「おい、ベルベール!」
バルバラだぞ、デリア。
たぶん、一週間くらい付き合わないと名前覚えてくれないんだろうな、こいつは。
「お前、ヤップロックのところで働くなら、一所懸命頑張れよ」
「はい! 死ぬ気で働いてやります!」
デリアからの激励――だと思っているようだがな、バルバラ。それはちょっと違うぞ。
「ポップコーンはあたいの大好物だからな! 美味しいトウモロコシを作らないと…………………………な?」
怖っ!?
これ、ポップコーンの味が落ちたらバルバラがバラバラにされちゃう案件なんじゃね!?
「ぽっぴゅ、こん?」
テレサが首をこてんと傾ける。
テレサは知らないらしい。じゃあ、バルバラがどっかで聞いて、食べさせたいと思ったわけか。
「ごめんな、テレサ。本当は、お前に食べさせてやりたいと思ってさ……けど、手に入んなかった……まぁ、今となっては、こんな方法で手に入らなくてよかったって思えるけどさ……」
妹の喜ぶ顔は、悪事の先にあるものじゃない方がいいもんな。
まっとうに働き、まっとうに手に入れろ。
「ぅうん。あーし、いゃないょ。ぽぴゅこん、なくてへいきょ」
「…………テレサ。ごめんな……」
遠慮をしているのが分かり過ぎるから、バルバラは涙を止めることが出来なかったようだ。
謝る姉の頭を手探りで探して、小さな手で髪を撫でる。
「ごめん、ないょ? いいこ、いいこょ」
泣く姉を慰める。
そんな小さな少女を、誰もが何も言えず見つめていた。
……あぁもう…………しょうがないな。
――と、俺が口を開こうとした時、俺より先にデリアが沈黙を破った。
「いいやダメだ!」
キリッとした眉毛で、自分の中の譲れない何かを主張するような大きな声で。
「ポップコーンはすげぇ美味いんだ! いらないとか、ダメだ!」
自分の好きな食べ物を「いらない」と言われて怒った……と、見えるかもしれないが、デリアの次の行動がそれを否定する。
デリアはテレサの前に膝を突いて引き続き語りかける。
「四十二区の子供はな、みんな食べてるんだぞ。お前だけ知らないなんてダメだ。あたいが奢ってやる。遠慮すんな、一緒に食うと美味いんだ、ポップコーンは」
大きな手で、テレサの頭を包み込むように撫でる。
急に触られてテレサは肩を揺らすが、敵意のない頼れるその大きな手に、次第に頬を緩めて警戒心のない笑みを浮かべた。
デリアは、子供が遠慮なんてしなくていいと、本能的に思っているのかもしれない。少々偏ってはいるが、あれがあいつなりの正義感なのだろう。
ホント、面倒見がいいヤツだ。
「あ、あの……姐さん。アーシら、四十一区の領民で……えっと、その、姐さんにご馳走してもらうような立場じゃ……」
「なんだよ? ヤップロックんとこで働くんだろ? じゃあもう四十二区の領民になっちまえよ。なぁ、テレサ。お前もあたいと一緒がいいよな?」
「…………」
見えない目で世界を見るように、テレサが体ごと首を左右に向ける。
バルバラとデリアの間で、二人を交互に見るように。
遠慮する姉と、遠慮はいらないと言う優しいお姉さん。どちらの言うことを聞くべきか、それを見極めようと開かない瞳が右往左往している。
「お前はどっちがいいんだ?」
俺が声をかけると、テレサはぴたりと動きを止め、俺がいる方へ顔を向ける。……へぇ。ちゃんと場所が把握できるんだな。
そして、やや俯き、肩を揺する。
あの動きは、『もう決まっているけれど、それを言うと怒られるかもしれない』と遠慮している時の仕草だ。
「言っちまえよ。今なら、お前の言ったことがなんだって叶うかもしれないぞ」
ここにいる大人たちは、どうやらみんなお前にめろめろみたいだからな。
「ぁの…………あーし……は…………」
やっぱ言いにくいか。
だったら、助け船を出してやろう。
「テレサは、大好きなお姉ちゃんと一緒に楽しく笑って暮らせる四十二区と、顔の怖い筋肉領主が『俺、この前イノポークをあとちょっとで仕留められるってところまで追い込んだんだぜ?』とか言って、『いや、結局仕留められてねぇのかよ!?』って突っ込むしか出来ないような微妙な自慢話してくるむさっ苦しい筋肉だらけの四十一区と、どっちに住みたい?」
「テメェ、オオバ! なんだよ、その不平等な選択肢は! あと、あの時のイノポークは、地形に助けられやがったんだよ! 穴があいててな? そこに落ちやがって、俺の矢から逃れたんだよ! それさえなきゃ、マジで仕留めてたから! マジだからな!?」
「リカルド。そうやってムキになるからダーリンにからかわれるんだよ、あんたは」
いきり立つリカルドを、メドラのデカい手が宥める。というか、押さえつける。リカルド、動けず。
「テレサ。難しく考えなくてもいいんだよ」
ちょっとおふざけを挟んだ俺を押しのけて、エステラが子供に向ける笑顔と声音でテレサの前まで歩いていく。
