異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

【π限定SS】とびきりのお出迎えをするために

公開日時: 2021年1月20日(水) 20:01
文字数:4,263

 朝食を食べにいらしたお客さんがみなさん帰られて、店内にはわたしたち従業員だけになりました。

 それを待っていたかのように、マグダさんとロレッタさんがわくわくしたような顔でこちらを見ています。

 

 ふふ、お二人とも、とても楽しみにされていましたからね。

 

「それでは、プリンを作りましょうか」

「待ってましたですー!」

「……お店、一旦閉める?」

「閉めません」

「大丈夫です! 今日は妹たちをちょっと多めに呼んであるです! あんたたち、お客さんが来たらちゃんと接客して、速やかにあたしたちを呼びに来るですよ!」

「むずかしー!」

「おねーちゃんみたいにできないかもー」

「おねーちゃん代わってー」

「しょうがないですねぇ……じゃあ、あたしがお手本を……そしたらあたしがプリン見れないじゃないですか!?」

「「「ちっ、きづかれたかー!」」」

「あんたたち、そーゆーこすいことどこで覚えてくるですか!?」

 

 楽しそうに駆け回る妹さんたちが三人。

 しばらくはお客さんも来ないでしょうから、妹さんたちに店番を頼みましょう。

 

「妹さんたちには、あとで出来立てのプリンをご馳走しますね」

「やったー!」

「陽だまり亭の新しいケーキー!」

「時代を先取るニューパワー!」

 

 大はしゃぎです。

 期待が大きく膨れ上がっているようです。

 でも大丈夫です。その大きく膨れ上がった期待でさえ、きっと裏切らないと思います。

 プリンは、それくらいに美味しいケーキですから。

 

「お兄ちゃんたちが帰ってきたら、びっくりするくらい美味しいプリンを食べさせてあげるです!」

「……腕が鳴る」

「では、お手伝いをお願いしますね」

「はーいです!」

「……任せて」

 

 わたしたち三人は、ヤシロさんから厳命を授かっています。

『試作品でもなんでもいい、今日のティータイムまでにプリンを完成させて店に出すように』と。

 四十区のラグジュアリーさんよりも先にお店に出すことに意味があるのだそうです。

 これは、気合いを入れなければいけませんね。

 

 厨房へ入り、材料を用意します。

 卵、牛乳、砂糖、そしてレジーナさんが持っていたというバニラビーンズ。

 これがなんとも美味しそうな匂いがするんです。

 

 バオクリエアでは生産が盛んで多く出回っているそうですが、ヤシロさんはハムっ子さんたちの畑での生産を目指しているそうです。

 なんでも、「ケーキが流行れば需要は爆発する!」だそうです。

 

 キュアリング?

 というのが難しいそうですけれど、レジーナさんと協力して製法を確立させると意気込んでおられました。

 

「これを、ウチの弟たちが作るですか……偉いです、ウチの弟!」

「……まだ作っていない」

「やがて偉くなるです、ウチの弟!」

 

 サトウダイコンにバニラ。

 ハムっ子農場はとっても甘い畑になりそうですね。

 

「では、まずはカラメルソースを作りましょう」

 

 砂糖と水を鍋に入れ、弱火で焦がさないようにじっくりと熱していきます。

 うっすらと焦げ色がついていきます。決してかき混ぜないように。

 かき混ぜたり高い温度で熱したりすると、砂糖が結晶化してしまって口あたりが悪くなります。

 

 プリンの食感を邪魔するわけにはいきません。

 

 色付いたカラメルを容器に少量ずつ入れ、底面に広がるようにゆっくりと器を回し、広げます。

 プリン一人分の器は、小鉢よりももう少し小さい、丸型の容器になりました。

 ヤシロさんのこだわりで選んだものです。

 なんでも、プリンと言えば四角でも三角でもなく丸なのだそうです。

 

