第一回戦が終わって、ちょっとした悶着が起こった。
「なんで俺が最下位なんだよ!?」
四十一区のイサークが大会実行委員に噛みついていたのだ。あ、いや、物理的にではなく、比喩的な表現でな。
積み上げた皿の数は四十区のオースティンも四十一区のイサークも同じ四十九枚。そして、五十皿目の残りはイサークの方が少ない。
だが……
「イサーク選手は食べこぼしが多く、八皿分減点されます!」
「なん……っだよ、そりゃあ!?」
あいつはルール説明を聞いてなかったのか?
あれだけ食い散らかしゃあ当然だ。
と、隣を見ると……ベルティーナが真っ青な顔をして立っていた。
「もしかして私は……そんなに、頑張らなくても、よかったのでは?」
みんなー! ルールちゃんと聞いてー!
イサークが減点になると知っていたら、オースティンにだけ気を配っていればよかったわけで……っていうか、そのオースティンですらも、イサークに引っ張られるようにペースを上げていたわけで…………ルール聞けよ。イサークは最初っから負け確定だったんだからよ。
まぁ、かくいう俺も、あの雰囲気にのまれてちょっとハラハラしちゃっていたけどもな。
「それより、ベルティーナ」
「はい。ありがとうございます」
何も言っていないのに礼を言われた。
それ以上言うなということか。
分かっているからと。
へいへい。もう大丈夫だってことでいいんだな。
チラリとレジーナを見ると、すぐ俺の視線に気付いて、満足そうにこくりと頷きをくれた。
「えぇ、おっぱいやったで」
「なんの頷きだったんだ、今のは!?」
「いや、えぇおっぱいやったっていう……」
「二回も言うな『えぇおっぱい』!」
つか、なんで胃薬を処方するのにおっぱいを見る必要があるんだ!?
くっそ。次からは俺が問診と触診をしてやる!
「お兄ちゃん!」
盛り上げ隊長のロレッタがぴょこりんと、俺の前に跳んでくる。
「次は誰が行くんです? 煽りの文句を考えたいので、教えてです」
「お前って、意外と下準備しっかりする派なんだな」
ノリと勢いだけで生きているのかと思っていたが。
「もちろんです! 誰が出場することになっても、きっちりしっかり盛り上げてみせるですっ!」
「んじゃ、お前行ってこい」
「それは想定してなかったです!?」
さすがに、自分が出場している時に、自分で盛り上げるのは無理か。
「大丈夫だ。応援はノーマが覚醒したし、パウラもネフェリーもいる」
「私もいますっ!」
あえて無視したナタリアが、グイグイと割って入ってくる。
「ま、まさか……あたし、応援団クビですか?」
「そんなことするかよ」
今こそロレッタが輝く時なのだ!
「ロレッタの盛り上げ力は四十二区には欠かせないものだ。一勝を挙げ、ノリに乗っているこの雰囲気をいい具合に持続させるには、ここでお前を投入するのがベストなんだ! 舞台の真ん中で、盛大に盛り上げてきてくれ!」
「おぉっ! それはあたしにしか出来ない盛り上げ方ですね!?」
「おう! 任せたぜ!」
「はいです! しっかり任されたです!」
やる気に火が点いたロレッタ。
うんうん。お前はただ盛り上げることを考えて善戦してくれればいい。
たぶん、ここで一回負けるし。
俺の計画では、ベルティーナと、マグダ、そしてデリアに甘い物を任せて、これで三勝できると踏んでいる。
今回、イサークが減点されたことにより、最下位は四十一区。
あのままイサークが勝っていれば、四十区が最下位となり、次の料理は四十区が担当することになるはずだった。
四十区の名物と言えばケーキ。
もし、ここでオースティンが負けていたらデリアを投入していたところだ。
だが、負けたのはイサークだった。
四十一区のメニューは、おそらく肉系の物だろう。
デリアでは少々不安が残る。
また、俺たちが一勝を挙げたことにより、四十区も四十一区も早く一勝を手にしようと、強力な選手を投入してくる可能性が高い。
下手したら、暴食魚グスターブが出てくる可能性もある。
ならば、ここは無難に引いて、負けてもともと、勝てればラッキーくらいのスタンスでいた方がいい。
一位か最下位になれれば優勝も見えてくる。
もし勝てればリーチとなり、マグダで優勝が決まる。
もし最下位なら、次のターンでレモンパイでも出してやればデリアが一勝を挙げてくれる。
四十区が最下位になった場合も、結果は一緒だ。
ロレッタが一位になり、四十区が最下位になるのが一番の理想なのだが……まぁ、そこまでうまくは行かないかな。
そんなわけで、最下位となった四十一区が料理を担当することとなり、第二回戦の準備が始まった。
観覧客の入れ替えも同時に行われる。
しばらく時間があくため、ここにいる連中は各々好きなように過ごしている。
ベルティーナとジネットは一度会場の外へと出て、教会のガキどもと話しに行っている。
ノーマ率いるチアガール軍団は、何やら応援の練習を開始していた。振りを付けて応援するつもりらしい。
「一時間のインターバルは、ちょっと長かったかな」
すっかり退屈した様子のエステラが、伸びをしながらそんなことを言う。
「それは、勝ってるから言えることだよ。負けてる方はこの一時間で作戦を立てて、あっちこっち奔走するんだ。短いくらいかもしれんぞ」
「ヤシロはしないのかい、奔走」
「あのな……」
にやにやと、からかうような目で俺を見てくるエステラ。
お前は何か勘違いしてないか?
「四十二区の代表者はお前だろうが。奔走ならお前がしろよ」
「じゃあヤシロ。素晴らしい作戦を授けよう」
「なんだよ?」
「『おまかせで』!」
「…………お前なぁ」
こいつは、ここ最近でいろいろ反省したんじゃなかったのか?
領主として、きちっと責任を持って行動するよう心がけるのかと思いきや、『おまかせ』と来たか……
「……だから育たないんだよ」
「か、関係ないよね!?」
『どこが』とは言っていないにもかかわらず、エステラはしっかりと両腕で胸を押さえていた。
「お兄ちゃん! ちょっと質問があるです!」
鼻息を荒らげて、ロレッタがやって来る。
まゆ毛をキリリと上げ、なんだか勇ましい表情だ。
「物理攻撃は、有りですか!?」
「有りなわけあるか!」
それを認めたら、真っ先にお前がノックアウトされちまうぞ。向こうは狩猟ギルドや木こりギルドなんだからな。
「ふっ…………ふふふふ……な、なんだか、やる気が満ち満ちてきたです! 思えば、いつもいつもあたしはサポート……隅っこに存在するような、ちょびっと控えめな女の子だったです」
え、どの辺が?
「しかし! 今回は、あたしが主役です! 見ててです、お兄ちゃん! あたしが、華麗に、盛大に、盛り上げてみせるです!」
握り拳を突き上げ、ロレッタが天を見上げる。
なんだか、物凄く盛り上がってるな…………ロレッタが。
お前じゃなくて、周りを盛り上げてくれな。
「お……おぉぉおお……なんか、急にプレッシャーが…………お腹痛いです」
「おぉーいっ!?」
こいつ、マジで大丈夫か!?
「しょうがねぇな……レジーナ」
「すまんなぁ……アホの娘につける薬はあらへんわ」
「いや、胃腸薬を頼みたいんだが……」
アホの娘につける薬なんかがあるんなら、すぐにでも連絡してほしいね。
つけたいヤツがたくさんいるから。
そうして時間は流れていき……
――カンカンカンカン!
スタンバイの鐘が打ち鳴らされる。
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