない街』と称する、オールブルームへと。
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