「……店長」

「なんですか、マグダさん?」

「……ちょっと苦い」

「つまみ食いはダメですよ」

「店長さん」

「どうしましたか、ロレッタさん?」

「白状するです。ごめんです」

「ロレッタさんもですか?」

 

 もう、困った娘ばかりですねぇ。

 ふふ、しょうがないですね。

 

「では、わたしも」

 

 鍋の底に残ったカラメルを指で掬って舐めると、ほろ苦い甘さが舌を刺激しました。

 この苦みが、完成したプリンではあの甘さを引き立てるいい役割をするんですから驚きです。

 

「ふふ……、これでみんな共犯ですね」

「みんなお揃いです」

「……店長も悪よのぅ」

 

 三人して顔を寄せ合いくすくすと笑います。

 

「では、プリン液を作りますよ」

 

 ここからが本番、醍醐味、腕の見せ所です。

 

 卵を泡立てないように割り解して、砂糖を入れてしっかりと擦り混ぜていきます。

 白身が残ると、プリンのあの食感を損なうので白身を切るようにしっかり混ぜつつ、熱を入れた時に出来る気泡――『す』が出来ないように泡立て過ぎないよう注意を払います。

 

 バニラビーンズで香りをつけて、目の細かい濾し器で丁寧に濾せば、プリン液の完成です!

 

「も、もう美味しそうです!」

「……マグダなら、ボウル一杯を一気飲みできる」

「しちゃダメですよ。これを蒸せば、もっと美味しくなりますから」

 

 カラメルと混ざらないようにそっと容器にプリン液を流し込み、熱しておいた蒸し器の中へと入れていきます。

 あとは、プリンが固まるのを待つだけです。

 

「意外と簡単そうです!」

「……と言って、失敗する未来が見える。ロレッタにはまだ早い」

 

 そうですね。

 初めて作ったということもありますが、結構いろいろなところに気を遣いました。

 練習を重ねてもっと上手に出来るようになったら、徐々に教えてあげたいと思います。

 まだ、教えられるほどの腕前は、わたしにはありませんので。

 

「……今度マグダが教えてあげる」

「マスターしてもいないマグダっちょが!?」

 

 マグダさんも作ってみたいようです。

 ふふ、これは頑張って早くマスターしなければいけないようですね。

 

 プリンを蒸す間、わたしたちは一息つきました。

 ふいに、何も考えない瞬間が訪れて、三人の口が同時に止まりました。

 

「大丈夫ですかね?」

 

 ぽつりと呟いたのはロレッタさんでした。

 どうやら、わたしたち三人は、同じことを考えていたようです。

 マグダさんも、視線が四十一区の方へ向いていましたし、わたしも、ずっと気になっていました。

 

 ヤシロさんとエステラさんは今、四十一区へ行っています。

 四十一区の領主様にお会いして、狩猟ギルドのギルド長と面会するための紹介状をもらうためです。

 

 ただ、それがとても難しそうで……

 

「エステラさんがゴマちゃんになってたですし……不安です」

 

 テーブルに突っ伏して、ごろごろと体を揺すっていたエステラさん。マグダさん曰く、全身から『やりたくないオーラ』が迸っていたそうです。

 なんでも、外の森にいる『ゴマスライム』という魔獣がそのような動きをよくするそうで、『ゴマちゃん』という呼称は実に的を射ていると、これもマグダさんがおっしゃっていました。

 

 ヤシロさん、魔獣にも詳しいんですね。すごいです。

 

「……狩猟ギルドのギルド長との面会は、かなり厳しいと思われる」

 

 狩猟ギルドほど大きな組織になると、ギルド長の行動の一つ一つに意味付けがなされ、それが思わぬ誤解を生んだり、または悪意をもって解釈を捻じ曲げられたりすることがあるため、ギルド長さんは特定の人の前にしか姿を現さないのだそうです。

 なんだか大変な立場なんですね。

 

