「あ、あの……ヤシロさん」
「それ以上言うな。俺にも出来ることと出来ないことがある」
何かを言いかけたジネットの言葉を封じる。
いくらなんでも、この人数の働き口など俺に紹介することなど出来ん。こいつらを食わせてやることも不可能だ。
店の余り物で飯を? 余り物で足りる数じゃない。教会への寄付を切り捨てても足りはしないだろう。何より、それに割く時間と人員が決定的に不足している。
俺たちにはどうすることも出来ない案件だ。
「……です、よね…………やっぱり」
ロレッタが肩を落とし、それでも弱々しい笑みを浮かべる。
「分かってはいましたです。あたしを雇ってくれただけでも感謝してるです……無理なことを言ってすみませんです」
ジネットが切なそうにロレッタを見つめる。
力になれない。それが堪らないのだろう。
「あ、あのっ! せめて一度だけでも料理を作らせていただけませんか? 今日の夕飯だけでも。みなさんが普段食べていらっしゃるものに、軽く手を加えるだけになるかもしれませんがっ!」
食料を提供できない今、ジネットに出来るのは技術の提供だけだ。
せめてそれで役に立てないかと思ったのだろう。一度きりと限定したのも、百人分の食事を用意するのにかかる時間を考えて、毎回は無理だと思ってのことだ。
それでも、自分に出来る最大限のことをやりたいと、ジネットは思っているのだろう。
でもな、ジネット。
料理を作るのは結構ギャンブルなんだぞ?
その時は確かに喜んでもらえる。だが、その味に慣れてしまえばこれまでの食生活に戻った時にわびしさが増す。
ヤップロック一家が陽だまり亭に来たのだって、『これで最後だ』と思ったからで、美味いものを食った後に貧しい生活に戻るのはかなりきついのだ。
それに、火を通せば食材は縮むしな。
こいつらなら生野菜を齧っている方が腹の足しになるかもしれん。
調理することによって量が増える料理でもあれば話は別だ……が………………ヤップロック…………増える…………
「そうだっ!」
人手を欲しているヤツがいるじゃねぇか!
俺だ!
「全員とまではいかんが、何人かなら雇えるかもしれんぞ」
「「ホントですか!?」」
意気消沈していた二人が揃って声を上げる。
「いや、まだなんとも言えんが……手伝ってほしいことがあってな」
「なんでもするです! いや、させるです! 何をすればいいですか!? 教えてほしいです!」
「近いっ! 話す、話すから、ちょっと離れろ!」
グイグイ食いついてくるロレッタを落ち着かせ、俺は咳払いを挟んだ後に話を始める。
「ポップコーンの移動販売を行おうと思う」
「ポップコーン……って、マグダっちょがお客さんにあげてたやつですか?」
「あぁ、そうだ。……で、その『マグダっちょ』ってなんだ?」
「あの娘、可愛いですから。なんだかそんな感じで呼びたくなったです」
お兄ちゃんとかマグダっちょとか、変な呼び方を好むヤツだ。
じゃあジネットのことも『ボインちゃん』とか呼べばいい。
「ですがヤシロさん。移動販売となると……」
「あぁ。おそらく領主の許可が必要になるはずだ」
詳しくはエステラにでも聞かないと分からんが、出来そうなら是非やりたい。
いや、多少強引な手段を使ってでもやらなければいけない。
ポップコーンの移動販売は子供たちに人気だからな。アメリカのポップコーンワゴンや、ゲームセンターのポップコーンマシーンの前には常に子供が群がっていたものだ。
そして、認知度が上がれば確実にヒットする自信がある。
そいつが出来るかどうかが一番のネックなのだが……
「なんとかエステラに許可を取ってきてもらって、一日でもいいから大通り辺りで売り捌きたい。そうすれば、リピーターが陽だまり亭にやって来てくれる。その数が増えれば話題となりポップコーンの売れ行きが上がり、そうしたら生産量を増やす必要があるから、そこまで行けば何人かは雇えるかもしれない」
自分で言っていてなんだが……すげぇ遠い道のりだな。
「それでもいいです! 可能性があるなら。あたしたち姉弟はどんなことだってやるです!」
ロレッタはマジだ。
もちろん俺だってマジだ。
今現在、活かしきれていない手札を最大限活用して陽だまり亭を一流に伸し上げるのだ。
そういうことになればジネットもマジになるだろう。
大マジな人間が徒党を組めば、出来ないことなどほとんどない。
微かにだが希望が見えて、ロレッタの表情に明るさが戻る。
弟たちは無邪気なもんで、姉の心配など知る由もなく遊び回っている。
あ~ぁ、これはもう完全にアレなんだろうな。
ジネットの「守りたいフォルダー」に収納されちゃったんだろうな。
遊び回る弟たちを見つめるジネットの横顔を見て、そんなことを思った。
そして、ジネットがそう思った以上……俺も何かしら力を貸す羽目になるんだろうな…………
……そう。
例えば、こんな状況になった時に――
「まったく、相変わらず騒がしいところだな……」
突然現れたそいつは、真正面に向いた大きな鼻から無遠慮に息を吐き出し、しかめた表情で俺たちをじろりと睨みつけた。
短い手足に肥え太った腹。
特徴的な鼻の下には短い牙が前方へ突き出し、焦げ茶色の体毛に覆われた顔面では眇めた瞳がいやらしい光を放っている。
どこからどう見てもイノシシそのものの顔をした男が一人、落とし穴を避けるようにして俺たちのもとへと歩いてきた。
「……ゾルタル…………」
ロレッタの口から漏れたのが、このイノシシ男の名なのだろう。
「なんだ、長女もいるのかよ。テメェはチビどもを見捨てて逃げ出したって聞いてたのによ」
「誰が逃げたりするもんですか!」
「まぁ、どうでもいい。どっちみち、スラムは取り壊しになるんだ。……ちっ。それにしても相変わらずスゲェ数だな…………」
イノシシ顔の男ゾルタルは、醜く顔を歪めて地面に唾を吐き捨てる。
突然現れては幼い弟たちを威嚇するように睨んで怯えさえ、元気と笑顔が取り柄のロレッタの表情をここまで歪ませた。それだけで、こいつがどういうヤツなのか察しがつく。
「こんなところに群がってねぇで、さっさと出て行けっつってんだろ!? 何遍言わせる気だ、ネズミ共!」
あ~ぁ……と、思う。
やはり不可避だったのだ。
嫌な予感は的中してしまうものなのだ。
おそらくこの後、俺は何かしら力を貸す羽目になるのだ。俺の予想通りに。
そう、例えば――この醜悪な顔をしたイノシシヤロウを、追っ払う……とかな。
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