異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

37話 弟と妹 -4-

公開日時: 2020年11月5日(木) 20:01
文字数:2,250

「兄ちゃんと風呂入るー!」

「僕もー!」

「あたしもー!」

 

 弟、妹たちが群がってくる。

 こんな大人数で入ったらお湯がなくなるわ。

 ちなみに、この世界の風呂は、沸かしたお湯を巨大なタライに溜めて軽く体を拭く程度のものだ。こっちのヤツらがそれを『風呂』と呼んでいるかは知らん。『強制翻訳魔法』が『風呂』で通じるようにしてくれているだけだろうからな。

 

「川あるよー!」

「いっつも川で水浴びしてるんだよー!」

「川?」

 

 ロレッタに視線を向けると、こくりと頷きを返してくる。

 

「この地区は、北側に大きな崖があってですね、その上の二十九区から川が続いているですよ」

 

 俺が降りてきた三十区からの崖はかなりの高低差があった。二十九との境も同じ程度の崖なのだとしたら、それは立派な滝だろう。

 

「デリアが仕事してる川って、ここと繋がってるのか?」

「はい。四十二区に川は一つですので」

 

 その問いにはジネットが答えてくれた。

 

「でも、今は増水していて近付けないです。危険です。だからあたしたちもここ数日水浴びが出来ずに…………ぅああっ!? い、今のは忘れてくださいですっ!」

 

 ロレッタが盛大に自爆している。

 ……風呂、貸してやろうか?

 いや、でも、この人数はキャパシティオーバーだな。

 

「で、相談ってのは、こいつらの衣食住に関することか?」

「は、はいです!」

 

 盛大な自爆の後、俺たちに気付かれないようさり気なく腕のにおいを確認していたロレッタだったが、俺に声をかけられて慌てて姿勢を正す。……まぁ、バレてるけどな、におい嗅いでたの。

 

「先ほど言いましたですが、ウチの両親はもう歳ですので働くことが出来ないんです……」

「こんだけ足腰しっかりしてりゃまだまだ肉体労働でもなんでも出来んじゃねぇの?」

 

 数多いる弟たちを見渡して言う。

 

「あ、あのっ、それに関してはもう、触れないでほしいです!」

「ヤシロさん! デリカシーがないですよ!」

 

 女子二人が顔を赤く染める。

 恥ずべきは俺の発言ではなく、ロレッタの両親の無計画な行為だと思うのだが……仕事が出来なくて家にいるからまたどんどん増えていく……なんてことはないだろうな?

 

「話を戻すですけど……あたし一人の稼ぎでは、この子たちを満足に食べさせてやることも出来ないです」

「川があるなら魚でも捕りゃいいだろう」

「ダメですよ、ヤシロさん。それではデリアさんのお仕事を妨害することになります」

 

 たしかエステラが、海漁ギルド以外が海で漁をするには許可証が必要だとか言っていたな。

 川漁もそうなのか。

 勝手に川釣りとかしちゃいけないんだな。

 

「じゃあ、家庭菜園はどうなんだよ?」

「ある程度の作物は黙認されています。販売は禁止ですが」

 

 陽だまり亭には、家庭菜園とニワトリがいる。それはセーフらしい。

 

「生態系に影響を及ぼす危険があるため、漁と猟には制限がかけられているんですよ」

 

 なるほど。

 家でどんなに野菜を作ろうが、モーマットの畑が枯れるわけではない。

 だが、川や海で乱獲をすれば、デリアたちが捕る魚が減ってしまう。そういう直接的な被害を避けるために許可制なのか。

 

「ですので、お兄ちゃんっ! 店長さんっ!」

 

 ロレッタは大きな声を出して、ガバッと頭を下げる。

 

「この子たちを、陽だまり亭で雇ってはいただけないですか!?」

「無理だな」

 

 即刻拒否だ。

 ふざけるなと言ってやろう。

 こんな大人数を養えるほどの余裕、陽だまり亭にはない。現状でもカツカツなのだ。

 

「仕事なら、どこかのギルドにでも加入しろよ。でなきゃ領主にでも頼め」

 

 この世界のリクルートがどういう形態なのかは知らんが、求人くらいはしているだろう。

 

「そうしたいんですが…………この地区の住民には仕事をさせたくないという人が多いんです……その、スラムの者は信用できない…………と」

 

 スラムと言っても、ただの貧乏大家族なだけで暴力的なものや破壊的なものは一切見当たらないがなぁ。

 何がそんな差別意識を植えつけているのだろうか。

 

「かつてスラムは罪人が隠れ住む場所だったです。もっとも、各区の領主様が対策を立てて、今ではみんな裁かれて、スラムに罪人は存在していませんです。ですが、やはり『スラム』という名称には悪い印象が付き纏って……住民のみなさんはどうしても受け入れ難いようなんです」

 

 一度根付いたイメージというのは、なかなか払拭できないものだからな。

 

「ですので、あたしはここを出て仕事を探していたです」

「じゃあ、今は一人暮らしなのか?」

「はいです」

「もったいねぇ。部屋なんか引き払ってこっち戻っとけよ。ウチはそういうの気にしないから。なぁ?」

「はい。ロレッタさんはとても優秀な方ですので、大歓迎ですよ」

「お兄ちゃん……店長さん…………ありがとうございますです!」

 

 深々と頭を下げ、しばらくその姿勢を維持するロレッタ。肩が震えているのは、泣いているのかもしれない。……相当つらい目に遭ってきたんだろうな。

 

 イメージを払拭しなければ、弟たちも同じ目に遭うことになるだろう。

 イメージの払拭か…………日本でも、一度悪いイメージがついたばかりに経営に支障をきたした企業は少なくなかった。倒産するところも多かった。

 イメージというのはとても重要で、そして、とても恐ろしいものだ。

 

 弟たち総出で慈善事業でもやって善良さをアピールするとか…………いや、急にこいつらが街に溢れ出したら街の人間は余計警戒してしまうだろう。

 イメージ戦略は慎重に進め、大胆に改革しなければいけない。一歩間違えば取り返しがつかなくなる。

 とはいえ、時間をかけている余裕もなさそうだが……

 

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