「おい、女」
リカルドが、ドスの利いた声でバルバラを呼ぶ。高圧的に、上から見下ろすような視線を向けて――
「――リカルドのくせに、偉そうに」
「偉いんだよ、俺は! 黙ってろ、オオバ!」
舌打ちを鳴らして、再びバルバラへと視線を向ける。
そして、邪悪なツラで残酷な現実を突きつける。
「そっちのガキは全部理解しているぞ」
その言葉に、バルバラの顔が青ざめる。
必死に隠していたのだろうが、ガキってのは敏感なものだ。隠そうとしているものほど、目敏く見つけ出してしまう。
「俺たちが貴様の隠れ家に踏み込んだ時、そのガキはこう言ったんだ――『ていこうはしません』とな」
「……え?」
信じられず、妹の顔を覗き込むバルバラ。
テレサは何も言わず、ただはにかんでいるだけだった。
それは、ある種の肯定と取れる行動だ。
「そして、自分を連れ去ろうとする俺たちに向かって、こうも言いやがった。『あーしはなんでもすゅから、おねーしゃん、ゆゅしてあげて』ってな」
衝撃を受け、言葉をなくすバルバラ。
姉を思う妹の心に、ジネットたちの瞳にうっすらと涙が浮かんでいる。
こんな小さな少女が、ろくに飯も食えないような生活を必死に守ろうとしていた。
姉がそばにいる。それだけで、この少女には守るだけの価値があったのだろう。
本当に、ガキってのは察しがよくて……バカだよな。
言葉もなくはにかみ、それでもぎゅっと姉の服を掴んでいるあどけない少女に、誰も何も言えずにいた。
苦しくなるほどに切ない思いが胸に込み上げてくる。
そんな中、俺は口を開く。どうしても言っておかなければいけないことがあるから。
なぁ、みんなもそう思うだろう……
「リカルドの舌っ足らずしゃべり、気っ色悪ぃなんてもんじゃないな」
「貴様はどうしてそういうくだらんことしか言えないんだ、オオバ!?」
いや、もう……
感動させてやろうって雰囲気醸し出してる語り口調とか、その中に紛れ込ませてる割と真面目な舌っ足らず口調とかがもう……
「誰か、鈍器とスコップ持ってねぇ?」
「なんで殴打したあと埋めようとしてやがんだ!? 負けねぇよ、貴様ごときには!」
騒がしいリカルドの声に、辺りを覆っていたお涙ちょうだいな空気が薄らいでいく。
騒がしいヤツがいると、大抵こういうことになるんだよなぁ、まったく。
そんな中でも、バルバラは知らされた真実に衝撃が隠せない様子だった。
「テレサ…………お前、みんな、知って……?」
「……ぅん。ごめんなしゃい……」
「アーシが今まで、何をしていたかも…………」
「おねーしゃん、わゅくないょ……おねーしゃん、あーしのために、がんばっただけ……だから……」
「……テレサ…………ごめっ…………ん、な……」
「ごめん、いゃないよ。おねーしゃん、ごめん、ないょ」
強く抱きしめ、抱きつき、互いに身を寄せ合う姉妹。
今後、バルバラが悪事を働くことは二度とないだろう。
一番キツいんだよな、大切な人に心配かけてたって事実を突きつけられるのが。
その後ろめたさは……どんな拷問よりも心を抉る。
「こほん。話を戻してもいいかな、バルバラ」
エステラの咳払いに、バルバラが肩を震わせる。
そして、テレサを背に庇い、必死な形相でエステラを見上げる。
「こ、この娘のいないところで……アーシはなんだってするから!」
妹に、これ以上つらいものを見せたくない。
そんな姉の思いやりから出た言葉だったが、エステラは静かに首を振る。
「テレサにも、関係のある話だから、一緒に聞いてほしい」
「けど……っ!」
「おねーしゃん。…………へいき、だよ。あーし、きくょ」
「テレサ……」
妹に諭され、バルバラは観念したようにうな垂れる。
肩をすくめて、エステラは苦笑を漏らす。
悪人になった気分なんだろうな。姉妹の仲を引き裂く大悪党に。
「え~っとね、まず、四十一区でのアレヤコレヤに関してだけど……」
「犯した罪」とは言わず、におわせる程度にとどめ、先ほども告げた奇想天外な処置を口にする。
「リカルドから、こっちに譲渡してもらったから、こっちでまとめて処理することになる。――で、いいよね?」