テレサの前にしゃがみ込んで、髪を撫でながら優しい声で尋ねる。
「向こうの怖いオジサンと、君のお友達になりたいって思ってるボクと、どっちが好き?」
「…………ぉねーしゃん」
「というわけで、ボクの勝ちなので、もらうからね、この姉妹!」
「テメェ、人んところの領民を物みてぇに!? あと、俺はオジサンじゃねぇ! テメェの一個上だよ!」
分かりにくいこだわりを爆発させるリカルド。
その声が怖かったのか、テレサがエステラの服をぎゅっと掴む。
「大きな声を出さないでくれるかい、リカルド? 怖がっているじゃないか」
「そうだぞ! 今ポップコーンの話をしてんだから黙ってろよなぁ」
「テレサを泣かせると………………許さない」
エステラとデリアとバルバラから非難を浴び、リカルドがやり場のない怒りを「ふん!」なんて言葉に載せて夜空へ投げる。
やーい、いじめっ子。女子に怒られてやんの。
「…………転出には手続きが必要だ。今すぐ決めなくても、まずは生活基盤を整えてから二人で相談して決めればいい。俺は、無理やり引き留めたりはしねぇからよ」
ぶっきらぼうに言って、くるりと背を向けるリカルド。
随分と丸くなったものだ。昔は、「俺様に逆らうんじゃねぇ!」みたいな政策ばっかやってたくせに。
「あっ! しまった……」
不意に、デリアが大きな声を上げる。
「今、陽だまり亭休みだよな? ポップコーン……どうしよう?」
奢ってやると言ったにもかかわらず、そのポップコーンが売っている陽だまり亭は休みだ。
期待させてしまった後で、「やっぱなし」ってのは……言いづらいよな。ガキは分かりやすくヘコむし、逆にテレサみたいに遠慮の塊みたいなヤツなら一層心が痛む。
だからだろう。ジネットがいつものようにお人好しを発揮させた……の、だが。
「ポップコーンでしたら、わたしが作って……」
「ダメだ! ポップコーンはマグダが作ったヤツでなきゃ!」
「はぅっ!?」
デリアの中では、ポップコーンはマグダの味が一番なようだ。
そして、きっぱりと拒否されてジネットが地味にショックを受けている。
敗北というわけではないのだろうが、「マグダの方がいい」と、あぁまではっきり言われてはな……
そういえば、ジネットってポップコーンあんまり作ってないんだよな。マグダが独占してるから。
そうかそうか。マグダのポップコーンは、もうそんな領域にまで達したのか。
「……ポップコーンキャンペーンとか、始まらないよね?」
「大丈夫だ。ジネットの負けず嫌いは、そういう場面では発揮されないから」
マグダに負けたからといって、マグダを負かしてやろうという発想は出てこない。
ただまぁ、ちょっと作ってみたくはなるんだろうけどな……今晩あたり。
「悪ぃな、お前ら。ポップコーン、明日は無理そうだ。また今度でも……」
「ちょっと待つです!」
デリアの言葉を遮って、ロレッタとパウラ、ついでにネフェリーがずずぃっと前へ出てくる。
「明日の夕方です!」
「そうよ、明日の夕方!」
「それまでに私たち、みんなに『もう大丈夫だ』って思ってもらえるように頑張るね!」
強い意気込みを見せる三人娘。
「あたし、何がなんでも健康になって、陽だまり亭をオープンさせるです!」
「あたしも! 何がなんでも回復して、カンタルチカへ戻るわ!」
「私も卵を……と、言いたいところだけど、明日はパウラを手伝ってあげる。二人で頑張って、マグダを陽だまり亭へ帰してあげよう」
「うん! よろしくね、ネフェリー!」
「任せて。あなたも、頑張るのよ、ロレッタ!」
「はいです!」
三人は手を重ね、そして大きく頷き合う。
そして、揃ってテレサへと体を向け、絶対的な自信と共に告げる。
「明日の夕方、陽だまり亭にポップコーン食べに来てです!」
その宣言を反故にするつもりは、毛頭ないようだ。
「みなさん……」
「まったく、君たちは……」
笑みをこぼし、三人を見つめるジネットとエステラ。
ノーマとイメルダもなんだかニヤニヤしている。
レジーナと視線が合うと、「ま、なんとかなるやろ」的なウィンクをもらった。
そしてデリアは……
「よぉし! じゃあ、明日は朝からびしばししごいてやるからな!」
ポップコーンのために、魂に火を付けた。
……ほどほどにしてやらないと、疲労と筋肉痛で開店できなくなるぞ。
「では、みなさん。明日夜の営業を目標に、頑張りましょう!」
「「「おぉー!」」」
今回の健康回復ダイエットの総合プロデューサーであるジネットの掛け声に、三人娘が気勢を上げる。
目標があると頑張れる。
そういう街だからな、四十二区は。
バルバラたちのことは、エステラに任せて――俺は俺のやるべきことをやっておくとするか。
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