「けど、陽だまり亭はラッキーだったよね」
今や絶版、回収までされ始めている情報紙を広げてエステラが言う。
「情報紙に載ったのは陽だまり亭とカンタルチカの二店舗で、陽だまり亭は狙われなかったんだからね」
「いえ、それが…………」
言い難そうに、ジネットが視線を逸らす。
そんな仕草に、エステラは首を傾げる。
「狙われたんだよ、陽だまり亭は。カンタルチカよりも先にな」
「えっ!? ホントなの、ジネットちゃん!?」
「あ、……は、はい。狙われた……というのであれば、そうなのかも、しれません、ね」
ジネットの歯切れが悪いのには理由がある。
要するに、ジネットが天然だということなのだが。
「俺がゲラーシーに会いに行ってる隙にな、連中、陽だまり亭に来たんだよ」
「ヤシロがミスター・エーリンに? 何の用で?」
「……そこは別にいいだろう」
カンタルチカばっかり客が来るから、ちょっと領主を脅して二十九区から『陽だまり亭の味堪能ツアー』とか組んで客を寄越せって交渉をしに行っていたのだが……銀髪Eカップのイネスにさら~っとあしらわれてしまったのだ。詐欺の件でバタバタしてたからだな、きっと。
後日イジメに行ってやらねば。領主共々、給仕長も。
「で、帰ってきたら……マグダとロレッタがしら~っとした顔をしていてな」
「ん? マグダとロレッタが? 話が見えないんだけど」
「……そこから先はマグダたちが話す」
「あの日起こった、信じがたい事件を、です」
ステージに上がるように、マグダとロレッタが全員の視線の集まる先に並び立つ。
「……ヤシロが留守の時、詐欺師のリーダーと思われる男が一人で来店した」
「とても慌てた様子で、こんなことを言ってきたです。『なぁ、ねーちゃん! あんた、目つきの悪い、小ずるい男に心当たりはねぇか?』」
それは、パウラが言われた言葉とまるで同じセリフだった。
しかし、ここからが違った。
「……そのセリフを聞いた店長は、迷うことなくこう答えた」
「『いいえ、心当たりはありません』!」
「「「「えぇっ!?」」」」
その場にいた、事情を知らなかったヤツが全員驚愕の声を上げる。
そこまで驚かなくてもいいだろうに。
「……その時マグダは思った……『あぁ、店長、カエルになるな』と」
「あたしも思ったです。……『さすがに、それはないです』と」
「い、いえ。でも、ヤシロさんは別に小ズルいわけではありませんし、それに目つきも悪くは……」
「いいや、ジネットちゃん。ヤシロは小ズルいし、あの目つきは凶悪と表現してもまだ足りないくらいに悪いよ」
「あれ、エステラ? ケンカ売ってる?」
まぁ、なんにせよ。
連中は詐欺のとっかかりとして『自分の仲間に似た特徴のある人物』且つ『兵士に捕まってもおかしくない人物』を創り上げる必要があった。
食堂はともかく、酒場ならそういう人間の一人や二人に心当たりくらいあるものだ。客層的に。
そうして、知人のピンチを演出して金を引き出そうとしていたのだ。
パウラが思いのほか食いつく人物がいたってのは、連中にとってラッキーなことだったのだろう。
ただ、その人物が俺だったってのは、連中にとって最大の不幸となったわけだけども。
「結局、まだ碌な交流も行っていないうちにあぁいう情報紙みたいなものに特集するのはよくないってことになって、最新号は絶版、回収となったってわけさ」
「パウラさん、気にされてなければいいですけど……」
「心配ないよ。パウラもちょっとホッとしてたみたいだし」
「怖い目に遭いましたからね……それも仕方ないことかもしれませんね」
ジネットの言うことは一理ある。
だが、それだけではない。
カンタルチカの客足は驚くほど伸びた。
だが、やっぱり一見さんが増えると常連の居心地が悪くなる。
そういう面でも、パウラはもう一回今まで通りの酒場運営をしたいのだそうだ。
俺のもとへわざわざ礼を言いに来たパウラが、ついでのようにそんなことを言っていた。
今回の一件は、いろいろ思うところがあったようだ。
「でも、素敵な街ですよね。四十二区は」
背筋を伸ばして、胸を張って。
ジネットは一点の曇りもなく言い切る。
「一人のためにみんなが力を合わせられる。なかなか出来ることじゃないと思います」
「そうだね。ボクの自慢の領民たちだよ」
「アタシはもう二度と御免さよ、あんな役……」
「まだ言ってんのかよ、ノーマ。何がそんなに気に入らないんだよ? あたいなんか、出番ほとんどなかったんだぞ?」
「アタシは……っ!」
言いかけて、言葉を飲み、恨めしそうに俺を睨む。
「…………ヤシロにベタ惚れの待つ女なんて、やってられないさよ」
はまり役だと思ったんだけどなぁ……羅刹女。
「ほなら、キツネはんはグイグイいく女を目指すんやね? いややわぁ、このスケベ」
「ふなぁっ!? ち、違うさよ! アタシは、慎ましやかに、淑女として、来るべき時と、来るべき人を待ってさね……」
「あ~ぁ。まだ当分先になりそうだなぁ、ノーマの結婚」
「うるさいさよ、デリア!」
ホント。どうしてこのお色気美人が未婚なのか。
四十二区の領民は、その辺の感性が若干残念過ぎる傾向があるよな、うん。
「そう言ぅたら、今回シスターはんは一切絡んで来ぅへんかったなぁ」
「さすがに、他人を騙す計画にベルティーナを巻き込むのはどうかと思ってな」
「詐欺の片棒担がせるんは、やっぱ気が引けるわなぁ」
「でも、シスターはずっと、わたしたちの無事を祈っていてくださったんですよ。今朝言われました。みんなが無事で何よりですって」
この街には、それぞれに担当の持ち場がある。
たとえば、物作りならウーマロにベッコにイメルダ。
たとえば、荒事ならマグダにデリアにナタリア。
たとえば、人を喜ばせる時はジネットにミリィにベルティーナ。
「そしてコスプレならノーマ……」
「聞こえてるさよ」
煙管をぽんぽん手のひらでバウンドさせるのはやめたまえ。
店内は禁煙なのだから。
「けど、いっつも真ん中にしゃしゃり出てくるお人好しが一人いるよね」
「お前だろ、エステラ」
「ボクは領主だからね。中心というより、全体を包んでいるんだよ」
「包容力の一切ない胸なのにか?」
「大きさと包容力は関係ないよ!?」
バカモノ。
ジネットの谷間にはどれだけの物が挟めると思っているのだ。
それこそが包容力! …………収納力か?
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