「お前な……せめて俺の了承を得てから…………ちっ、好きにしろよ、もう」
手紙で伝えてはあったのだろうが、リカルドの了承を得る前に物事を進めていたらしいエステラ。まぁ、どう転ぼうとその結末にたどり着くよう手を尽くすつもりだったのだろうが。
「というわけで、君には強制労働を科す」
「…………はい」
強制労働と言えば、どこか隔離されたようなキツい環境でつらい肉体労働がお約束だ。家族にも会えずに、数年間黙々と自分の罪と向き合いながらただ罪が消えるその日を待ち続ける……なんてことを、この甘々のエステラがするはずもなく。
「明日から、ヤップロックの畑を手伝うように」
「……え?」
驚いて顔を上げるバルバラ。視線はヤップロックへと向かう。
目が合い、照れたように頭を搔くヤップロック。
「ヤップロックから申し入れがあってね。君を住み込みで雇いたいって」
「え……いや、でも、アーシ…………え?」
「いや、実は、少し畑が大きくなり過ぎましてね」
言い訳をするように、ヤップロックが人畜無害な顔で言う。
「真面目で頑張り屋さんな人材を探していたんです」
畑を荒らした強盗に向かって言う言葉ではないとは思うが……ま、今のバルバラなら大丈夫だろう。
「だから、君はこれから一年間、ヤップロックの家に住み込み、畑の手伝いをすること」
「あ、あの……それじゃ……」
バルバラが言いたいことは察しが付く。
そうしたら、その間妹はどうなるのか……と。
そこも心配要らない。
エステラのあのドヤ顔……結果が目に見えている。
「言い忘れていたけれど、君を雇うにあたり、一つ条件があるんだ」
そういう遠回しな前振りをして――
「君の身元保証人も、同時に住み込んでもらうことになるんだ。たとえばそう……君の家族と一緒にね」
「それじゃ……」
「ヤップロック。問題ないよね?」
「はい。トルベック工務店さんに離れを作っていただけるよう依頼をしておきました。部屋数は一つですので、二人では少々手狭になるかもしれませんが……」
「いい! 全然いい! ア、アーシと、この娘は、一緒に…………ずっと一緒で…………ぐじゅ……っ」
口から出かけていた言葉は、それより先に垂れ落ちそうになった鼻水をすすり上げるために中断された。
何度もしゃくり上げ、顔を上げていられなくなったバルバラに、ヤップロックは近付き、そっと、その痩せ細った肩に手を載せた。
「では、完成したらご自由にお使いください。それまでは、私の家族と一緒ということになってしまうんですが……我慢してくださいね」
「我慢なんて…………あ、あぅ、あの、ありがとう!」
背の低いヤップロックよりもグッと低い位置まで頭を下げて、バルバラは土下座に近いお辞儀をする。
そして、真っ赤に染まった目と鼻をエステラへと向ける。
バルバラの視線が自分に向いたところで、エステラは胸を張って、そして微笑みかける。
「それが領主として、君に科す義務だよ。それが済めば、君たちは自由だ」
「…………はい」
持って回った遠回しな言い方だったが、バルバラには正確に伝わったらしい。
まったく、どうにもひねくれた性格をしているよな、ここの領主は。
素直に、「姉妹で暮らせる家と仕事を用意したから、悪事から足を洗ってまっとうに生きろ」と言ってやればいいものを。
「ツンデレ気取りかよ」
「それは君だろう? いつもいつも素直じゃない」
「俺は素直だよ。お金とおっぱいが大好きだ」
「好きなものに対してはね。でも……ふふ、まぁ、言及はしないでおくとしよう。君にも、一応の美学があるようだしね」
ふん。言ってろ。
「よかったですね、バルバラさんたち。一緒に暮らせるようになって」
「あぁ。しかも、明日からは衣食住が約束された仕事付きだ。これが『罰』だなんて言ったら、『精霊の審判』に引っかかっちまいそうなくらいの好待遇だよな」
「ふふ。いいじゃないですか、それでみなさんが幸せになるのであれば」
確かに、不幸になるヤツはいないけどな。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!