 そのため、同じ狩猟ギルドに所属しているマグダさんでさえ、ギルド長さんのお顔すら見たことがないのだとか。

 

「そのような方に、会っていただけるのでしょうか?」

「お兄ちゃんなら、きっとなんとかするですよ」

 

 確かに、ヤシロさんならどんなことでも実現させてしまいそうではありますが……

 

「あまり、無茶をされていなければいいのですが」

「……今日、すぐにギルド長に会えるわけではない。心配するのはまだ早い」

「そうですね」

 

 ここでわたしたちが気を揉んでいても仕方がありません。

 わたしたちに出来ることをやりましょう。

 

「では、お二人が帰ってきた時に、とびっきり美味しいプリンを食べていただけるように、練習を頑張りましょう!」

「賛成です!」

「……マグダも、全力で協力する」

 

 お二人とも、ヤシロさんとエステラさんを心配されているようです。

 もちろん、わたしも。

 

 みんな気持ちは同じですので、協力して美味しいプリンを完成させましょう。

 ですので、まず最初は――

 

「では、みなさんで試作品の味見をしましょう!」

「賛成です!」

「……忌憚なき意見をビシバシ言う所存……じゅる」

「ふふ。お手柔らかにお願いしますね」

「妹たちも呼んでくるです!」

「……じゃあ、お先にいただいておく」

「ちょっと待っててです!? すぐ! すぐ呼んでくるですから!」

 

 ロレッタさんが慌てて厨房を出ていき、マグダさんと顔を見合わせて笑います。

 

 火傷に気を付けつつ、蒸し器を開けると、なんとも言えない甘い香りが広がりました。

 器を取り出し、竹串で淵をなぞって空気を入れ、そっとお皿の上でひっくり返すと……

 

「……これは、よい」

 

 ぷるんっと、美味しそうなプリンが姿を見せました。

 見た目は上出来です。

 あとは、味ですね。

 

「ふゎぁああ!? なんです、その可愛いの!?」

「ぷるぷるー!」

「かわいいー!」

「おいしそー!」

「……取り出す瞬間が見ものだった」

「ぬわぁぁ! 見逃したです!? 店長さん、もう一度お願いするです!」

「「「みたいー!」」」

「はい。では、こちらへ来てください」

 

 そして、女の子ばっかり六人で集まって、プリンの試食会が始まりました。

 

 カラメルがほろ苦く、でもそれがプリンの甘さを引き立たせ、ぷるんとした食感が口に楽しい、とっても幸せな味が口中に広がりました。

 

「「「おいしー!」」」

「こ、これは! 感動モノの美味しさです!」

「……マグダ、これ、好き」

「マグダっちょが感動のあまりカタコトに!?」

 

 とりあえず好評なようです。

 ……でも、まだまだです。

 

「このプリンは、まだまだ美味しくなりますよ」

 

 ヤシロさんが作ったプリンは、もっと優しく、幸せになれる味でした。

 まだまだ精進が必要です。

 

「では、たくさん作りますので、たくさん召し上がってください」

「任せてです!」

「……すべて食べ尽くす所存」

「「「他の弟妹も呼んできたいー!」」」

「ではお願いします」

「「「はーい!」」」

 

 妹さんたちを見送って、わたしはプリン作りを再開します。

 

「あたしも手伝うです!」

「……マグダも」

「では、接客と後片付けをお願いします」

「任せてです!」

「……店長のバックアップはマグダたちの任務」

 

 三人で視線を交わせば、みんな同じことを思っているのだろうと分かりました。

 

「ヤシロさんたちに、美味しいプリンを食べていただきましょうね」

「はいです! ビックリさせるです!」

「……疲れが吹っ飛ぶくらいのプリンを作る」

 

 頑張るヤシロさんとエステラさんに、美味しいプリンを。

 それを合言葉に、わたしたちはプリン作りに奮闘しました。

 

 

 

 

 

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