それにしても、ジネットが積極的に弁当のPRを展開している。
何に触発されたのかは知らんが、いい傾向だ。
……とはいえ。
「ジネット。お前も少しは食え」
「え? ……あ、そうですね。すっかり忘れていました」
「ったく……」
他人の世話ばっかりして、自分は一口も食べていない。
ジネットの悪い癖だ。
運動会は午後も続くのだ。しっかり食っておかなければ倒れてしまう。
「ほれ、これくらいは最低限食っておけ」
腹にガツンとたまりそうなものと米、そしてサラダを小皿に取り分けてジネットに渡す。
満腹になる必要はないが、エネルギー補給は不可欠だ。
本当はあと何回かおかわりさせたいところだが……残りがもうほとんどない。
「ありがとうございます。……ふふ。取り分けてもらえるのって、なんだか嬉しいですね」
丁重に両手で受け取り、じっと見つめて微笑みを漏らす。
そんな喜ばれるようなことを、お前はずっとやってきてたんだぞ。自覚あるのか?
まぁ、あれだ。たまには甘えろ。
「もし足りなかったら言えよ」
「いえ。わたしは作ったりよそったりしているとおなかが膨れてしま……」
「弁当がもうなくなっちまうからな。そこらの出店で何かおごってやる」
「え……」
「一人で食うのがアレなら、まぁ……一緒に、な」
「…………それは、魅力的な提案ですね」
小皿をきゅっと握って、そして、目をぐぐーっと細めて頬を緩める。
「わたし、今日は少し食いしん坊になっちゃいそうです」
母親に似なければいいんだがな。
……なんて皮肉を言うタイミングを、ついうっかり逃してしまった。
そんなに喜ぶな。子供か。出店くらいで……ったく。
……俺も、今日ばっかりは太っ腹になってしまいそうだ。
お嬢ちゃん、おっぱい大きいねぇ。オジサンが美味しい物買ってあげるからちょっとこっちおいで。一緒に食べよう……ぐっふっふっ。
わぁ、顔見知りじゃなかったら俺犯罪者。
とかなんとか言ってないとやってられねぇよ。だって俺、今……そんないい笑顔されると、多少の出費は多めにみれちまうな……とか、考えちまってんだもんよ。
あ~ぁ、やっぱ祭りの雰囲気は怖ぇわ。財布の紐が二年穿き続けたパンツのゴムよりゆるゆるになりやがる。
自分の発言にくすくすと肩を揺らすジネット。
――の、前に割り込んできて目をきらきらさせるベルティーナ。
「ヤシロさん! 私も食いしん坊になっちゃいそうです!」
「お前はいっつも食いしん坊だろうが!」
しかし不思議だ。
似た者母娘の母親の方には、「おごっても懐が痛まない」とは思えないんだよなぁ……確実に致死量の痛みが伴うし。
「おそらくですが、ヤシロさん……私、これだけでは足りません」
「でしょうね!」
ベルティーナがぐいぐいくる。視線を逸らしても回り込んでくるし、覗き込んでくる。
これはもう、魔獣のソーセージくらいはご馳走しないと離れてはくれないだろう。
……今日、そんなに金持ってきてねぇぞ。…………リカルドに集るか?
というか、俺。今、いくら持ってるんだ?
今日は運動をするっつーんで、そこまで持ってきてないんだよな。
屋台があるから多少は持ってきているんだが。
どんなに走っても跳んでも落ちないように、ズボンのポケットを二重構造に改造してそこに小銭を入れてある。
それを確認するために尻ポケットをまさぐっていると……ぱさり……と、何かがポケットから落下した。
それは小さく折りたたまれた紙の束で、俺自身が、俺の手で、俺の尻ポケットに入れた、俺お手製のとある『ブツ』で、そいつの存在に気が付いた時、一瞬俺の背筋がヒヤッとしたりする物だった。
「ヤシロさん。何か落ちましたよ?」
「あぁ、いや! 大丈夫だ! 拾わなくていい!」
なぜ、俺はこの時こんなに焦ってしまったのだろう。
なぜ、俺はそれを誰かに見られたくないと思ったのだろう。
よりにもよって、こんなタイミングで……
俺が慌てて拾おうとしたその『ブツ』を、俺の焦りをいち早く察知したマグダがサッと拾い上げる。
奪い返そうとする俺の体をノーマとナタリアがさり気なくも的確に阻んでくる。
そうして、ワクテカ顔をした女子たちが覗き込む中、その折りたたまれた『ブツ』が開かれる。
その中に書かれている文字は――
『エステラ添い寝券』
――しかも、十枚綴り。
「んなぁ!?」
そんな奇妙な声を上げたのはもちろんエステラで、その一瞬で各々が、其々、銘々、何かを察知したような顔をした。
「エステラ様からの贈り物ですか?」
「おっ、おぉおおお、贈ってないよ、そんな物!」
「プレゼントだとするなら……幼児並みの発想力ですわね」
「だからボクが作った物じゃないから!」
「ほんならアレかいな? その権利を業者に譲って販売許可出しとるん? 丸儲けやな」
「そんなわけないだろう!?」
一斉にからかわれ始めたエステラが、真っ赤な顔をして俺のもとへと歩み寄ってくる。
「一体、どうしてヤシロがこんな物を持っているのさ!? そ、それも、じゅ、十枚も! そ、そんなに何度もボクと添い寝をするつもりなのかい!?」
「バカ! 違うわ! 落ち着け!」
くっそ、タイミングが悪かった!
こんな最悪のタイミングでなければ、このチケットの意図は正確に読み取られていたはずなのに、この状況下では完全に『俺が使用するためのチケット』という認識をされてしまっている。
ここは正直に――商機を逃すことになるだろうが――話すしかないだろう。
「こいつは、トレーシーに高値で売りつけるためのものだ!」
「言い値で買いましょう!」
「不許可だよ! 君になんの権限があってそんな商売を……、と、とにかくっ! 不許可! 没収! 廃棄!」
「あぁ、エステラ様っ! もったいない!」
哀れ、びりびりに破かれた添い寝券。
空に舞い上げられ、トレーシーと他数人のオッサンどもがその切れ端に手を伸ばすが――
「その券は無効だから!」
無慈悲な領主の一声に、舞い散る紙くずは無価値な存在と成り下がった。
そうして、その無慈悲なる領主は俺の鼻先に指を突きつけて、眉を怒らせる。
「この次、こ、こんなくだらないことしたら、二~三日投獄するからね!」
そんな無体なことを言い、そして今回の件に関する刑罰を告げた。
「お好み焼き、ご馳走してくれたら……今回の件は、許す」
「……へいへい」
「反省の色が見えなぁーい!」
「はい、ごめんなさいでした!」
「むぁぁああ!」と、照れを怒りで発散させるエステラに、ここは素直に謝った方が賢明だと判断して謝罪の弁を述べておく。
お好み焼きくらい、ついでにおごってやる。
「じゃあ、ジネットも一緒にお好み焼きを……」
と、ジネットを見ると、突然巻き起こった大騒ぎに少々茫然自失な様子でぼ~っとしていた。
ぺたんと座ったまま、なぜか手には添い寝券の切れ端を握りしめて。
「……お~い、ジネット?」
「…………」
そして、俺が名を呼ぶとゆっくりとこちらを向いて――目が合った瞬間に、なぜかほっぺたをぷくりと膨らませた。
……はい。懺悔、してきますよ。すればいいんでしょう……ったく。
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